追憶09 さる氷と炎の巨人たちについて(MALIA)
炎の巨人のほうはレジストしたのか、文字が弾かれるようにして霧散。
一方、氷の巨人のほうにはチェーンのようにまきつきました。
氷の巨人を中心に、大気が急速にゆらぎました。
その余波はこっちにまで伝わって、わたしの長い黒髪がにわかに躍り乱れました。
それだけで、巨人に変化は――ありました。
もっていた棍棒を取り落として、両手で喉をおさえて、悶え苦しみました。
炎の巨人のほうも、わたしたちに警戒しつつ、相方を心配そうにみています。
「この術は酸素を薄めて、ほぼ無に還します。
この一帯の氷樹と同じく効果範囲は限定的なので、必要以上の被害はありません」
「……広義の意味で、即死魔法と言った所か」
「はい。人間であれば、一呼吸だけで意識喪失と心停止を引き起こしますが」
「あれだけ体がおおきいと、時間がかかりそうですね」
一応、
この場合、“いずれ死ぬ”即死魔法というのが正しいようです。
氷の巨人が、もつれた足取りながらも進み出してきました。
「来るぞ!」
「……即死しないまでも、奴等の連携を乱すには充分」
真っ直ぐ向かっていった
貨物列車のような迫力でスウィングされた特大剣の、切っ先がかすめるくらいの間合いでどっしりスクトゥムを構えて、これを受け流します。
穿たれた傷口から光熱が吹き出し、巨人は怒号の叫びをまき散らしました。
炎の巨人が剣を構えなおした時にはもう、
相手の間合いギリギリで盾を構え、最小限の衝撃におさえるとともに、リーチの長い槍を刺しこむ。
古くから“盾チク戦法”とよばれる、実に堅牢なスタイルですね。
間合いと体格差を考えると、槍一突きあたりの傷は致命傷に程遠いのでしょうけれど、今の彼の目的は炎の巨人をやっつけることではありません。
わたしと
冷気を発する体質で、ただでさえ青ざめた巨人の肌に紫がぽつぽつと射してきました。
死を目前にして防御を考えなくなった、危険な兆候です。
氷の巨人を中心に、真っ白な波動のようなものが放射します。
わたしは跳んで、これを寸前で回避。それまで水面を薄く凍らせるだけだった冷気が、この一発で湿地を完全に凝固させてしまいました。
もし当たっていたら、一発で身体の芯まで凍らされていたところでしょう。
わたしは、駆けながら姿勢を低くし、かろうじて氷から顔を出していた地肌に触れて“接地”。
大地にわたしの意思が伝い、それは巨人の背後の地面に
閉ざされた氷壁を破砕しながら、岩石が切り出されて飛翔しました。
すでに酸欠が脳を冒しているころだと思いますが、氷の巨人は持ち前の反射神経で岩石を叩き落とします。引き換えにその手が引き裂かれ、冷気まじりの血潮を吹き出しました。
超音速の岩石弾を素手で叩けばどうなるか。その判断がにぶってはいるようです。
わたしはすでに、上段に構えた大鎌を真っ直ぐ振り下ろしていました。
背後からの岩石との、擬似的な挟撃。
鎌の刃が、ほぼ根元まで巨人の太ももに潜り込んで、えぐり抜きました。
また、莫大な血液が弾けます。
巨人も巨人できっちり反応して、無傷なほうの手で、わたしの頭上から叩き潰しにかかります。
「
わたしは、彼の接近を耳だけで感じつつ、叫びました。
同瞬、追いついてきた
天へ突き上げた拳で、巨人の途方もなく大きな顎を殴り抜きました。
巨人は、ケガはほとんどしなかったみたいですが、一瞬怯むには充分な威力でした。
跳躍力の限界高度に達した
酸欠で弱ってきたのか、怒りに任せてか、巨人は両ひざをついて、
鼓膜を刺す破裂音。
蒼白い光の残像が、斧のように巨人の頭頂部を打ちました。
自分へのヘイトが最高潮に達したタイミングを狙っての、時間差での落雷も忘れない周到さ。さすがだと思います。
けれど、巨人が痙攣したのも一瞬のこと。
ほとんど前のめりに倒れた巨人は、あの冷気の波動を全身に飽和させつつ、
これだけ頑張っても覆しきれないタフネスのちがい。
さすがに、このままでは
一方、わたしには、地面に手をついて接地する時間も、まして踏み込んで大鎌を当てる時間もありません。
なので。
“クレセント・アトラクト”。
わたしは、心の中でその名前を思いました。
大鎌が、まるで猛牛のような勢いでわたしを引っ張ったように感じられました。
あれだけ遠かった巨人の大顔が、視界いっぱいになるほど接近していました。
わたし自身が、超音速で跳んだのです。
わたし自身が意識するよりも速く、わたしの両腕が下段から大鎌を振りあげます。
寸前で顔を逸らされて、頬のあたりを切り裂いた程度でしたが。
おのずと上段の構えになるくらい跳ね上がった勢いのまま、わたしの両腕は大鎌を横なぎに旋回。
ほとんど、わたし自身が360度回転する勢いで、鎌は巨人をまた深くえぐりました。
極寒の返り血がわたしたちを襲い、それだけでもあちこち凍傷になりそうですが。
わたしの長い黒髪が螺旋をえがくように舞い、わたし自身がようやくピタリと止まると、髪も重力を取り戻して元の位置におさまりました。
必殺技。
このクレセント・アトラクトもまた、必殺技という名の魔法です。れっきとした、自作スキルとしてスクリプトを提出し、ゲームから承認されたもの。
それは言い換えれば、本来の身体能力で通らない無理を通すためのメソッド。
対象の目前に超音速で踏み込み、大鎌による切り上げから水平斬りを行う二連撃……という行為に“クレセント・アトラクト”という“名前”を与えました。
名前とは、存在の定義です。
人も物も、必殺技も。
名前があってはじめて、言及可能な“存在”となり、そして同時にそれ以外の何ものにもなれなくなる呪いでもあります。
ひとたびクレセント・アトラクトを発動してしまうと、わたしは切り上げから水平斬りへのコンボを全うするまで身体の自由を失います。
あるいは、技の途中で殺されてしまうか、のどちらかですね。
決められた動作しかできない制約と引き換えに、自分の能力を超えた動きを可能とするのが、このゲームにおける“必殺技”ということです。
そして。
顔面を真っ赤に血染めにした巨人は、なおもうつ伏せの姿勢ながら、わたしたちに手を伸ばして。
そしてついに、糸が切れたように、突っ伏して動かなくなりました。
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