第二章 特別棟の花子さん

特別棟一階の女子トイレ

 

「此処、此処」

と春香が特別棟一階の女子トイレを指差した。


「此処の一番奥に、トイレの花子さんが閉じ込められてるんだって。


 ときどき、ドンドンッ!


 って、中から戸を叩く音がするそうよ」

と浮かれた声で春香は言う。


 どの辺が面白いポイントなのか、明路にはわからなかったが、まあ、みんな楽しそうだからいっか、と思っていた。


 春香、文枝、聡子に続いて、由佳が入り、明路が入る。


「あー、一番奥、閉まってるね~」


 そう文枝が言った。


 使っていないトイレのドアは大抵開いているのだが、そこは人気もないのに閉まっていた。


 鍵はかかっていないようだし。

 誰かが中に入っているような音も気配もしない。


 そのとき、明路の側に居た由佳が動いた。


 ただ見て話しているだけの春香たちの前を通り、その個室の前に行く。


「あ、由香っ」

と聡子が止めようと手を伸ばしたが、その瞬間にはもう、由佳はドアを開けていた。


 だが、中は和式のトイレがあるだけだ。


 ノブに手をかけたまま、

「……誰も居ないじゃん」

と言った由佳に、春香たちが一斉に文句を言った。


「えーっ」

「ちょっともうっ!」

「由佳~っ」


 えっ、なに? と由佳は彼女らを振り返る。


「なんですぐ開けちゃうのようっ。

 閉まったままで、もうちょっとロマンを味わいたかったのにっ」

と言う春香に由佳は、いや、そんなこと言われても……という顔をする。


「どっちにしても、居ないもんは居ないのー」

 はいはい、帰った帰った、と由佳は彼女たちの背を押した。


「昼休みはもう終わりだよ」

「そうだけどさあ」


「先行ってて。

 私はついでにトイレに行って戻るから」


「ええっ!?

 此処でっ!?」


「ただのトイレじゃん。

 何も居ないよ。


 私は此処で、一人静かに用を足したいのっ。

 ほら、明路も」


 ぽん、と軽く明路の背を押してくる。


 押されるまま、出ていきながら、振り返り見たが、


「遅れるよ」

と由佳は明路の耳元で囁くように言って、笑う。


 手まで振られてしまった明路は、仕方なくそこを後にした。



 振り返り振り返り行ってしまう明路を見送ったあとで、由佳はトイレに戻った。


 彼女たちに宣言した通り、一番奥の個室に入る。


 ドアが開いたままのそこには何も居なかった。


 戸を閉めたあと、壁に背を預ける。


 由佳は真っ白いドアを見つめ、誰も居ない空間に向かって言った。


「なにドアなんか叩いちゃってんの?

 往生際悪いよ、お前」


 そうして、明路たちには決して見せない顔で笑う。


『……殺すぞ』


 低い子どもの声が、すぐ近くからして、個室内に響いた。


「やれば?

 今のお前にそんな力なんてないと思うけどね。


 こっちを呪ってきても、別の誰かに跳ね返るだけさ」


 舌打ちするような音のあと、

『あやつらを此処に戻せ』

と言う。


「やだね」


 ひんやりとしたトイレの壁に寄りかかったまま、由佳は目を閉じる。


『お前は間違っている。

 こんなこと、いつまでも続くものか』


「続けてみせるさ。


 未来永劫……

 いや、明路の人生が無事に終わるまで――」


 何もない空間を見据え、由佳はそう言った。





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