追憶16 先触(僧侶、JOU)
予想以上に純粋な若者なのかもしれない。
これが、率直な所感です。
彼も理屈の上でわかってらっしゃるでしょうが、本当に他人を踏み台にしようと言う人間が、面と向かって「貴方がたを利用している」とは言わないものです。
それは同時に、自らの“悪”をはっきりと意識している証左でもあります。
彼のような方を、このような行動に駆り立てるものとは、一体。
強い意志は、何よりの原動力でもありますが――。
鉛色の寒空と、モミやトウヒと言った常緑針葉樹の濃い緑に彩られた亜寒帯の僻地。
さる谷の死角となっていた、“古代遺跡”がありました。
白骨のような石造をベースに、ところどころ
やはりそこは仮想世界と言いますか。
現実の遺跡だとか洞窟が、これだけ広大な“ダンジョン”を形成することは、まず無いでしょう。あったとしても、石器時代の生活痕か熊の寝床などが関の山です。
誰が何のために掘り進めたのかも定かではない螺旋階段や勾配を下り、奈落を進み続けると。
視界を満たしたのは、膨大な蒼翠の鉱脈といくらかのエーテル光で輪郭を浮かべた、遠大な地下大空洞でした。
恐らく、我々が先ほどまで歩いていた地上地域と遜色のない面積の地下世界が広がっています。
これだけの虚空を足下にして地上が崩落していないのは、地底の岩壁と白亜の遺跡が混ざりあい、折衷しているからでしょう。
VRの物理演算で無理を通していると言えば身も蓋もありませんが……遺跡を造った古代人の、凄まじい支柱技術とでも言いましょうか。
「きれい……」
今どき稀な、女児のように濁り曇りのない瞳に余る絶景を、一生懸命、焼き付けようとしているようです。
VRだからと軽んじず、純粋に“世界”の美しさを愛おしむ。
彼女の若さで本当にそれができる方は、そうそういません。
どうも“きれい”は、彼女の口ぐせなのでしょうか。
良い事だとは、思います。
道中のことについて、多くは語りません。
遺跡が示す古代文明の末裔という敵性NPCの巨人族と相当数、交戦。
中でも、その巨体相応の蓄電・放電機能をもつ
目標Tとのボス戦までには間に合わせるつもりらしく、行軍しながら休みなく、巨人の魂――AIスクリプト――の調律を行っています。
この上、
保有エーテルを筆頭としたパーティの戦力が増すごとに、彼女の仕事もまた増していきます。
彼女も彼女で、その心身に相当の負荷を強いていますが……止めても無駄でしょう。
まして拙僧自身の修行方針を思えば、他者をとやかく言えた立場でもありません。
彼女もまた、自分を追い込むことで、何かを振り払おうとしているようです。
その点において、彼女は、信仰ではない別の何かをもって、この拙僧と同じなのです。
欲無き略奪者の変異エーテル。すなわち、絶え間なく攻める事で生きる目を切り開く
それは、当該能力の使用者に“逃げる”ことを許さないことと表裏でもあります。
特に、このエリアは見上げる体高の巨人ばかりを相手にしなければなりません。
彼でなくとも脚がすくみ、恐怖に心を囚われるのは無理もありません。
不本意なまま怯えを振り切り、我武者羅に、時には泣き叫びながら、それでも培った
鉄骨じみた殴打に、時には熱力学的な異能に何度打ちのめされても活力は絶えない、ある種の荒行と言いますか、ともすれば無限地獄が形成されています。
彼の気性を思えば、この拙僧の提案によって酷な道を強いたことは重々理解しております。
それでも彼は、戦い続けています。
その猛攻は、ネズミと象ほどもある圧倒的な生物格差を揺るがし、巨人に片膝を折らせ、
「“エンプティ・デザイア”、打つよ! 打ちますよ!?」
合図をもって
インパクトの瞬間、蓄積していた余剰エネルギーを一点に解放。
彼の拳と巨人の接点から、固体じみた運動エネルギーが放射。
膨大なタイヤの束を思わせる胸筋より上、頭部全体が粉微塵に弾けとび、巨人は前のめりに崩れ落ちました。
変異エーテルを利用した必殺技の名前が、それまでと打って変わって横文字になっているのは、それが借り物の力である事への、彼の自戒なのでしょう。
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