十字架

 横道の先にあったのは、岩の小部屋だった。

 パレオは小部屋の隅にうずくまって、大きな箱のようなものを開けている。

「さすが安定のD級ダンジョンですわね~。しけてやがりますわ~~」

 革張りのように見える箱から、パレオは次々と物品を取り出し、地面に放り捨てていく。

 金物かなものらしき皿。

 鍋。

 鉢。

 折れた短刀。

 そして鉛のような色の、

 ──十字架クルス

 簡素なつくりだが、見間違えようはずもない。パレオがいま投げ捨てたのは、人型の像がはりつけになっている処刑道具をした物。キリシタンが秘かにまつっている神体たましろのような物だった。


 新六郎は小平次に目配めくばせをし、小部屋から横道の途中まで引き返した。

 小平次がついてくる。

「いかがなされた」

「御覧になられたか」

「何を」

「今、箱の中からクルスが出てきました」

「クルス? や……いや、貴殿がそう見たのであれば、そうなのでしょう」

「これは由々ゆゆしきこと」

 ダンジョンとは、キリシタンが潜伏できるような場所でもあるのか?

 あのヨーロッパからの渡り物めいた食器は、日本に潜入している修道士イルマン神父バテレンの物なのか?

 そもそもダンジョンここは──何国どこなのだろうか?


 すべては馬鹿げた夢なのかもしれないが、夢ではなかった場合のことを考えて動くべきだろう。

 新六郎の胸にまず浮かんだのは、幕府の重鎮──酒井雅楽頭さかいうたのかみの顔だった。自分もずいぶんと、心が本丸のがわへ寄ってきたようだ、と新六郎は思った。

 しかし当然、西丸筆頭にしのまるひっとう土井大炊頭どいおおいのかみにも伝えなければならない。

 ──さて、どうしたものか。

 現将軍の家光がいる本丸と、先代の秀忠が住まう西丸との間には、キリシタンの脅威にどう対処するかという方針をめぐって、かなり深刻な対立がある。

 どちらへ先に伝えても、また新六郎が本丸と西丸の間で板挟いたばさみになることは必定ひつじょうである。板挟みになるのも新六郎の役目の内なので仕方のないこととはいえ、この厄介な〈ダンジョン〉の件までからんでしまうと、いささか手に余る。

 まずは長四郎と相談しておくべきか。

 長四郎も、本丸側の人間なのだが。

 ──いずれにせよ。

「帰りましょう」

 と新六郎は言った。

 小平次はまず無言でうなずいたが、「しかし、どうやって。起きればよいのか?」と呟き、首をひねっている。


 新六郎は小部屋に戻り、パレオに言った。

「パレオ様。ダンジョンの夢、たしかに拝見つかまつった」

「いかがでした?」

 こちらに背を向けたまま、パレオが言った。

「いや、見るもの聞くもの初めてのことばかりで、頭がうまく回りませぬ。また、落ち着いた所で、お話をうかがいとうござる。今夜はまず、このあたりで」

「まだ、帰れませんわよ?」

 とパレオは言った。

 箱の前で立ち上がり、ゆっくりとこちらを向いた。

「お金が足りませんわ」

「足りぬ、とは、いかなる意に?」

「帰りのおあしがありませんの」

 帰り道も、渡銭がいるのか。たしかに道理ではある。

「宝箱もカスでしたし、まだぜんぜん足りませんわ。新六郎様、二両。小平次様、二両。ああ、小平次様のお高そうな脇差の分が、借りになってますわね。そちらはまあ、ここに捨てていけば半分として──」

「それは困りまする!」

 新六郎の後ろで、小平次が悲痛な声をあげた。

 パレオは新六郎の肩越しに小平次のほうを見て、にこやかに笑った。

「そんなお顔をなさらないでくださいまし。本気で稼ぐのはこれから。チューバーの本領はここからですわよ」

 ハイパーチャットを開放します、とパレオは言った。

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寛永御前ダンジョン ~実は最強だった日本は江戸時代からダンジョン配信をやっています~ 水山天気 @mizuyamatenki

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