追憶17 和洋折衷のフルプレートアーマー、及び、騎乗用の百足に関しての所見、並びに、目標Tとの初交戦の記録(KANON)

 仕事には優先順位がある。

 捕らえた電気巨人エレクトリック・ジャイアントのスクリプト調律よりも、仲間の武器が優先だ。

 ……と言うのは、言い訳に過ぎない。

 私達は、四方を“ボス部屋”の霧壁に隔てられた、広場に辿り着いた。

 巨人の調律は、間に合わなかった。

「ぁ……KANONカノンさん、大丈夫ですか? ちょっと、足取りがどう見てもおぼついていな――」

「ボス戦直前だ。自分の領分だけを考えろ」

「は、はぃ……」

 まだまだ、私には必死さが足りないのでは無いか。

「……コンディション管理も責任の一つだ」

 HARUTOハルトが静かに言う。

「……此方こちらが君を気遣う気は更々無い」

「何より有難い言葉だ」

 MALIAマリアもまた、何かを言いたげではあるものの、安っぽい同情は絶対に示さない。

 “彼と彼女”だけが、私を理解してくれる。

 …………或いは、私がそう思いたがっているだけなのかも知れないが、答えは依然として出ない。

 私には、他人の気持ちが解らない。

 何も思い悩まない事こそが、正しい姿の筈だ。

 

 霧壁を潜り抜けると、朽ちた闘技場コロッセオのような広場に出た。

 此方から見て最奥。

 ず、視界をよぎったのは“長大な何か”だ。

 次瞬、その長大なフォルムが多段の体節で構成された節足動物――百足ムカデである事を理解した。

 鉄板じみた背板に覆われた胴節が細かく長く連続した……ベースとなった種はジムカデだろうか。

 だが、目標Tこと、トトネェロッーの本体は別にある。

 頭部に跨がる、フルアーマーの巨人がそれだ。

 甲冑姿――と言い切るにも異様な装いだった。

 胴体部分は、史実のプレートアーマーでも後期型とされるフリューテッドだろう。目視する限り、装甲の板厚は比較的薄手で、縦に無数の溝が走っている。

 プレートアーマーと言う物が軽量化された時代の産物だ。

 一方、四肢の装甲は、そんな胴体部分に対して不釣り合いに厚い。恐らく、設計データにはプレートアーマーが重厚だった十字軍時代のそれを参照しているのだろう。

 籠手ガントレットは、ミトン型の手甲で更に覆われており、鋭利なスパイクが備わっている。

 そして何より、異様の最たるは、その頭部だ。

 首から下が西洋甲冑であるのに、兜が日本のそれだった。

 半月を寝かせたような鍬形くわがたを額に頂き、憤怒の形相とも亡者の怨嗟とも付かぬ面頬で顔面を隠している。

 五枚の板を連接させた物が垂れ下がり、後ろの首が防護されている。フリューテッド鎧とのビジュアル的なアクセントは感じられなくも――駄目だ、やはりそこまで寛大な心は持てそうに無い。

 寄せ集めとも継ぎぎとも形容出来ない、何とも歪なフォルムの“騎兵”だった。

 結論。

 人・馬、共に打撃が有用と判断。

 私自身は、他に手駒が無いのでリビングアーマーを召喚。

 特大メイス“地獄送りの錫杖”を抱え、背中に大型のボウガンを備えたHARUTOハルトを中心として、AOアオMALIAマリアら、前衛が散会した。

 JOUジョウは、その遥か後方にして私を背に庇う位置取りで詠唱。

 今ではすっかり基本となった、このパーティの布陣だった。

 

 波打つ百足ムカデが、石床の残骸を砕きながら、闘技場の外周を走る。

 やはり、あのサイズの百足ムカデを相手取る場合、最も驚異的なのは機動力、そして旋回性能だろう。

 その足の多さは、我々人間の感覚からすれば歩行そのものを煩雑なものにし、機動力を損なう要因となる。

 だが一方で、多足型ロボットと数理モデルを用いた、百足ムカデの運動生成の研究にいて、この様な仮説も提唱されている。

 むしろ、体軸を真っ直ぐにした安定歩行を、速度や柔軟性によって不安定化させる事で「蛇行運動と言う名の別な安定的な周期的挙動」を生じさせ、これがあの旋回性能を実現する。

