追憶26 さる王都での、ちょっとした探索記(MALIA)

 死王都ミルデリン。

 おどろおどろしい地名とは裏腹、丘から見下ろすわたしたちの視界には、バロック様式の素敵な家々が果てなく広がっていました。

 オレンジ色の屋根が大半の中に、あざやかな赤や緑の屋根がアクセントのようにまざっていて、ジオラマというかシルバニアファミリーみたいなかわいさも感じられますね。

 庭や花壇もきれいに手入れされている様子から信じられないことに、あの王都は狂った騎士や邪教神官(回復魔法をつかう生命の冒涜者って設定)、そして外から招かれたデーモンだとか魔人に支配されていて、まともに住める状態ではありません。

 神々の箱庭、とかそういう感じで呼ばれていた風光明媚な王国が、一夜で邪教集団に乗っ取られたとか、そういう設定のエリアです。

 そういうスポットほどプレイヤーの“狩り場”となり、激しい戦火にさらされるのはVRMMOのお約束ともいえるのですが。

 ほら、白骨のように白く艶のない石造りの外郭、その内側のあちこちで、泥混じりの爆轟が間欠泉になって吹き上がりました。他パーティが壮絶に戦っているのでしょう。

 せっかくの歴史的建造物が、レンガと木材に分解されてバラバラ吹き飛んでしまいました。

 でも大丈夫。

 この世界ゲームでは、運営AIが常に「誰ひとり見ていない場所」を検知して再配置リスポーン処理をおこなっているのです。

 だから、わたしたちプレイヤーがどれだけ派手に戦っても、景観が損なわれることはありません。

 こんなところにも、死闘に専念できる気づかいが行き届いております。

 

 さて、残念ながらそんな土地柄ですから、観光を楽しむ余地はありません。

 わたしたちは、大きな河に三本ばかりかかった“鎖橋”のような大橋のひとつに足を踏み入れました。

 前方、道のど真ん中。

 ふたつの姿が行く手を阻んでいます。

 どちらも全身を、くすんだ鉛色の甲冑で覆い隠した大きな人(?)で、地面に両手をついてひざまずいています。

 ……いえ。

 四肢の関節、アーモンド型の兜に隠れた頭部。

 霊長類のそれではありえません。

 けれど、両手の甲からジャマダハルという太い刃がのびていて、背中にはもはや“板”ともいうべき太さの大剣が装着されています。

 前肢は武器を保持するための五本指にちゃんとなっていて、けれどナイフのような鉤爪が指先から伸びて、生き物の体にはありえない金属光沢をおびています。

 イヌ科らしく指で身体を支えているようで、手足の関節も靭帯が少ないのか、ヒトのそれより柔軟に曲がっています。

 うわさにきく、中ボス“人狼の騎士”でしょうか。

 ヒトと狼の中間の生態を実現しつつ、専用の鎧までデザインするあたり、現代VRテクノロジーの驚異を感じますね。

 ふたり並んだそれが、天に向かって咆哮をほとばしらせるのを合図に、わたしたちは橋を駆け出しました。

 わたしとHARUTOハルトさんで、向かって左の人狼騎士を。

 AOアオさんとJOUジョウさんが、KANONカノンさんの召喚した電気巨人とともに右の人狼騎士を相手取ります。

 AOアオさんたちなら、心配ないでしょう。

「うわ、来る、来る! 速、速い! 無理、これ無理だって!」

 

 人狼騎士が、四本足でHARUTOハルトさんへ襲いかかります。

 さて、いつものわたしなら、初手でストーンショットかミニ・コメットで牽制してみるところなのですが……こんな橋の上では、うかつにそれができません。橋がわたしたちもろとも崩落しては、本末転倒ですからね。

 また今回、トトネェロッーの変異エーテルを得て“三手の暗黒聖騎士”の二つ名を得たHARUTOハルトさんの、デビュー戦もかねております。

 元の持ち主“百手の騎士”からすれば、相当なスケールダウンに思われるかもしれませんが、まぁ、見ていてください。

 HARUTOハルトさんは、何も手に持っていません。背中にも何も担いでいませんし、何なら腰のポーチとかも大胆にオミットされちゃって、本当に丸腰の状態です。

 そんな、明らかに怪しさ満点の彼を警戒しているのかいないのか、人狼の騎士は目前でサイドステップを繰り返して撹乱。着地のたび、指の爪がブレーキの役割を果たしていて、火花を散らしています。

