第2話 ギャル 妖精の舞を机の上で踊る


 私、黒峰真白には好きな人がいる。


「黒峰さん。おはよう」


 不意に声を掛けられる。

 この中性的な声は――


「ぬぎょひゃああああ!! し、しししし、紫崎君!」


「声掛けただけで『ぬぎょひゃああああ!!』って言われたの初めてだよ。相変わらずユニークだなぁ黒峰さん」


「ご、ごめんなさい。おはようと言おうとしたの! そしたら私の口内で舌が大暴れしちゃってちょっと嚙んじゃっただけなの」


「あ、ああ。んと、あるよね。舌が絡まること」


「「「(ねーよ)」」」


 その様子を見ていたクラスメイト全員が内心でそんな風に突っ込んでいたことを私は気づいてはいなかった。


「紫崎君、今日も格好いいなぁ。若干高めな中性ボイスを聞くだけで妊娠しそう……いや、もうしているんじゃないかな? おーい胎内の人~。誰かいませんか~?」


「「「(胎内に呼び掛けてる!?)」」」


「あ、あの、黒峰さん? 全部声に出ているけど。そ、その、声褒めてくれてありがとう。あと、格好いいって言ってくれて」


「ぬぎょはああああ!!」


「その『ぬぎょはあああ!』ってのもしかして口癖なの!?」


「ち、違うの! いや、違わないの! でも違うの!」


「落ち着いて!?」


「格好いいって言ったのは、そ、そう、その服のことなの!」


「みんな同じ制服着てるよね!?」


「中性ボイスを聞くだけで妊娠しそうっていったのは……うわあああ! これに関しては言い訳できないよぉ!」


 頭を抱えながら机に突っ伏す。

 真っ赤な顔が相手に見られないようにとせめてもの抵抗だった。


「お、落ち着いて黒峰さん。えと、僕の声をそれだけ気に入っているってことだよね。うん。嬉しいから。こんな風に声を褒められたのは初めてだよ」


「(((だろうな)))」


 私に気を使って優しい言葉をかけてくれている。好き。あっ、好きだ。生まれた時からこの人のこと好きでした。


「ありがとう紫崎くん。私、元気な赤ちゃん生むからね。一緒に育ててね」


「胎児を宿していることを確定みたいに話さないでね!?」


 何気ない朝の一時。

 あと少しで私が紫崎くんのことを好きだってことを知られてしまう所だった。


「ふぅ~、危なかったなぁ」


「((((まさかコイツ、誰も気づいていないと思っているんじゃないだろうな))))」


 今日も私の秘めたる思いの暴走を寸前で止めることができました。私えらい。







 紫崎恭弥くんは私の前の席だ。

 席替えの前日、4時間かけて出雲まで趣き『明日の席替えで将来の夫と隣になれますように~!』と2時間以上拝殿前で手を合わせた甲斐あり、隣とまでは行かなくても彼の後ろの席をゲットすることができた。

 なんで隣じゃないの!? 神様のバカ! 無能! 賽銭守銭奴! なんて呪ったこともあるけど、今はこの席であることに感謝している。


 黒板横の窓から秋の涼やかな風が優しく教室内を吹き抜ける。

 キタ!

 前方より吹き抜ける風が私の鼻孔を擽った。

 紫崎くんの隙間を突き抜けて届いた風を私は全力で受け止める。

 ああ。紫崎くんのかほり。


「すーはーすーはーすーはーすーはーすーはー!!」


「ど、どうしたの黒峰さん!? 急にすごい勢いで深呼吸なんかして!?」


「な、なんでもないの。この爽やかな風が今日の私の昼食なの。嗚呼。早弁ごめんなさい」


「空気がごはん!? 黒峰さんダイエットでもしているの?」


「この風の香りを身体に取り入れるだけで今日も私は生きていける。身体中に清涼剤が染み渡る。ありがとう紫崎君。貴方のおかげで私の寿命が20年伸びました」


「僕なんかした!?」


「貴方はそこに存在してくれるだけで私は満たされるの。何も気にせずそこに座っていてくれるだけで十分。でも出来ることなら脇を少し空けておいてくれると嬉しいかな」


「脇を空けると喜ぶってどういう状況なの!?」


「そこから漏れ受ける風がより貴方の香りを強く――はっ!? な、なんでもないです!」


「もう手遅れだよ!? もはや逆に脇を締めて授業を受けたくなったよ」


「そんな!? 殺生な!」


 頬を膨らませながら恨めしい気持ちで紫崎君の後ろ姿を見つめる。

 仕方がない。

 脇下からのそよ風は諦めよう。

 次は私から素敵な香りをプレゼントする番です。


「オープン! フェアリーウイング!」


 今日の日の為に用意してきた妖精の羽。私はそれを思いっきり開く。羽の端が隣の席の佐藤君に当たった。ごめんね佐藤君。


「な、なんか、良い香りがしねぇ?」


「本当だ。金木犀の香りがする」


 そう――ギャルと言えば謎の良い香り。

 その香りに男の子達はメロメロになる。

 でも香水着用は校則違反なので、私は金木犀の香り玉を妖精の羽の内側に仕込ませていた。

 ふっふっふ。この香りで紫崎君も私にメロメロなんですから。


「アンタは食虫植物か!?」


「ギャ~ルギャルギャル! 獲物が掛かれば全てよし! だよ。朱美ちゃん」


「ギャルを魔物か何かと勘違いしているな!?」


 朱美ちゃんはこう言っているけど香りで男の子を誘惑するのはギャル的に有りだと思っている。

 ほら、その証拠に紫崎君も香りに夢中――って咳ごんでる!?


「ごほっ! ごほっ! 香りに酔った」


「!!?」


 なんてこと!

 紫崎くんが苦しんでいる!?


「この羽の……この羽のせいで……っ!!」


「いや、アンタのせいだよ!」


「大丈夫!? 紫崎君! すぐに私が何とかするからね!」


 私は羽の内側に仕込ませていた金木犀の香り玉を付け爪ではぎ取った。

 そのまま佐藤君の口の中に香り玉を押し込む。ほんとごめんね佐藤君。

 香り玉の処分を完了すると、私は再び妖精の羽を装備し、私は机の上に起立した。


「でやぁぁっ!」


 机の上でステップを踏み妖精の羽を大きく羽ばたかせる。

 生じた気流の渦に香りが飲み込まれる。

 香り渦が私の頭上に集中して漂っていた。


「す、すごい! 美しいステップから放たれる空気の渦が空間の香りの全てを集約させている」


「ふっ、ギャルなら……これくらい出来て当然です!」


「「「(アンタ以外できない所業だよ)」」」


「佐藤君! 窓を全開まで空けて!」


「ふ、ふがふがっ!」


 香り玉を口内に転がしながら佐藤君が私の指示に忠実に従ってくれる。良い人過ぎない彼?


「空間から消滅せよ! 穿て! ギャル玉!」


 香りを集めた空気の渦を妖精の羽で思いっきり叩き打ち放つ。

 私の放ったギャル玉は佐藤君が空けてくれた窓の外へと飛び出し、そのまま空気に溶けて霧散した。


「あ、ありがとう。ギャルって――ううん、黒峰さんって凄いんだね!」


「し、紫崎君に褒められた! 嗚呼……ギャルをやってよかった」


 今までの私だったらここまで紫崎君に近づくことなんてできなかった。

 でもギャルになったことで不思議なパワーが私の中で渦巻いている。

 今なら何でもできる気がした。

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