追憶23 HARUTO達の何かが違う(鞭使い、INA)

 トトネェロッーが討ち取られてしまった。

 あたしの、負けか。

 容赦無く迫って来ていたJOUジョウとか言う男が一転、“鞭”を振り上げた手を止めた。

 廃闘技場は、にわかに静寂で満たされた。

 もう誰一人、あたしの事など意に介していない。

 MALIAマリアだけは気遣わしげに駆け寄って来るが……今のあたしからすれば、それも侮辱と大差無い。

 殺せ。

 さっさと止めを刺せ。

 そう言って聞き入れるような連中では無いし、あたしも、この場でそう言う程、子供じみてはいない。

 あたしだって……あたしなりに成長した積もりだ。

 HARUTOハルトは淡々と、散らかった百足ムカデの残骸に囲われた巨人騎兵の亡骸へと歩み寄る。

 亡骸から立ち上る、金属光沢にも見える白光に手をかざした。


【百手の騎士の変異エーテル】

 あらゆる所有物を格納し、随意に出し入れ出来る、亜空間の能力を得る。

 平素、所有物の質量を免除される利点は想像以上に大きい。

 

 トトネェロッーは、病的なまでに不変を畏れ、生涯、模索し続けた。何を模索すべきか、それ自体も脅迫的に。

 皮肉にも、それが彼を半神の領域へと到らせた。

 そして彼の騎士は、不変である筈の地下世界へ籠った。

 変わらぬ夜の前兆、その夕闇を避けるかのように。


 変異エーテルが、トトネェロッーからあいつの体内へと、移り行くのを黙って見ている事しか出来ない。

 その惨めさに歯噛みする程の幼稚さも、あたしにはもう無い。

 ただ、敗因は何であったのか。それを既に考えている。

 まず、捨て身で孤立したHARUTOハルトに終始ペースを乱されたのは確かだろう。何時ものあいつらしくないやり口で、調子を狂わされた……と言うのも言い訳になるが。

 そして。

 ――……弱い。

 KENケンを殺して吐き捨てた、暴言。

 基本的に感情の起伏が少ない奴ではあった。

 けれど、そんな事を吐き捨てるような男でも無かっただろう。

 一体、どうしてしまったんだ。

「……今回の侵入についてだが、何から何まで甘い」

 変異エーテルを吸い続け、背を向けたまま、あいつはあたしに言った。

「……君にも後輩が出来た」

 あたしは、あいつの言葉に応じて、初動であっさり殺された、EIJIエイジの遺体を見た。

「……あまり“我々”を失望させるな」

 完全に変異エーテルを継承したあいつが、漸くこちらを向いて、やはり冷然と言い放った。

 “我々”だと?

 “MALIAマリアを”の間違いだろう。

 複数形に紛れて本心を隠すな。それも中途半端に匂わせているのが尚更腹立たしい。

「……並びたければ追い付いて来い」

 上から目線で。

 そして、きっとこの男の事だ。

 傲慢な言い種になっている事は承知の上なのだろう。

 あたし個人の単位で言えば、負かされたのはJOUジョウと言う、強いベテランプレイヤーを使ったからだ。

 あいつ自身は、少なくともあたしの対処に関して人任せで何もしてはいない。

 そう。

 あたしは、

 初めて、鞭同士の戦いで、

 真っ向からやって、負けた。

 “鞭”は、あたし自身だ。

 戦士としてのあたしの全てを否定された。

 この現実も受け止めなければならない。

 JOUジョウに対しても、このままでは済まさない。

 また、一番知りたかった事は事実上解った。

 MALIAマリアは何かを隠している。

 そして、あたしの推測はそう的外れでは無い。

 今は、明確に口にする気は無い。

 この世には“言霊”と言う言葉もある。

「ね、また久しぶりに、いっしょにショッピングとかしません? KANONカノンさんも誘って」

 ここに来て初めて、あたしの口許が緩んだ気がする。

 それは皮肉なのだろうか、素直なものなのだろうか。

「衣食住全てをエーテルで自作する世界で、ショッピングも何も無いだろう」

 あっ、と彼女は間抜けな顔をした。

 この様子だと天然で忘れていたな……。

「ホームパーティ、くらいなら出来るか」

 あたしは、そう応えていた。

「はい!」

 彼女は心底嬉しそうに、双眸を弓にして。

 相も変わらず、殴りたくなる程に無垢な笑顔だった。

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