終末、そして永遠の螺旋
枚岡孝幸
終末、そして永遠の螺旋
西暦二八四二年。
人類は滅びようとしていた。
否、人類のみではない。生命すべてが地球上から消えていく。
何故、こうなったのか。
男は空を仰ぎ見、ため息をついた。
◇
人類は時に停滞し、争いながらもここまで進化してきた。
科学は発展し、様々な不可能と思われてきたことも実現させた。
永久機関も熱力学上で不可能とは証明されていたものの、実現できる目処が立った。
量子力学の発見を組み合わせ、宇宙そのものからエネルギーを引っ張ってくる理論が実現段階まで到達した。
本当の意味での永久ではないが、手を加えなくても止まらないという意味では永久だ。
これで人類が争う理由の一つが減り、平和にまた近付くことであったのだろう。
あったのだろう、と未然形なのはもう先がないからだ。
人類は誤った。
疫病を世の中から無くす、これは二十九世紀においても悲願であった。
そして実現はした。
全ての生命を彼岸に送る形となってしまったが。
医学、遺伝子工学と量子力学、ナノテクノロジー。
それに限らず各分野の天才と専門家が集められて『アスクレピオス計画』は展開された。
ギリシャ神話における医学の神の名を冠した、世の中の疫病を無くす計画。
名前からして不吉であったのだ。
病気を無くそうとしてゼウスとハデスに謀殺されたアスクレピオスの悲願を叶えるつもりであったのであろうか。
それとも人類の叡智を過信した結果であろうか。
しかし、破滅の手を下したのは神々ではなかった。
普通に考えれば起こり得ないことが起きた。
結果だけ述べると、ウイルスのDNAとRNAのみを狙うはずであったアルゴリズムが暴走した。
計画の最終段階で、だ。
研究室にて幾重もの実験が行われた。
小規模な環境においてのウイルスのみを消す実験。
人工的に作った環境に様々な動植物を入れて実験は進んだ。
危険視する声も当然あった。
しかし、病気を無くすという人類の悲願ともいえる計画に反対する声はかき消された。
実験の成功が報されるたびに人々はその研究を希望として受け入れた。
最終稼働試験段階において、アルゴリズムは全てのDNAとRNAを狙うように変異した。
人類は生命を根絶やしにするウイルスを生み出したのだ。
もちろん、その安全策が取られていなかったわけではない。
都市程度の小規模なレベルであれば世界各国で成功していたのだ。
計画の最終段階においてアルゴリズムを噴射するユニットと呼ばれる機械を稼働させた後。
稼働したユニットはアルゴリズム――最早、『絶滅ウイルス』となったものを際限なくばら撒いた。
この最終稼働試験において問題がなかったら搭載されるはずであった、量子テレポートシステムや自己増殖の性質までを持ったまま。
何が原因かは今となってはわからないが、『絶滅ウイルス』が地球上の生命のおそらく全てに感染したであろうことはユニットのデータから読み取れた。
つまりはもう手遅れだ。
身体から遺伝子情報が無くなるということは致命的だ。
新陳代謝が行えずに生物は死ぬ。
たとえ生物最強と言われているクマムシですら遺伝子がなければ生き延びられても絶滅するしかないだろう。
地球上の生命という奇跡は人類の手で呆気なく壊された。
人類に限定すれば三ヶ月もしないうちに全滅するであろう。
ロボットは進化したが、義体としての役割を果たせなかった。
機械に記憶を移して永遠の命を得るいうことは夢物語であったのだ。
◇
男は『アスクレピオス計画』に関わっていた。
生物が滅びていく理由を理解している人間の一人だ。
多くの人間は突如襲われる体調不良に困惑するであろう。
おそらく最初に襲うのは嘔吐と下痢だ。
出血も混じりだす。
そのまま意識を失えたものは幸福であろう。
延命措置は可能だが間違いなく地獄を見る。
皮膚が再生しなくなるから神経を直接刺激する痛みに苛まれる。
あれから一日経ったが吐き気が強い。
もう男の胃は空っぽだ。
残された時間はそうない。
なんとか動けるのも持って残り三日程度だろう。
男に治療を受ける気はなかった。
その前にやりたいことがあった。
男が『アスクレピオス計画』に参加する前に研究を続けていた『永久機関』は形となった。
男が作り上げたのはデータサーバだ。
一辺が20cmほどの立方体。
この中にデータとして様々なものを可能な限り詰め込んだ。
当然遺伝情報なども詰め込んだ。
こんなことをして何か意味があるのだろうか。
男は自問自答をしたが、やめた。
意味があるかないかではないのだ。
全てが無駄ではなかったと思いたい、そんな願いなのだ。
男は二日ほどで全てのデータを整理し終わった。
20cmの銀色をした立方体だけでは何なのかわからないであろう。
男はあらゆる言語で『人類が残したもの』という言葉をその立方体に書き込んだ。
その後、起動をさせ正常に稼働することを確認した。
そして椅子に座って一息ついた。
もう身体の至る所が痛い。
最後に音楽が聞きたい、と思った。
スピーカーも『永久機関』の一部だ。
永久に動くために恒常性さえ持たせた。
つまり勝手に修復する。
流石に六十億年後の太陽の死の時は持たないだろうが、地球上の災害程度なら耐えうるようこの部屋は組み上げてある。
男は「パッヘルベルのカノン」を再生した。
若い頃より作業の時は常にこれを流していた。
永久ループバージョンだ。
この曲は緻密に計算されている。
音からもその美しさを感じられる。
旋律を後から別の旋律が追いかけ、幾重もの音の螺旋を作る。
単純ながらも心を打つ。
どうせ生命というものをデータとしてしか残せないならば。
それが奏でた音だけでもこの世に残ればいい。
男はそう願いつつ目を閉じた。
永遠に。
(おわり)
終末、そして永遠の螺旋 枚岡孝幸 @hiraoka_taka
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