クラスのすみっこで、世界征服を企てる。

@Kel_GRAD

君と出会ったあの日

高校の同窓会の会場は、思っていたよりも平凡な感じだった。

かすかに見覚えのある男や女が、テーブルを囲んで会話をしている。全員、俺が高校の頃のクラスメイトだ。

ざっと見渡すだけでも10人程はいた。少なくともみんな笑顔で、楽しそうに会話を楽しんでいる。

その中の一人の女性に───俺は、自然と目が行った。

しっとりとした黒髪をおさげに纏めている、大人しそうな女性。

少し垂れ気味の眉毛が、優しげな雰囲気を感じさせる。

そんな彼女の指には………


が、はめられていた。


「っ………!」


それを見た途端、言い表せない感情で胸がいっぱいになる。思わず両の拳を握りしめてしまう。

俺は急激に、過去に戻りたい欲求に刈られた。できれば、彼女と………「相田六あいだ ムツ」と出会ったあの時へと。

しかし、少し考えて、結局それはダメだという結論に至る。なぜなら……


「………たしか俺、高校の時………」



「ものすごい中二病だったからなぁ……!」



俺は力なく呟いた。そうだ。俺は高校生の頃、重度の"中二病"だったのだ。思い出したら急にこっぱずかしくなってきた。

あぁ、あの時もっとちゃんとした学生でいたら……悔やまずにはいられない。

目を閉じて思い浮かべると……あの時の記憶が、ふわふわと蘇ってきた。


──────────────────


───ある日突然、おれに神からの啓示が舞い降りた。


それはまるで、天才科学者が、落下する赤い果実を見て閃くように。


それはまるで、歴史的な将軍が、戦局を打開する奇策を思いつくように。


単なる青虫小僧だったこのおれが、信じられないアイディアをビシャンと閃いたのだ。


「くくく……くふっ、ふふふ……ひひ…」


あまりの昂りに、つい口から忍び笑いが漏れてしまう。

おいおい、落ち着けおれ。いくら破壊的な発想が生まれたからって、浮かれすぎだぞ。


「あのー…ちょっといいかしら?金田カネダくん?」


なんだ。おれは今崇高なアイディアに浸っているのだ。邪魔をするな愚民め。


「私は今、ここの問題を答えてほしいって言ったんだけど………なんでそんな、急に魔王みたいに笑いだしたのかな…?先生、ちょっとこわいよ………」


丸メガネをかけた女教師が、心配そうな声色でそう伺ってきた。

ふと周りを見てみると───

クラスメイト愚民どもが、クスクスと小賢しく忍び笑いを作っているところだった。

なんだお前らは。まるで檻の中のチンパンジーを見るような目をしているではないか。嘲りと期待に満ちた、あの嫌らしい目。

仕方ないので、おれは何も理解していない先生に、思惑を説明してやることにした。


「すみませんね、先生。…今の笑いに特段意味はありません。ただ、少し…が混じってしまいまして。」


「じゃ、じゃき…?何の話かな…?今、数学の授業なんだけど…邪気って言葉が出るのは、国語の授業とかだと思うな…」


「おっと、これ以上詮索するのは止めた方がいいですよ。何が起こったとしても、安全の保証はできませんからね…ククッ…」


「え、えぇ~…自分から言い出したのに……もういいから席に座ってて…」


女教師は恐れをなしたのか、おれを窘めた。おれはひとまず従って、席にストンと腰を下ろす。

やれやれ…危うい所だった。もしもこの笑いを不審に思って、おれの"野望"に勘づいてしまう者が現れたらどうするのだ。


(まぁもしもそんな奴がいたら…真っ先に闇に葬るがな。ククク…さて、"野望"の続きを考えるか…)