 その機動力と堅牢な外皮、駆動系じみた多足に巻き込まれれば人体などひとたまりも無い質量。

 ある意味でドラゴン等に乗られるよりも性質たちが悪い。

 長城のように途方も無い百足ムカデが、鞭と言うか横倒しになった暴走列車のように、此方の前衛を巻き込みに来た。

 卒無くかわHARUTOハルトMALIAマリア、踏み留まり、己の質量に任せて受け流した私のリビングアーマー。

 そして、尾の先端が掠めて夥しく流血しながら吹き飛ばされたAOアオ

 どうも、リゲイン能力を得てから此処に至る迄の数戦で、彼の立ち回りがある側面で甘くなって来たのを感じる。

 受け身から、雷速の如き跳躍を見せたAOアオが、辛うじて百足ムカデの端に蹴りを当てたが、僅かな痛痒つうようも与えられていないのは明白。

 変異エーテルの燐光を纏い、負傷が癒えた事であからさまな安堵をあらわとしている。

 終わったら、叱責が必要なようだ。

 とは言え、彼が狙われた僅かな間隙にMALIAマリアが地面に掌を接地、独りでに切り出されたミニ・コメットの岩が重力に逆らって浮上してから、目標Tへ殺到。同時に彼女自身が必殺技のエクリプス・シェイドを実行。文字通り絶影の踏み込みから、すれ違い様に斬り上げ。

 お得意の、大地魔法との包囲攻撃だ。

 ミニ・コメットこそ、なけなしの体勢崩しにしかならなかったものの、ギロチンが下から上へと逆行した様な凶刃が百足ムカデの一節を両断するのには充分だった。

 飛び散る火花。とても生物を両断した光景とは思えない。

 喉が詰まりそうな臭気と共に、濁った体液が散水されたが、それでどの程度、百足ムカデの機動力を奪えたものか。

 実際、多少の怯みを経て、寧ろ一転して怒り猛った百足ムカデが、急旋回。

 同瞬、馬上の目標Tの周囲に、何やら幻影が――明らかに仮想端末ウインドウと思われる物が展開された。

 それは規則正しい升目ますめになっており、棚のような物を描いている。

 奴がその内の一つをタッチすると。

 

 その手元に、巨大な儀杖の様な大質量が忽然とあらわれた。

 

 丁度、私のリビングアーマーが斧槍を薙ごうとした所へ力任せに儀杖が叩き込まれ、泳いだ彼の巨体を無慈悲に捉えて叩き、倒壊させてしまった。

 リビングアーマーも、元ボスエネミーの端くれ。流石に、これくらいで絶命までには至っていないが、悶絶するように、起き上がれないでいる。

 縦横無尽に駆ける百足ムカデに運ばれながら、目標Tが、儀杖を手品の様に消した。

 そして、再び仮想端末ウインドウの“棚”を展開。

 それぞれの升には、奴の所有物であろう武器の映像が表示されていた。

 所謂“アイテムインベントリ”の具現化。

 それが“百手の騎士”を称する、目標Tこと、トトネェロッーの――そしてHARUTOハルトが望む変異エーテルなのだろう。

 詠唱を終えたJOUジョウが、ドッコロニアン戦でも放った、あの多弾ホーミングレーザーを撃った。

 回避不可能な高出力レーザーの群れが次々に着弾したものの、大ボスの例に漏れず大半をレジストされた。

 目標Tが、浮かぶインベントリから、今度は大弓を取り出して、ほとんど遅滞無くJOUジョウを射抜いてしまった。

 弓矢と言うよりは、殆ど砲弾のような威力のそれが、彼の身体を容易に弾き飛ばした。

 百足ムカデに、またMALIAマリアの一撃を貰うが、落馬はおろか、フットワークの乱れすらも望めず。

 目標Tは、次に具現化した、黒曜石のように艶の無い黒塗りの特大剣で、彼女を斬り殺してしまった。

 魔術師の後方支援と前衛一人の“圧力”を欠いては、最早ジリ貧だ。

 奴は更に、もう一方の手に豪奢で精緻な細工が施された白銀の特大剣をも取り出して、数合の打ち合いの果てにHARUTOハルトを斬り伏せ、返す刃でAOアオも始末した。

 私のリビングアーマーが斧槍を振り下ろして食い下がるが、それを漆黒の剣で食い止められる。

 もう一方の白銀の剣を消し去ると、奴は――その巨体にしてはだが――小振りな槍を出現させ、額の高さに掲げた。

 照準は、明らかに私に向けられている。

 私は、逃げる気は無い。

 既にこの時点で詰みが確定している。

 後は、彼と彼女と同じ痛みを甘んじて受けるのみ。

 どの様な付帯効果を持った槍なのか。

 投じられたそれは、吸い込まれるように私の心臓を貫き、背骨ごと微塵に粉砕した。

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