第7話自由の意味

 リオは残留思念? と首を傾げるが、アランは神を名乗る者と聞いて、叫びたい衝動に駆られていた。

 唯でさえリオの件で頭を悩ませているのに、その悩みの元凶が居り、尚且つこれまで可愛がっていた孫がそうだったのだと知ったのだ。


 全て聞かなかった事にして、忙しくもあるが平和な頃に戻りたいと、アランは現実逃避を始めた。


「残留思念ってのは?」

「貴方に殺された時に私は二つに分かれたのです。片方は私。もう片方はあの場に残りました」

「まてまてまて、えっ? 本当にそうなのか? 噓じゃないだろうな?」

 

 アランは突然のフィロソフィアの告白に我を忘れそうになりながらも口を挟む。

「ええ、本当ですわ。まあ、多少の記憶と力を受け継いでる位ですので、あくまでも私は私であり。フィロソフィア・フラウ・サフォークですわ」

 

 悪戯が成功した子供の様に、フィロソフィアは微笑んでリオの方を向いた。


「つまり、お前はあの頃とは違うと言うのか?」

「ええ。あんな野蛮な者とは同じにしないで下さい。それと、私の事はフィロと呼んで下さいませ」

「黒い扉を呼び出したのはお前か?」

「呼び出したのは私ですが、昔のとは違い安全には考慮いたしましたわ。向こうに居る片割れを引き込まない様にするのに、思った以上に時間が掛かってしまいました」

 

 アランはその一言を聞いて、徐々に顔を青くさせながら口を開く。

 

「つまり、なんだ。此度の件はソフィアが仕組んだと言う事かの?」

「有り体に言えばそうなりますわね。昨日は噓を吐く様な事を言ってしまいごめんなさい」


 頭を下げてフィロソフィアは謝るが、アランとすれば可愛い孫が何時の間にか偽物に代わってしまっていたような心情である。

 だが、確かに目の前に居るフィロソフィアはアランにとって可愛い孫であり、偶に訪れては労ってくれる存在であった。

 

「ソフィアはソフィアである。今はそう言うことで納得しておくとする。何か悪い事をするつもりではないのであろう?」

「ええ、今回はリオを向こう側から呼び戻す為に仕方なくですわ」

「もしも俺が呼び戻されなかった場合どうなっていたんだ?」

「恐らくあのまま朽ち果てて、私の片割れの糧となっていたでしょう」

 

 そんな事は無いと言いたかったが、現にリオはあの世界から出る方法を持っておらず、助かったのは事実である。

 それと共に何故助けたのかと疑問に思った。

 

「それが事実として、どうして俺を助けたんだ?」

「私が私で居る事が出来る。その感謝と、私の片割れが復活しないようにするためですわ」

「確かに助かった事には礼を言おう。お前はもうあの頃とは違う。そう言うことだな?」

「ええ。ただ、まさか若返っているとは思いませんでしたが、貴方はもう自由ですわよ」

 

 リオは「そうか」と答えて軽く目を閉じた。

 思えばこれまで戦う事しかしてこなかった。

 幼い頃に捨てられて、恩人に救われた。

 だが、恩人も殺されてしまい、そこからは常に戦いに身を置いていた。

 今更と思えば今更だが、確かに普通に生きたいとも思ったことは何度かあった。

 もう、あれから千年も経っているのだ。戦わなければならない相手も、自分を追って来る相手も居ないだろう。

 

 「自由。自由か」とリオは感慨に浸りながら呟やき、目を開いた。

 リオは憑き物が落ちた様に見える程、表情が柔らかくなっていた。

 

「二人の事は多少分かったが、此方としては国の害にならなければそれで良い」

 

 アランは締めるように言い放ち、年相応の顔を浮かべるリオを見る。


「今はアッシュの元で世間を学び、それからは自由に生きなさい。ソフィアもそれで良いな?」

「私は元々その気でしたわ御爺様。それと、リオは私が貰いますので宜しくお願いします」

 

 やっと問題が片付き、後はアッシュに丸投げしようとした瞬間にフィロソフィアの爆弾発言を聞いて、アランとリオは共に固まってしまった。


「ソフィアよ、それはどのような意味かな?」

「そのままの意味ですわ。私はリオと一生を添え遂げたいんですの」

「いや、どこの誰とも分からん奴に、公爵家の者を渡すわけにはいかん!」

 

 リオは急な展開に付いていけず、マジマジとアランとフィロソフィアを見る。

 どこの誰と言われても、確かに自分は孤児で親も知らなければ、何処で生まれたかすら分からない。


 リオが若干昔の事を考えながら現実逃避を始めた頃にやっと結論に至ったのか、アランとフィロソフィアの言い合いが終わり。そちらに耳を傾ける。

 

「つまり御爺様は、リオが公爵家に見合う程の何かがあれば良いと言いますのね?」

「儂は最低限と言ってるだけだ。せめて伯爵か侯爵位なければ話しにもならんわ!」

「私は別に身分など要りませんので、捨てても宜しいですのよ?」

「うっ。なら、せめて貴族としての格とそれに見合う程の手柄を立ててからだ。それからなら話を聞こう」

「そこら辺が落としどころですわね。リオもそれで宜しいですね?」


「と、言われてもな」

 

 困った様にリオはフィロソフィアを見る。

 青が少し入った銀髪に、全てを見透かす様な黒い瞳と整った顔。幼さが残りながらも、そこには美しさを感じる。

 多分だが歳は今の自分とそう変わらないのだろうが……

 

「あら? 私はまだ成長期ですのでまだまだこれからですのよ?」

「……すまん」

「儂の孫を下賤な目で見る事の意味が分かっているのだろうな?」


 アランに睨まれリオは目を反らすが、フィロソフィアのそれはあまりにも、平野であるのだ。

 

 歳を考えればまだ将来性はあるのかもしれないが、リオは居た堪れない気持ちになってしまう。

 

「話が逸れてしまったが、重要な話はこれで終いだ。すまないが二人を呼んで来てくれ」

 

 フィロソフィアは「はい」と答え、二人を呼びに執務室から出て行った。

 しばしの間、アランと二人になってしまうことに、リオは居心地の悪さを感じてしまう。


「先程までの話は全て他人には話さない様にしてくれ。それと、フィロソフィアとは出来れば仲良くしてくれると、儂としては助かる」

 

 アランは掻い摘んでフィロソフィアの事をリオに話した。

 幼い頃から神童や聖女の再来等と大人達に持て囃されて鬱屈とした幼少時代を過ごし、八歳の時に魔力を暴走させてからは、腫物を扱う様な接し方をされてきた。


 しかし全く気にせず、勉強をするか戦闘訓練ばかりをしてると聞いている。

 

「だから、付き合うのは抜きにして、仲良くしてくれるなら多少便宜を図ろう」

 

 そう締めくくり、リオが返事をしようとした所で扉をノックする音が聞こえ、一旦話を中断した。

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