「な、なんかまだニヤニヤ笑ってる…先生、金田くんの事が分からないよ~…」


─────────────────────


結局のところ、この世を支配するのは頭脳だ。

授業中にぼんやりと外を眺めていた時、おれはその真理に気がついた。

まだ高校一年生なのにそんな事気がつくなんて、おれにはやはり天才としての資質があるようだ。

ここでいう頭脳とはあの難解な数学やら英語やらではない。

「アイハバ、ペン。」なんて事を喋れたところで、大した意味は無いのだ。

最終的に、この世の支配者となるのは…


「おれのように、社会を変える革新的な発想を持つ者、ってわけだな…」


顎に手を当て、ぽつりと呟いた。

我ながらちょっとカッコいいと思った。

すると、隣の席に座っていた茶髪の女生徒が……おれを指さして、きゃぴきゃぴと騒ぎ始めたではないか。


「みんな、金田くんがまたなんか変なこと言ってるよ~。」


「金田、お前いっつもそんな感じだよな…そういうのって中学辺りで卒業するもんだと思ってたけど。」


彩子アヤコちゃん困ってるじゃん。ウケる……」


野良犬のような下品な笑みを浮かべつつ、男子生徒も一緒になって笑いだした。

なっ、何を言うか無礼者!おれを馬鹿にするとは、よっぽど処刑されたいようだな!

おい、衛兵!あいつをここで処刑しろ!

おれがそう命令すると、近くに立っていた軍服を着た兵士が、男子生徒どもを撃ち殺していった。

………妄想の、中で。


「ふん…お、おまえら、今は笑ってればいいさ…いずれ、しゃ……災厄が振りかかっても知らんからな。」


「だはははは!今噛んだぞ!こいつほんとおもしれ~っ!!」


どっと、笑い声の量が一気に増した。自分の耳が赤くなっていくのを感じる。

行き場の無い怒りが、おれの腹の釜の中でぐつぐつと煮えたぎった。


(おのれ……どうにかして、こいつらにおれの真価を教えてはやれないものか…ん?あれは……)


おれはクラスの隅っこに目を向けた。

一番後ろの席の、いちばん端っこの席。そこに……丸メガネをかけて、じっと文庫の本を読む女が一人いた。おれは、なんとなくそいつを眺め続ける。

すると、さっきの茶髪女がその丸メガネの席に近づいていく。そして……

そいつが読んでいた本を、奪い取った。


「うわっ、ムツの奴…ま~たオタクみたいな本読んでる~。」


ムツと呼ばれた丸メガネは、一瞬何が起こったのか分からないといった顔をした直後、分かりやすくあたふたとしはじめた。


「わっ!?……か、かえ、かえしてよっ………!」


「やだ~♪……うわぁ、結構過激な内容じゃん……こんな気持ち悪いの学校に持ってくんなよな~。」


本の中身を暴露された途端、ムツの顔は燃えたように赤くなる。恐らくは、見られたくないような本だったのだろう。

それを見てたら、なぜだか………むかむかと、怒りがこみ上げてきたではないか。

さっき生徒達にバカにされていた事を思い出す。あの時とされてることは同じだろう。他人の好きなものに…自分の偏見を振りかざし、叩き壊す。忌々しい奴らめ。

いじめっこといじめられっこの二人を見て、ただイライラとしていたおれだったが…

なんと、またもや。

神から授かりし、悪魔的アイデアが。再び舞い降りてしまったのだ。

思いついたが好機。おれは席から立ち上がり、あいつらの元へと優雅に歩み寄る………

そして。


茶髪の女の手から………本を、奪いとってみせた。


「えっ……!?……か、金田…?なにすんの…?」


目をぱちくりと瞬かせ、彼女はおれを凝視する。

その間抜け面に向かって…おれは、こう言ってやった。


「…よ、弱い者を傷つけることしかできないというのか………愚かしいなぁ、人間というものは。」


周りの空気が、しんと凍りついた。


(………きききき、キマったぁ~!!!)


