習い事をするならスイミングがいいと思う理由
楠 結衣
第1話
高校1年生、春。
それは、恋の季節──
辛かった高校受験も終わり、期待と不安で胸をワクワクさせて迎えた高校の入学式。
私は、ある男の子に恋をしました。
学年で人気の男の子。とびきり格好いい訳ではないけれど、圧倒的に面白くて、彼の周りだけキラキラしたオーラが飛んでいました。
私の恋は片思い。
隣のクラスだったのと、幸運にも選択科目が同じ音楽。挨拶をしても不自然ではないような関係を生かして、出会えば挨拶するように。
音楽の授業でわかったのは、彼はめちゃくちゃ歌がうまいこと。音楽のテストで歌う時も、彼の順番は推しのライブに来た気持ちで心の中で『こっちみて!』なうちわを振り回して、彼の歌を聞きました。
下駄箱で、廊下で、とにかくなんでもすれ違う機会があれば挨拶をして、挨拶を返してもらうことに胸をキュンキュンさせる片想い。
片思いは突然に。
季節は、春から夏へ移ります。
体育の授業は、マット運動から水泳に。
好きな人が泳ぐなら、見てしまうだろ、ホトトギス
普通に見ますよね?
なんで山に登るのか?そこに山があるからだ!それくらいナチュラルに、好きな人が泳ぐなら、見るに決まっています。彼は運動が得意だったので、わくわくそわそわ楽しみに。
そして、私は見ました。
彼のクロールを……彼の息継ぎを……見ました。
すうぅぅ──
恋の醒める音を聞いたことがありますか?
私は初めて聞きました。
周りの景色から色が無くなって、音がしなくなって、ただ、すうぅぅ……という音が聞こえます。
夏、恋の終焉。
今思えば、彼のことは好きではなく憧れていたというのは分かります。本当に好きだったら、どんな彼も愛おしいと思えたかもしれない。ただ、高校生の私はこの瞬間で、あっ、無理……となっただけです。
片思いだったので、誰にも迷惑はかけることはなく、私の恋はひっそり終わりを告げました。
そう思っていたのです。
ところが終わっていなかった。
彼と人生が交わることはないまま、私は夫と出会い恋をして結婚、それから長男を出産。
少し大きくなってきた我が子にどんな習い事をさせるのか?
真っ先に思い浮かんだのは、あの彼の息継ぎのことでした。
選んだ習い事は──…
スイミングに通っている息子は、クロールもバタフライも、もちろん息継ぎも惚れ惚れするくらい綺麗に泳ぎます。
そんな息子のスイミング練習を見ながら思うことがひとつだけあるのです。
もし夫の息継ぎが溺れそうでも、恋の醒める音は聞こえないんだろうなあ──と。
おしまい
習い事をするならスイミングがいいと思う理由 楠 結衣 @Kusunoki0621
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