 そして、ひときわ四肢をたわめて、放物線を描くように跳躍しました。

 両手の手の甲剣ジャマダハルが横なぎに弧を描き、閃きます。

 HARUTOハルトさん、一太刀、二太刀は最低限身体をずらして回避。しかし、彼の顔をめがけて突き出された三太刀めは避けきれません。

 この時すでに、HARUTOハルトさんの側面には、あの、トトネェロッーも出していた仮想格納庫アイテムインベントリのウインドウが展開されていました。

 HARUTOハルトさんの眼前に、こつぜんと、あの鉄壁のスクトゥムが現れ、人狼騎士のジャマダハルを大きく弾きました。

 盾の存在を想定していなかった斬撃は、衝突時に相応の反動を生じさせて、人狼騎士の身体が無防備に泳ぎました。

 ふっと、スクトゥムが消えると、ほぼ同瞬、HARUTOハルトさんの両手に長く細い槍・パイクが現れました。

 人狼騎士が体勢を整える暇もなく、彼の双槍は人狼用の胴鎧の隙間を的確にくぐり抜け、中の人を刺し貫きました。

 人狼騎士もさすがなもので、二本の槍が胴体を貫通しても怯まず、兜から唸り声を漏らしながら、刺さったパイクをがっちりつかみました。

 また、パイクは二本とも消失。

 突然、槍の“支え”を失った人狼騎士は大きくつんのめり――けれど、さすがに最初のスクトゥムが出し入れされたのを見て見切っていたのか、後ろ足を踏みしめ、二足になって後ろ跳びに退避しました。

 背中の大剣を外すと、前肢だった“両手”で正眼に構えました。

 HARUTOハルトさんはと言うと、あの特大メイス“地獄送りの錫杖”を出現させていました。

 人狼騎士の足元がふらついた所へ、それで致命打を与えるプランだったのでしょうけれど。

 わたしはすでに走りだし、人狼騎士を追います。

 彼はあっさりと特大メイスを消し去り、大型ボウガンと入れ替え。

 瞬く間に矢を装填すると、跳びすさろうとしていた人狼騎士に容赦なく射出。

 爆発の魔法を込められたボルトは、人狼騎士の眼前で見事に炎煙を膨張、橋の横幅を覆うほどの帯を描きました。

 なんだか、グー(メイス)・チョキ(双槍)・パー(拡散ボウガン)で、じゃんけんをしているみたいですね。

 それも、相手に手を出させない一方的なじゃんけん。

 普段は丸腰の身軽さで動けるのもポイントです。武器の重さがかかるのは、それが必要になった瞬間のみ。見た目は地味ですが、前衛経験者の目から見るとかなり反則ぎみです。

 とにかく、今度こそ後ろ手に転んだ人狼騎士。

 わたしは、それを見下ろすような位置に立っていました。

 そして、大鎌の刃が背後の地面に接するギリギリまで振りかぶっていました。

 HARUTOハルトさんが、彼(?)をここまでふっ飛ばしてくれるまで、溜めに溜めた一撃です。

 必殺技【スペクタクル・クリア】

 わたしは、ただ愚直に、鎌を袈裟状に振り下ろしました。

 弧の影が、ほとんど抵抗なくフルアーマーの人狼を通過。一瞬遅れて、その身体は装甲ごと両断されました。

 即死です。

 コンマ秒のやり取りが常である近接戦で、数秒のチャージを要求される。

 その上、動作が固定される必殺技ですから、振りかぶってからの袈裟斬り、ただそれしかできません。

 こんな技、まともにやって当たるはずがありませんが、だからこそ「大抵のものを両断する」というゲーム的に言えば防御力無視だとか斬鉄剣めいた即死技が運営AIに認められたわけです。

 あとは、仲間との連携と、機会がめぐるちょっとの幸運を祈るだけ。

 ……静かになりましたね。

 どうやら、AOアオさん達のほうも、危なげなく終わったようです。

 中ボスくらいなら難なく勝てるくらいに、このパーティも仕上がってきたみたいですね。

 

 さて。

 こういう“王都”だとか“魔王城”みたいなのを攻略する時って、普通なら玉座を目指すものですが。

 また、実際、そっちにも大ボスの情報があるわけですが。

 わたしたちの目的は、あくまでも“文殿の野蛮神”です。

 と、なると、書類とか文献を保管している、それ系の区画を目指すことになりそうですね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る