第12話 隠し事

「私は、お友達になれたら……嬉しいんです」


クレアから儚い微笑が零れ落ちる。

弾かれたように私は、ぎゅっと腕の中に彼女を閉じ込めていた。


「……アエル?」


触れたからといって濡れるわけではない不思議な身体。

人肌よりも少し低くて柔らかな体温が、じわりと素肌に馴染んでいく。

それが何だか、無性に愛おしくて泣きたくなった。


「ごめんね、クレア」


クレアは長い睫毛を数度瞬いた。


「友達にって言ってくれて……嬉しかった」


見開かれた瞳に、笑みを浮かべた私が映っている。

クレアは彫刻のように整った顔をくしゃりと歪めて笑った。


「私達、いいお友達になろう」


クレアの手を取ってそう伝えると、彼女はきゅっと私の手を握り返した。


「あの! 『悪いお友達』ってあるんですか!?」

「え?」


その言葉に吹き出したのは、隣にいる銀髪だ。


「まあ。あると言えば、あるな」

「あるんですね!? それは一体どのような……」


真面目なのか、クレアの言動はいちいち可愛くて困る。

じっと見つめて、答えを待つ彼女に、真羽は淡い笑みを向けた。


「逢は悪いお友達になりようがないから、安心して。俺が保証する」


真羽のお墨付きに、クレアはほっと息を零してはにかむ。

一度伏せた透き通った睫毛が持ち上げられて、完璧なまでのブルーアイが静かに揺らぐ。


「もし……」

「ん?」

「もし、私がアエルにとって『悪いお友達』になるようでしたら、その時は」


ざあっと木々を揺らす風が渡って、泉に映る月も大きく揺らぐ。

風にさらわれてったクレアの声に、真羽は静かに頷いた。


「分かった」


私は、もう一度聞き返すことをしなかった。

真羽が分かったって言うなら、それでいい。

そんな『もしも』は、どうでもいい。


「ちょっとさー、うるさいよ~」


今の今まで寝ていたのか、ベッドの上で寝返りを打ちながら、ススーが薄く目を開ける。


「起こして悪いな、ススー」

「でっかい寝言~?」

「それはないな」


思わず笑うと、ススーの羽からキラキラが零れていく。

ああ。誰かが元気そうって、やっぱりいいな。


「丁度よかったよ」

「何が~?」


ススーは飛ぶことはせず、羽を少しだけ広げると、ベッドの上にあぐらをかく。


「俺達からも、話しておくことがあるんだ」


真羽の視線がこちらに向けられて、私は即座に大きく頷いた。

それが何を意味するのかは、言うまでもなかった。


「俺達の話なんだけど、聞いて欲しい……」


真羽は躊躇うことをせず、私達が違う国から、もしくは違う世界からやってきたことを静かに話し始めた…─


          ◇


「へえ~」

「まだ、私にも知らないことが世の中には沢山あるんですね!」


それは、拍子抜けするほどの受け入れっぷりだった。

クレアに至っては、何だか嬉しそうだし。


「やっぱりさ、アエルは女神様なんじゃない?」

「え?」

「そういう言い伝えがあってさ~。何だっけ、もうちょい小さかった頃に族長から聞いたんだけど。クレア知ってる?」


ススー達の妖精族に伝わる伝承は、クレアも知らないようだった。


「それでお前、逢のこと女神女神呼んでたのか」

「うん! 何か、こう……女神様ってとこだけインパクトあったんだよねえ」

「まあ、その呼び方は禁止だけどな」

「何でぇ」


抗議するように膨らませたススーの頬を、真羽は片手でぷしゅっと押し潰す。


「何すんだよ」

「や。よく膨らんでんな~と」


再び膨らむススーの頬を、クレアは両手でさすりながら、真羽に微笑んだ。


「秘密にしておいた方が、いいという事ですよね」

「ああ」


真羽の瞳がどこか嬉しそうに歪む。

真羽は、頭のいい女性が好きだ。

位置から十まで説明するのが面倒らしいし、そういう部分を可愛さとは思えないらしく。

だから時々ドライに見えるけれど、今ちょっと嬉しそうなのは、話した相手が正解だったというのを確信してるんだろう。


「私達を信じてくださって、ありがとうございます」

「友達に隠し事はなしってことだね!」

「いや?」


ずばっと言い切っちゃった真羽に、ススーは絶望顔だった。


「友達だろうが、秘密や隠し事くらいあるだろ。俺、逢にだって言ってない事あるけど?」

「まあ、真羽はそうでしょうね」

「え。お前、ないの?」

「隠す前に、バレるんですけど?」


真羽はケラケラと可笑しそうに肩を揺らす。


「もっと上手く隠せよ」


それは、一生無理だと思ってる。

どんなに頑張っても、些細な事でも見抜かれてる気がして、もう隠すこともやめたし。

双子だからかなと思った時もあったけれど、私側にその恩恵がないからには、真羽が単に鋭いだけなんだと思うけど。


真羽は私に吐息だけで笑ってから、二人の方に向き直る。


「だからさ、色々教えて欲しいって思ってる。ここの常識とか、そういうの一通り」


居住まいを正した真羽が真っ直ぐに見つめると、ススーが淡い不敵な笑みを浮かべた。


「マハネが~、ボクに、お願いごとってわけ」

「ああ。そうだよ」


真羽は何でもない事のようにさらりと言い切る。


「俺、別にプライドとかないから。逢を危険に晒さない、大事なのはそれだけだよ」


真羽が私の……、身内の安全にこだわるのは、今の今までにあった色々な事の積み重なりで。それが、沢山のものを失くした彼の心の裏返しだというのは、痛いほどに分かっていた。

真羽の心は誰よりも優しくて、脆さも一緒に抱えているから、私だって守っていきたいんだ。


何も言わずに思考を巡らせていると、ススーが小さく頷いた。


「……アエルを守るってことなら、ボクも同意だよ。協力する」

「色々尋ねると思うけど、よろしくな」

「うわ、よろしくだって!」


驚きながらも嬉しそうなススーを見つめながら、真羽の唇が微かな弧を描く。

何か、別なこと考えてるなとは思うけど、よからぬ事じゃないのを願うだけだ。


「では、街に出るまでに、一通りお話させて頂きますね」

「ありがとう、クレア」


いよいよ、街に、人に出会うまで、あと数時間。

一体ここはどんなところで、どんな人達が住まうのか、緊張に胸が波を打つ。

水面に映る月がゆっくりと移動していく中、ススーとクレアの話を聞きながら、せめて知識だけはと私は頭に叩き込んでいった…─

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