追憶14 何も出来なかった私がせめて出来る事は説明くらいか(KANON)

 私は、ドッコロニアンの亡骸を前に、猫背ぎみに立ち尽くすAOアオを、ただ見ていた。

 そして。

 ドッコロニアンが蒼い、固体のような質感がある光――変異エーテルを身体から立ち上らせた。

 その新たな事実を切っ掛けに、彼の、そして私の止まっていた時間が動き出したようだった。

「ぁ……」

 彼は、おののきながら一歩下がった。

「“君の”変異エーテルだ。受領するんだ」

 私は、そこでたおれ伏したHARUTOハルトに代わってAOアオに告げた。

 AOアオは、私に言われるまま【欲無き略奪者の変異エーテル】に掌を当てた。

 それは流体のように彼の手を伝い、経皮吸収された。しばし、変異エーテルの燐光が彼の血流をなぞっていたが、それも直ぐに消えた。


【欲無き略奪者の変異エーテル】

 この変異エーテルを励起してから一定の猶予時間内に“攻撃”が他者に命中した際、生じた運動エネルギーに比例した面積、自らの損傷を治癒する。

 また、回復に用いられなかった余剰エネルギーは蓄積され、任意に衝撃に還元する事で、更なる攻撃をも可能とする。


 ドッコロニアンは、生まれついて“奪う”と言う概念を知らず、生涯その欠落の究明のみを追い求めた。

 その渇望は、変異エーテルに昇華されてもなお、満たされる事は無かった。

 “神”は何故、彼の者にかような業苦を強いたのか

 黄昏の空に問えどもいらえは無い。

 

 ……ご丁寧にも、手に入れた“もの”のフレーバーテキストが、私の、私達全員の網膜に映された。

 成る程、だから“欲無き略奪者”と言う事か。

 世界ゲームに星の数ほど存在するエネミー一体一体の、こうしたバックストーリーから、物理的な構造まで生成するのも運営AIの仕事だ。

 時期が来たら、数秒の即興でこうしたドラマを添えて、スポーンされる。

 変異エーテルの効果も、世の中には千差万別に存在するのだろう。

 機械が自ら判断して、瞬時に行われるアップデート。

 そこには労力も、時間の消費すらも無い。

 現代VR技術の持つ、強みの一つであろう。

 先程の気取ったフレーバーテキストが分かり辛かった方に向けて改めて要約させて貰うと、

「変異エーテルを有効オンにしてから一定時間内に攻撃が命中するごとに負傷が治癒する・治癒に使われなかったエネルギーは任意のタイミングで攻撃に使える」

 と言う所だ。

 ついぞ“奪う”の何たるかを知らないまま生み出された“奪取”の能力。

 そこに「相手が失ったか否か」の観点が欠落した結果、盾を殴るだけでも効果が発揮されるに至ったのは、幸か不幸か。

 また、大楯・スクトゥムを使い続けたHARUTOハルトの判断は正しかった。

 一見してリゲインを助長させてしまう悪手のようで、ドッコロニアンにフルパワーの打撃を行わせる事で、初めてAOアオが迎撃する隙を作り出せた。

 そして。

 私は、僧形の男を改めて見上げた。

 AOアオに、この変異エーテルを推挙した、張本人を。

 彼は、素知らぬ顔で、AOアオを労っているが。


 ――白々しい事だ。

 

 攻めれば攻める程に効果を発揮する。

 それは逆説的に「攻める事を強いられる」とも言える。

 時間内にダメージを取り返せる事と、時間内に取り返さなければならない強迫観念とは表裏だ。

 AOアオの気性を思えば、このリゲイン能力が精神的に合わない事は明らかだろう。

 彼にとっては、これから益々過酷な戦いとなるだろう。

 “人の気持ちが解らない”私などでも解る事だ。

 より人生経験が長く、多くの“人”を見て来た筈の僧侶が気付かなかったとは、考えられない。

 何の積もりか。

 私は、この男を、心から信用してはいない。

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