追憶22 予定通り。とうにロジックは確立され、無粋な侵入者など問題にならない(KANON)

 私の召喚に応じて現れたのは、これも莫大な面積を占有する存在、巨人ジャイアントだ。

 くすんだ毛並みの虎の毛皮を羽織っている。

 上位種エレクトリック・ジャイアントである身分証の積もりか。所詮はAIに組まれた仮初めの精神。

 それも今や、私に改竄されて何も残ってはいない。

「百手の騎士、トトネェロッーを殺害しろ。障害となる第三者も例外では無い」

「いやだ。あいつ、なかまだから、ころしたくない」

 そう言いながら、“私の巨人”は一目散に目標Tへ走り出した。

 スクリプトで、奴の感情と論理を完全に分離、連動する余地が無いよう独立させた。偽物の“心”で何を思おうが、この木偶は私の命令通りにしか動けない。

 “テレパシー”のていで、私の思考を直接送信する、マニュアル操作も可能だ。

 前回プレイしていたロボットゲームで、脳波コントロール式支援子機オービットを製作した経験が、ここで活きた。

 簡単な命令で的確な自律行動をしてくれるリビングアーマーと、一挙手一投足、私自身がコントロール出来る柔軟性のある巨人と。

 今後は、特性の違うルーチンのこれらを、状況によって使い分けて行くべきだろう。

 

 この瞬間の戦況を、私から見て手前から奥の順に説明。

 JOUジョウINAイナを実質下した。始末は時間の問題。

 INAイナから逃れたMALIAマリアが、AOアオに合流。AOアオが回復魔法で彼女の裂傷を治療しながら前進を続ける。

 

 HARUTOハルトが独り、突出している。

 人・馬共に蒼い残り火を燻らせた目標Tが、渦巻くように横切る中、INAイナの救援に向かおうとする金色のRYOリョウと銀色のTOMOトモに食い下がっている。

 目標Tが黒い剣でTOMOトモを薙ぎ飛ばした隙に、HARUTOハルトRYOリョウへ拡散ボウガンを発射。

 矢は拡散し切る前に全弾、RYOリョウの胴体に命中……した筈だが、爆風が明らかに奴を避けるように割れた。

 私の巨人が、白々しい悲哀の叫びを上げながら、全身を金色に輝かせた。

 私は、魔法的思考で、以下のような単純な回路図を描いた。


[電気巨人]―[RYOリョウ]―[TOMOトモ]―[目標T]

 

 非実体の、擬似的な電導フィールドでこれらを結んだ。

 そうして巨人が放電。

 バーナーの火のような、真っ直ぐで濃密な電気が、巨人からRYOリョウへ、TOMOトモへ、目標Tへ順々に迸り、蹂躙。

 確実に電導させ、尚且つ、MALIAマリアAOアオに余計な被害を出さなかった。成功だ。

 全身、無数の芋虫が這うかのような電流を帯びながら、目標Tは外壁に激突。

 TOMOトモは、懸命に抗いながらもその場に膝をついた。高電圧を浴びて、筋弛緩から逃れられる筈も無い。寧ろ、生きているだけで驚異的な防御力だ。

 そしてRYOリョウは、無傷。油に弾かれる水のように、電流が散ったのは目視確認出来た。

 面白く無い。

 

 いよいよ前線に追い付いたMALIAマリアが跪いて接地。RYOリョウ目掛けて、ミニ・コメットの岩石弾を射出。

 彼女の大地魔法の良い所は、無詠唱による速効性だ。接地と言う動作の制約とのトレードオフだが、彼女の反応力と判断力なら問題無い。

 RYOリョウは……真正面から受け、衝撃にたたらを踏みながらも流し、倒れず踏み留まった。

 あれだけの重装甲を背負いながら、大した身のこなしだが……動きに遅滞があるのを見るにダメージはあったようだ。

 ミニ・コメットは効いている? ふむ。

 奴が立ち直るよりも速く、今度はAOアオRYOリョウに挑み掛かった。

 RYOリョウもまた、増強した手甲ガントレットを武器とした格闘スタイルのようだ。

 軽装のAOアオに分が悪そうだが、俊敏に奴の殴打を掻い潜り、着実に拳を叩き込んでいる。

 その都度、彼の身体が変異エーテルの蒼い燐光を発している。

 ミニ・コメットの超音速岩石すら受け切った偉丈夫だ。人間の拳打では、やはり揺らぎも小さいが。

 RYOリョウRYOリョウで、攻めあぐねた様子になって来た。

 あからさまに発光するAOアオを、警戒しているのだろう。

 怪しい現象は余さず疑い、常に最悪を想定する、堅実な考えだ。

 “彼と彼女”が、RYOリョウINAイナのパーティに於ける守護神であると称したのも頷ける。

 だが、今回ばかりは賢明さが仇となるだろう。

 