そして一方おれは、心の中で思わずガッツポーズを決めていた。あまりに上手く行きすぎてしまったので、自分でもちょっと引くくらいテンションが上がりまくったのだ。

噛まずにセリフが言えるだけでこんなにも嬉しいなんて。

いやあ、我ながら良い決断だった。これで愚民どもも、おれの事を少しは見直したはず………


「…なんか興が冷めちゃった。もういいや。」


茶葉はおれに冷たい視線をよこして、そのまま去っていってしまった。

凍りついた空気も、愚民どもの騒がしいおしゃべりによって徐々に温度を取り戻していく。

……なんだよ。せっかくおれの支配者たる威厳を見せてやったというのに、なんだかリアクションが薄いではないか。

昂っていたおれの精神も、しんなりと落ち着きを取り戻してしまった。

と、その時…背中に、豆粒ほどに丸められた紙がこつんとぶつかってきた。

振り向いてみるとそこにいたのは…

どういうわけか、さっきまでいじめられていたあの丸メガネの女だった。

確か、ムツといったか。


「……あの…金田くん…だったよね?さっきのこと、なんだけどさ……」


ムツはたどたどしく、一つ一つ言葉を確認するようにそう言った。

あぁそうか。さっきのおれの勇敢なる行動に、感謝を述べたいのだな?

まったく、勝手に人望が集まるのも困ったものだ……

ところが、ムツの次の言葉は───おれの予想を、真っ向から裏切るものだった。


「じ、実は私も………あなたと同じなの。」


「…同じ?何がだ?」


「私はね………」



「実は、かつて世界を支配した……魔王サタンの娘なんだよ……!」



………

え?

おれは一瞬、聞き間違えだと思った。

こんないかにも平凡そうな丸メガネ女から「魔王サタン」というワードが飛び出したのだから、そう思うのが自然だろう。

しかし、ムツはそれが聞き間違いではないという証拠を、さらに突きつけてくる。


「ほら、見てこのノート…さっきもね、サタン様の魔力を高めるための魔方陣を描いてたんだ…!」


そう言って、やつはおれに向かって、手に持っていたノートをがばっと広げた。

そこには数多の幾何学的な紋様や、呪文らしきものが描いてあって…それは確かに、「魔道書」と言ってもいいくらいの圧倒的な禍々しさを放っていた。

……なるほど……そうか、分かったぞ。

この女さては───おれと同じ、支配者の器を持つ者なのだ!きっとおれのように影からこのクラスを支配しようと企んでいるんだな!

おれは驚嘆した。そして今までに感じた事のない、不思議な気持ちになった。

ライバルが現れたので潰さねばならぬという敵がい心。しかし同時に、自分と同じ境遇の者を見つけたという嬉しさ。

真逆の感情が同時になだれ込んできて、おれはいったいどちらを処理すればいいのか困ってしまった。


「……あの……だからその、ちょっとだけお願いがあるんだけど……私と、になってくれないかな…?だめ…?」


もじもじと頬を赤らめつつ、ムツは続けてそう言った。

なるほど。このクラスには敵が多い。だからこそ、裏の人間どうしで協定を結ぼうというわけか。

他の人間との共存。それは本来ならおれにとってはあり得なかった事。しかし今、こうして目の前で起きている。

おれは心の昂りに身を任せて……協定を、結ぶ事にした。


「ふん、サタンの娘とやら……せいぜいおれを楽しませてみろよ?貴様の魔術というものにも、興味があるぞ……」


「っ!いいの!?ありがとう!」


おれが承諾したとたんに、ムツは無邪気な子供のような笑顔を浮かべた。まったく、感情を面に出しすぎだバカめ。

……まぁ、おれもちょっとだけ、嬉しくなってたけど……

っていやいや。嬉しくなんかない。これはあくまで、戦略のための協力。ただ、お互いの利害が一致しただけだ。


「それじゃさっそく、私の魔道書見てもらってもいい?ね、いいでしょ!」


「お、落ち着けムツよ………ゆっくり見てやるから。どれどれ…」


そうしておれは……休み時間が終わるまで、ムツの机で開かれたノートを眺めて過ごした。

ムツはノートに描かれた奇怪な模様を指差しつつ、楽しそうにそれが何かについて解説していた。

今までに過ごした事のない、不思議な時間だった。

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