不倫発見スプレー

佐々井 サイジ

不倫発見スプレー

 私はついに不倫発見スプレーを手に入れた。予約したのは一年前、やっと届いた。七万円もする代物だけど効果はすごいらしい。使用者やパートナーなどのDNAを事前登録しておけば、吹きかけた物に不倫時のDNA反応がある場合ショッキングピンクに変化するらしい。ようやく夫を追い詰めることができる。


 夫の不倫を怪しんだのは二年前だった。定時に帰ってくることが多かった夫がいつの間にか残業することがやたら増えた。その時期を境にベッド内の行為もなくなった。「疲れてるから」と言うが、どんなに疲れてでも求めてきたのに。夫の後ろを通るとさりげなくスマホを見えないように隠すことで不倫を確信した。


 でも夫はぼろを出さず証拠が一向に出なかった。探偵を頼もうかと思ったが費用がかなりかかる。そんなときに不倫発見スプレーの存在を知った。七万円するが探偵に比べれば安いものだった。しかもこのスプレーの普及の影響で不倫の証拠が集まり、慰謝料を求める裁判が十年前の二十倍に膨れ上がっているらしい。


 これで不倫の証拠が出たら確実に慰謝料を得られる。だとしたら七万円なんて先行投資だ。さっそく私は帰宅した夫に「たばこの臭いがする」と適当にごまかしてスプレーを吹き付けた。夫の私物や部屋の隅々に至るまでスプレーをまき散らした。すると夫のシャツの袖がショッキングピンクに変わった。


「これどういうこと」

「なにが?」

「このスプレー吹きかけたらシャツの袖ショッキングピンクに変わったけど」

「え……」

「知ってるよね。最近話題だから」

「違う……。訳があるんだ」

「うるさい。離婚するから。慰謝料も請求するから覚悟しといて。あ、証拠のシャツは私が預かるから」


 思った以上に上手くいった。やっぱり物的証拠があると全然違うらしい。翌朝、私は密かに決めていたアパートに引っ越した。弁護士とも契約し、無事に慰謝料をもらい離婚することができた。私が離婚してから一年後に不倫発見スプレーを開発した会社のライバルが不倫発見防止スプレーを開発したらしい。


 調べてみると、事前にスプレーを吹きかけておけば不倫発見スプレーの効果が出ないようになるらしい。価格は十万円。高すぎる。でも飛ぶように売れているみたい。離婚した後のタイミングで良かった。これを使われていたら不倫の証拠がつかめないままだったかもしれない。


 でも、不倫発見防止スプレーが普及しても、裁判の数は微減したくらいで大差なかったらしい。ニュースを見ていると実際に不倫された人にインタビューしていて、最初に働いた直感からパートナーを追い詰めて認めさせたり、証拠を掴んだりする人が圧倒的に多かった。


 この結果が出たとき、不倫発見スプレーの売上はぴたりと止まった。不倫発見防止スプレーも同様に。そして需要のなくなった二社は不倫関連の商品を開発するもどれも鳴かず飛ばずでやがて倒産した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不倫発見スプレー 佐々井 サイジ @sasaisaiji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