 HARUTOハルトがボウガンを置き、地獄送りの錫杖に持ち替えてTOMOトモを追撃。

 TOMOトモは……何らかの魔法光を、事もあろうにエネミーである目標Tへと飛ばし、そして地獄送りの錫杖を甘んじて受け、その場に突っ伏した。

 目標Tが、全身を苛む紫電を弾き飛ばすように咆哮を上げ、HARUTOハルトに襲い掛かる。

 やはり、TOMOトモは死に際に強化バフ魔法でも掛けていたのか。

 奴らの目的は変異エーテルでは無く、HARUTOハルトに勝つ事。

 勝てないと見れば、せめて彼を「負けさせよう」としたのか。

 見上げた執念か、それとも、見下げた性根か。

 だが。

 HARUTOハルトは、欠片も恐れず自ら、あの驚異へ立ち向かう。

 

 AOアオの変異エーテルが、いよいよ臨界の輝きを見せ、直接目線を向けていない私の網膜をも照らした。

 最早、打撃と言うより衝突音と言える音。トラックがプレスされたような、ひしゃげる金属の断末魔。

 RYOリョウは死んだらしい。

 そして。

 MALIAマリアはまた跪いて接地。

 けれど、これ迄のようにミニ・コメットやストーン・ショットでは無い。

 その澄んだ声で、大掛かりな詠唱を紡ぎ出した。

 AOアオは、そのまま彼女を置いて走り続ける。

 

 目標Tが騎乗する百足ムカデと正面衝突する直前に、HARUTOハルトは奴のサイドへ踏み込み、これを回避。

 轢かれそうな瀬戸際で、地獄送りの錫杖による“一打二連撃”を叩き込み、常に死角へ陣取っている。

 流石に目標Tも、それくらいの想定はしているだろう。銀の特大剣を百足の馬上から突き出し彼を潰そうとする。TOMOトモの薄汚い妨害工作によって筋力=スピードを増している筈だが、今の所、彼は全て紙一重で掻い潜っていた。

 ……そう。

 のだ。

 極めて精巧なボスエネミーの思考ルーチンに「敵から強化される」と言う想定は無い。

 無論、観念としてはしっかり根付いているし、事実、TOMOトモの強化魔法は奴にとってプラスに働いている。

 ただ。

 知識が存在しても「強化された自身」への経験則が圧倒的に不足している。

 ペーパードライバーに、突然レーシングカーを与える様なものだ。

 AOアオが追い付いた。

 彼は跳躍し、百足ムカデの節体を駆け上がるように、目標T本体へ襲い掛かった。

 こんな時に限って妙に勇猛な動きをするものだ。半泣きになっているであろう面構えに目を瞑ればだが。

 私の視力では伺い知れないが、きっとそうに決まっている。

 小煩こうるさい虫が背中に張り付いて、目標Tの上体が激しく捩られて。

 ますますHARUTOハルトへの狙いが逸れ、彼は地獄送りの錫杖を百足ムカデに叩き込む。

 騎馬の操舵が乱れ、コントロールを失う。それでも落馬しないようだが。

 ここで、

 MALIAマリアの詠唱が、完成した。


 ――我、大地の命脈を通して召し出さん。

 ――摂理の大河を遡り、其の災厄は雲井くもいを穿つだろう。

 ――ミーティア・リバース。

 

 最後の音が結ばれたのと同時に、AOアオが馬上から飛び降り、HARUTOハルトもインファイトから一転、全速力で退避した。

 そして。

 一面の大地が亀裂を走らせ、無数の岩石に切り出され、まるで「上に落ちる」様に噴出。

 逆回しの流星群とも言うべき光景が目標Tの騎をまともに巻き込み、すり潰して行く。

 視界が流星群に遮られる中、絶命したらしい百足が棹立ちから、後ろへ倒れ込んだのが見えた。

 目標T本体は生きてはいる。

 鎧の継ぎ目から夥しい血流を流し、それでも特大双剣を手にHARUTOハルトを襲うが。

 私は、奴の背後へ回らせていた電気巨人に脳波で命令。

 HARUTOハルトへ気を取られた奴へ、放電しながら襲い掛かり、羽交い締めにさせる。

 先程よりも更に電力を増して、輝く大蛇のように野太いそれが、金属鎧を通して流し込まれて行く。

 組み合う巨人二匹が、膝を折った。

 HARUTOハルトは、大メイスで、目標Tの頭部を思い切り打ち付けた。

 目標Tは突っ伏し、用が済んだ私の巨人は、適当に尻餅をつかせておいた。

 兜の形が酷く変形している。

 何より、その身に宿した変異エーテルが、既に漏出し始めていた。

 目標Tは、漸く死んだ。

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