追憶07 当ゲームに於けるありふれたキャンプ風景、及び、前人未到の大業への初手、その方針について(KANON)

 北欧古典主義と言った佇まいの木造の空き家に“宿”を取った。

 一歩外に出れば剣呑な魑魅魍魎がまばらに練り歩いているが、この家や私達が襲われる事は無い。

 この様な所有者の居ない民家と言うのは大抵が“エーテル溜まり”と言う、全能元素の霊脈上に建てられており、訪問者プレイヤーが幾ばくかの所持エーテルを支払って活性化する事により、次元の異相をずらす事が出来る。

 奴等はこの家や私達を認知する事も、触れる事も出来ない。

 つまり、即死レベルのエネミーが窓の外をちらつくストレスに目を瞑れば、屋根のついた宿が不自由無く確保出来るようになっているのだ。

 また、このエーテル溜まりは、死亡したプレイヤーの復活ポイントも兼ねている。

 いわば“何か”に挑む際の拠点にも、チェックポイントにも利用出来る。

 日用品から聖剣まで、エーテルと言う名の単一のリソースのみで具現化出来る事と言い“配慮”の行き届いた世界だ。

 当然、対応するスクリプトだとかレシピは必要不可欠だが。

 世界観の範疇に限られるが、食事のメニューもエーテル一つで自由自在である。

 仕留められた動物、あるいは解体された食肉、あるいは収穫された野菜や果実と言った食材を具現化する事も、加工・調理済みのそれを具現化する事も出来る。

 快適性。リトライ性。

 日常生活や戦支度にうつつを抜かす必要無く、只管ひたすら死闘にのみ没頭させる為の配慮。

 ゲームデザイナーは良い性格をしている。

 

 私達五人は、リンゴベリーのジャムを添えられたトナカイのソテー、人参や香草とサーモンがふんだんに入ったミルクスープ、ライ麦にマッシュポテトを挟んだパイ等の並んだテーブルを囲んでいた。

 素材はエーテルで“購入”したが、実際に調理したのはMALIAマリアだ。

 現実の金銭でもそうだが、素材のみを買うのと調理済みの出来合いの物を買うのとでは出費に雲泥の差が出る。

 本人も好きでやっているらしいので、パーティ一同、素直に任せた。

 幸い、住人は居ないまでも調理器具は一通り揃っていた。

 ……私はトナカイのソテーが気に入った。

 さっぱりとして癖が無く、それでいて深みのある風味があり――焼く際に黒ビールを振り掛けていたのは見ていた――、甘酸っぱいジャムが絶妙に調和している。

 何でも知っている。

 何でも出来る。

 彼女に対しては、常々そう思わされて来た。

 私などより、何倍も密度の高い日々を無駄無く生きている。

「……メンバーが五人揃った。

 いよいよ、変異エーテル収集のフェイズに入るが」

 暖炉代わりのエーテル溜まりに照らされる中、HARUTOハルトの言葉を聞く。

 やはり彼は、このゲームでの経歴が最も長いJOUジョウに目を向けた。

「……このパーティに適した変異エーテルを保有するボス。心当たりはおありか」

 このゲームで今回組んだこの面子は、それぞれの意味で“静かな”人間が集まったと思う。

 前回のロボットゲームで私達が組んでいたメンバーなら「リアル僧侶に殺生の相談とかどうなの?」と言い放ちそうなのが最低二人はいたが、今回はその心配は無さそうだ。

 生命の在り方に向き合うリアル僧侶なればこそ、ゲームのエネミーとの殺し合いがデジタルデータのやり取りに過ぎぬ事に自覚的であろう。

 私がそんな事を思索する程度の沈黙を経て、僧形の彼が静かに口を開いた。

「“欲無き略奪者、ドッコロニアン”……これがお誂え向きかと思われます」

 そして、その静謐な眼差しを向けた先は――AOアオだ。

「恐らく、その変異エーテルは、貴方が宿すのが最良でしょう」

 呑気にライ麦パイを味わっていたAOアオが、不意を突かれたように、びくりと背中を弾かせた。

「ぇ……ぼ、ぼくですか!? ぼくなんかが、そんな、特別なエーテル使うとか、おこがましく無いですか!?」

 今更な言い種に、流石のHARUTOハルトも少々困った様子で、

「……どの道、ここに居る全員が各々、最終的には何らかの変異エーテルを得ねばならない。その前提を忘れないでくれ」

「ま、まあ、そう……なのだけれど。ぼくに合う特殊能力なんて、ほんとに、あるのかなって……」

 先のリビングアーマー戦で、身一つであんな大立ち回りを演じた男とは思えない、消え入りそうな声だ。

 あるいは非戦闘員の私だから理解出来ないのかも知れないが、あれだけフィジカル面で精強な男に、どうしてこうも自己肯定感が欠如しているのか。

 不思議でならない。

「無論、無理強いはいたしません。個人的見解です。

 最終的な判断はHARUTOハルトの采配と、貴方自身の決意にお任せします」

 いっそAIじみた起伏の無い情感で、僧侶が言った。

「場所は、水樹のナトーベル。ここから遥か南の温帯地域です」

 エーテル溜まりからは、パーティの誰かが駐留した経験のある別エーテル溜まりに、瞬間移動ファストトラベルが出来る。

 それが世界の裏側であろうと。

 この口振りであれば、JOUジョウが近場のエーテル溜まりを解放した経験があるのだろう。

 答えの一つがそこにあるのなら、行くしか無い。

 

 私達には、それ程時間は無い。

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