追憶27 勝ち目がない(心折れた略奪者、AO)
バリスタと投石機の雨あられを越えて、狂騎士を殴り倒しながら外郭へ突入し、迷路みたいな城下町で、ゴツかったり細かったりの色んな姿の悪魔系に四方八方上下から襲われながら。
果たして、大書庫の棟にたどりついた。
たどりついてしまった。
さすがに、戦闘を想定しているだけあって目がくらむほどに広大な空間、そして蔵書の数だ。
緩やかなすり鉢の外周に沿って、目算五階分くらいのスキップフロアがのびている。
壁沿いは当然、すべてが本棚になっていて、無数の本が格納されていて、白を基調として金細工のアクセントが入ったガラス戸に保護されている。
実のところ、この建物は王都でもかなりの人気スポットで、内外ともに黒山の人だかりになっていたりする。ちょっとした、フリーマーケットのようだ。
これだけの数のプレイヤーが居座っているだけで、リスポーンしたエネミーが数秒と生きる余地はない。
事実上、書庫は制圧されている。
この人たちの目的は、大半がボスではなく、置いてある本にあるのだろう。
ここのものに限らず、ゲーム中に置いてある本はすべて運営AIが秒未満で執筆した本物だ。
学術書から小説、詩集、絵本まで何でもある。
VRMMOで人知れず自動生成された本がプレイヤーに発掘され、現実世界でベストセラーになることも珍しくはない。
宝さがしか、暇つぶしのアテを求めてか。
いずれにせよ、ぼくらの目的は違う。
本には目もくれず、書庫の最奥でわだかまる時空結界の霧に向かって歩き続ける。
…………ワズムズドゥンに勝ったあとなら、ちょっと漁ってもいい、かな?
聞く相手を選べば――
いや、やっぱ、やめとこうかな。
それよりも目の前の地獄に集中しなきゃ。
特に初見はどうせ勝てない。
少しでも苦しまずに死ねることを考えたいよ。
霧壁を抜けて“ボス”に出ると、マーケットみたいな喧騒がピタリと途絶えた。
特に大事な書類が収まってますよ、と自己主張している黒檀のごとき書庫。
ここもここで野球とか余裕でできそうなだだっ広さなんだけど。
ぼくらから見て真正面の宙空、でっぷりとしながらも筋肉の束によろわれた、背中にコウモリのような翼を拡げたそいつが待ち構えていた。
全体的に赤銅色で、顔つきは――無理やり既存の動物に当てはめるとすれば――猛牛のようにいかつい。
けれど、その顔には生物的な暖かみがまるで感じられなかった。
手には、エメラルドグリーンに発光する何らかの魔法石を備えた、けれど道路標識じみたサイズの杖を持っている。
皮膜の翼が羽ばたくたび、固体じみた
いやね? ステレオタイプの“悪魔”然とした見た目ももちろん怖いよ?
けど何より、あんな大質量の二足歩行の体のホバリングを保っている翼の――もっと言えば、その推力を生み出しているであろう、あいつの肩甲骨のデタラメな強靭さが一番怖いよ。
そして。
ワズムズドゥンがエメラルドの杖を真上に掲げると、これ見よがしに光を放出。
それに呼応するかのように、書庫のあちこちで、ふっと色んな“影”が現れた。
数は、いち、に、さん……ダメだ、数えるだけムダだ! とにかく、フードを目深にかぶった邪教神官やら使い魔っぽい有翼の小型悪魔だとか、ポルターガイストよろしくひとりでに浮遊した本だとかが、とにかく無数!
さも、ずっとそこにいましたよって風だけど、明らかにテレポートしてきたよね!?
しれっと、ぼくらは多勢に包囲されてしまった。
「ちょ、ちょっと、ムリだよ、こんなの」
「狼狽えるな、見苦しい」
ぼくの抗議をばっさり切り捨てたのは、
ここ、どちらかと言えば涼しい部類なんだけど、彼女の白い肌には、汗がいくつも珠になってにじんでいた。
そうだ、ただでさえ四面楚歌のこの状況は、彼女らの“勝負”も兼ねているんだ。
彼女は、いまにも四方から撃たれそうなこの状況で、いつも通りに召喚の詠唱をはじめた。
――競争相手を、果たして最後まで守る気あるのだろうか?
ぼくの胸に、
「……
アイテムインベントリから二本のパイクを実体化させた
「えっ、えっ、ぇえ!?」
「……後衛は気にするな。ワズムズドゥン本体を狙え。邪魔な取り巻きは殴り倒せ。その生死は問わん」
「はっ、はいィッ!?」
ぼくは言われるまま、彼と肩を並べて突貫した。
邪教徒が、使い魔が、生きた書物が、それぞれ好き勝手に魔法をぶっぱなした。
ボールのように飛ぶ火球。
広い帯を描く火炎放射。
粘り気を帯びた、溶岩みたいなのの雨。
って、ことごとく火に関連した魔法ばかりじゃないか!
書庫って場所柄もわきまえない、悪魔どもの暴挙によって、当然だけどたちまち延焼。
“ボス部屋”は一瞬にして大火事だ。
これはまずい。
いくらエーテルで超人的なテコ入れをしているぼくらプレイヤーでも、この規模の火災で下敷きになれば、ワズムズドゥンに殺されるどころの話ではない。
ぼくらは、進行方向にいるエネミーを無差別になぎ倒し、ワズムズドゥンに肉迫した。
ぼくは壁の本棚やスキップフロアを足掛かりにして、すでにあいつが飛翔した頭上に上がっていた。
自由落下よりも遥かに速くダイブし、かかと落としをあいつに叩き込んでやった。
頭部は逸らされたけど、肩口にクリーンヒット!
皮膚と肉を引き裂いた手応えあり。
青いけど、確かに生暖かく鉄臭いそれが、ぼくにモロぶっかかった。
あいつが杖を振りかざす前にもうひと蹴り喰らわして、その反動で逃げる、逃げる、逃げまくる。
手すりだとか、本棚の
果たして、
少しだけほっとした。
全然、戦いははじまったばかりだけどさ!
同時に、ワズムズドゥンから目を離すのも怖くて仕方がないことを思い出したよ。
あいつは、どこで、何を、
ワズムズドゥンが、何を思ったか、
なにしてんの……。
って、何も知らなければ、そう思っただろう。
だが、ぼくらには、あいつの変異エーテルに対する予備知識がある。
この、部屋全体を火事にしたのは、そういう意図もあったのか、と今さら痛感した。
全身を炎に焼かれたワズムズドゥンは。
けれど肉が焼けるどころか、
ぼくがつけた裂傷が炎に巻かれるや、気持ち悪い速さで肉芽を伸ばして、急速に再生してしまった。
けれど、回復する身体とは裏腹、生身で焼かれる苦痛はしっかりあるらしく、生々しくのたうち回った挙げ句、あの意味ありげな杖をあっさりへし折って、ブチキレている。
ワズムズドゥンの変異エーテルが持つ能力。
それは「属性攻撃の吸収」と言う、何ともゲームじみたものだ。
ただ。
燃やされたり凍らされたりする苦痛は、据え置きでもある。
これが。
ぼくなら、断固ごめんだ。
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