追憶15 さる発音不可能なボスについての情報(MALIA)

 ひとつめの変異エーテルをゲットしたばかりで慌ただしいとは思いますが、ひと息つくヒマはありません。

 拠点にしていたエーテル溜まりの民家に戻って、さっそく次にむけた作戦会議です。

 あ、ちなみに帰り道、AOアオさんの“欲なき略奪者の変異エーテル”の試運転が検討されましたが、本人が嫌がったのでお流れになりました。

 HARUTOハルトさんとKANONカノンさんは、本番であたふたするくらいなら先に慣れておくべきだと難色をしめしていましたが、まあ無理強いはよくありません。

 それにたぶん、AOアオさんは、意外とぶっつけ本番のほうが本領を発揮できるタイプに見えますし。

 

 さて、今回もベテランプレイヤーのJOUジョウさんにナビしてもらいましょう――と、そんなうまい話が何度も続くはずもなく。

「面目ありません。現在、拙僧が把握していた変異エーテル保有ボスはドッコロニアンのみです」

 腕を組み、指先でいら立ちをあらわにするKANONカノンさんと、ビミョーにホッとしたような顔のAOアオさんですが。

 先日、KANONカノンさん自身が説明していましたように、このゲームに生きるすべてのNPCやエネミーは、ひとつひとつが一定のサイクルで生成されています。

 こんなの、全プレイヤーの誰も知らないが永遠に循環され続けているようなものです。

 だから、JOUジョウさんを責めることはできません。

 ドッコロニアンの情報を得るだけでも大変だったでしょう。

「……ならば、自分から提案がある」

 わたしたちが途方にくれるより早く、HARUTOハルトさんが静かに切り出しました。

「……大陸北東の“地底大空洞”に生息する“百手の騎士、トトネェロッー”…………を、狙う」

 い、いま、なんて言いました?

 さすがのHARUTOハルトさんも息苦しそうというか、つんのめるように口にした名前ですが。

 トトネェロッー。

 まともに発音できません。

 強いて発音するなら、トトネェロッ……、と最後にちょっとタメる感じでしょうか。

 いえ、ドッコロニアンにも思ったのですが、なんだかこの世界ゲーム名ありネームドエネミーって、ヘンテコな名前が多いんですよね。

 まぁ……地球サイズのオープンワールドで、個性のちがうボスを無数に自動生成しているわけですから、不可説不可説転のキャパシティをほこる運営AIをして、ネタ切れを起こしかけているのでしょう。

 にしても、こんな名前にされると、作戦の討伐対象

への言及全般が不便でしかたがありません。

 あるいは、唯一神だとかクトゥルフのように、真の発音が不可能であることによって、人類とは隔絶した存在であることをしめしているとか……そういう脳内補完をしておけばよいのでしょうか。

 この世界ゲームクレプスクルム・モナルカの世界観設定も、断片的な情報だけちりばめて、後はプレイヤーのご想像におまかせするとか、割りとそういうところがありまして。

 俗に、“クレプス脳”とかいわれてますが。

「……トトネェ――今後、これの呼称を目標Tとするが――」

 さすがHARUTOハルトさん、無慈悲なまでに切り替えが早いといいますか。

「……兎に角、この目標Tが保有する変異エーテルは、自分の戦闘スタイルとのシナジーが極めて高い。

 ……と言うよりは、目標Tの変異エーテルこそが、自分の、このゲームにおける育成ビルドの理想形である」

 それで、彼はわたしたちに、変異エーテルの概要を教えてくれました。

 …………。

 なるほど、彼の言ったことの意味がよくわかりました。

 けれど、それは同時に、

HARUTOハルトさんが、このクレプスクルム・モナルカで理想としている能力にぶつからなければいけない、ですよね」

 しかも、彼が狙うこの能力もまた、ネタがバレたところで対処のしようがないやつです。 

「……そうだ。

 また、独断でこの変異エーテルを担当する権利もまた、自分には無い。

 目標の選定と併せて、異論があれば聞かせて欲しい」

 ……わたしとKANONカノンさんは元より、だれも反対する人はいないようです。

 その変異エーテルを取り合おう、という人も。

 ただ、

「いくつか、お聞かせください」

 JOUジョウさんが、ゆっくりと彼にまなざしを向けながら、口を開きました。

「その、目標Tの情報はどうやって?」

 そうですよね。

 仲間がそろってからドッコロニアンをやっつけるまで、彼がピンポイントでここまでのことを調べる時間はなかったはずです。

「……“金”で解決した」

 この場の誰もが、顔に理解の色をうかべました。

 お金とは、もちろんこの世界ゲームの全能元素エーテルのことではなくて、

「……このクレプスクルム・モナルカを始めるより前に、ネットで情報を買った。現実の通貨で」

 わたしたちは基本的にVR世界の住人です。

 けれど、現実のお金もちゃんともっています。

 当然ですが、あるゲーム内通貨を、別のあるゲームで使うことはできませんから。

 特にわたしたちのように、世界ゲームから世界ゲームへと旅をしているようなタイプなら、なおさらです。

 やはり、信用が最も高いのは現実通貨です。

 べつに、法律としても、リアルマネートレードそのものは違法ではありません。

 ただ、としては「個々の良識に従ってご利用ください。さもなくば処罰します」という、かなりファジーなルールがもうけられているのが大半です。

 スキル自作システムの仕様をみるに、ゲームにログインする以前からの行動・経歴すら運営AIに把握されているようですし、彼のこのカミングアウト自体もキャッチされているでしょう。

 その上で彼の身に何も起きていないということは、今のところは合法あつかいなのでしょう。

 ただ、この先、この情報の売り買いを発端とした彼の行動が、ゲームバランスを乱すようなことになれば、“天罰”の可能性は未だ残ることでしょう。

 社会通念上のモラルとしても、あくまでも衣食住の生活基盤を確保する以上の用途でリアルマネーを使うことは、よしとされていません。

 すぐに足がついて、すでに“悪評”が共有されているのかもしれません。

 そうなれば、五人パーティで固定されるのが前提の世界ゲームとはいえ、このパーティの解散後、クレプスクルム・モナルカの世界で彼を入れてくれるパーティは限られてくるでしょう。

「……運営AIによるジャッジの匙加減は良く心得ている積もりだ。たかが一個人、変異エーテルを得る程度の事は、奴等にとっては些事に過ぎん」

 もうひとつの問題については眼中にもないようで。

 JOUジョウさんは……どうやら、そこ自体を咎める気はないようですが、

「そうまでして得た情報を後回しに、拙僧に大ボスの心当たりを求めた真意とは」

 そうですね。

 わたしなら、まっさきに取りにいきたくて、ウズウズしてしまいます。

「……理由その1。本命の目標Tと戦う前に自分やパーティの戦力と練度を可能な限り上げる為。

 ……理由その2。貴方がた、他のメンバーが別の変異エーテルを受け持てば、パーティ内での競合相手が減る。結果、目標Tの変異エーテルを巡った諍いのリスクが減る」

 

「……このゲームを、必ず制覇する。手段を選ぶ積もりは無い。自分は、その為に貴方がたを利用している」


「……異論は、おありか」

 

 JOUジョウさんは。

「いいえ」

 それだけを答えました。

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