第3話

「2人で一軒家を借りてなぁ。ルームシェア。いうんかな? 家賃を2人で割ったらええんよ」


 夏海の提案に風斗は顔を赤らめた。


「じゃあ、もう文通はしなくていいね……」


「あはは。手紙は日記みたいになっちょぉでねぇ。風斗くんがいいなら。ルームシェアをしながら続けたらええんよ」


 一軒家に住みながら手紙をやり取りするなんて聞いたことがない。

 

あたしね。風斗くんの手紙は全部、大事にしまってるんよ。ふふふ。時々読み返したりしてね」


 風斗は再び顔を赤らめた。


「僕も……」


 そういって手紙の束をクローゼットから出した。


「これ……。時々……読み返してる」


「うわぁ。全部あたしの手紙やねぇ」


 それは綺麗に収納されていた。


「宝物じゃってね。大事にしとぉ」


「あ、あたしもよ。風斗くんの手紙は宝物になっちょお」


 2人は顔を赤らめた。

 ケルベロスのサンタだけは、3つの顔を駆使して風斗に擦り寄ったり夏海の体に頭を擦りつけたりしていた。


「ガラス工芸の仕事をしちょってもね。よぉ、風斗くんのことを思い出すんよ。今頃、どげんしようかな? って」


「ぼ、僕も……」


「東京は可愛い女の子がたくさんいよーーしね。あたしなんか忘れちょるんじゃなかやろうかと思うてね」


「そ、そげんこつなか! なっちゃん以外の女の子に興味なんかなか!」


「……そ、そじゃったらええけど」


 2人は全身を赤らめた。

 もうその体温で部屋が暑くなるようなほど湯気を起こして。


「そしたや、サンタちゃんと一緒に住める一軒家をみつけんといかんねぇ」


 夏海はスマホで検索を始めた。


「場所は駅近よねぇ?」


 風斗は立ち上がる。


「な、なっちゃん……」


「んーー? ペットオーケーの一軒家ってなかなか難しいっちゃねぇ……」


「な、なっちゃん」


「んーー?」


「なっちゃん」


 3回目の呼びかけに、ようやく夏美は振り向いた。

 風斗と目が合うと優しい笑みを見せる。


「ふふふ。なんね? どげんしたと?」


 風斗は唾を飲み込んだ。それは沈黙の中に響く『ゴクリ』という音。

 サンタはその音に瞼を瞬かせる。





「なっちゃん……。僕と結婚して欲しか」





 夏海から笑顔が消えた。


「は!? ど、どげんしたと!?」


「ダ、ダメかな?」


「冗談いうもんじゃなか!」


「冗談じゃなか!! 僕は真剣やっど!」


「え……ええええ?」


「ぼ、僕は……。なっちゃんが好きじゃ」


「い、い、いきなりっちゃねぇ……………」


「一軒家に住むんなら、結婚した方がよか」


「じゃでって……。結婚は早なかと?」


「別に、早さなんか気にせん」


「じゃでって……。こういうんは、順番があるとよ」


「順番て?」


「つ、付き合って……。お互いのことをよくわかってからとかじゃなか?」


「僕はなっちゃんのことを誰よりもよぉ知っとる。なっちゃんも僕のことは、よぉ知っとるじゃろ?」


「そ、そりゃぁ……。幼馴染やし、よぉ知っとるよ」


「ほじゃったら、問題なか」


「じゃ、じゃでって……。早かぁああああ……」


「ダメか?」


「……………」


 夏海は全身を赤らめた。


「ダ、ダメやないけどぉ……」


「ほじゃったらオーケーか!?」


「う、うん……」


 風斗は両手を上げて飛び跳ねた。


「やった! やったーー!! サンターー! 僕はオーケーをもろうたぞーー!!」


『『『キャンキャン!!』』』


 その日は不動産を回って日が暮れた。

 特に手を繋いだり、お洒落な場所に行くことはなく。

 なによりサンタは3匹に分離しているので、散歩の延長だったのだ。


 そうして、2人は素敵な一軒家を見つけることができた。

 少し古いが、庭付きの落ち着く家である。

 あとは入居審査が通るのを待つだけ。


 夏海は明日帰る予定だった。


 昨日と同じように晩飯を食べて、風呂に入る。

 そして就寝時間がきた。


 夏海は、念のため新品の可愛い下着を買っていたことに安堵する。

 まさか、婚約するとは思わなかったものの、こういう展開を想像しなかったわけではないのだ。

 若い男女が同じ部屋で一夜を過ごす。

 こういう展開がないわけがないのである。


 にもかかわらず。

 お風呂から上がると、ベッドの横には風斗が寝る用のシーツが敷かれていた。


「あ、今日も、ベッドを使ってくれたらいいからさ」


 風斗らしい気遣いである。

 彼女はそんなことがよくわかっていたから、


「ふ、夫婦なら……。同じベッドで寝ても問題はなかよ」


 といった。


「せ、狭くない?」


「そういう問題じゃなか」


「い、嫌ならいいけど……」


「い、嫌じゃなか」


 風斗は彼女が寝ているベッドに入った。

 シングルベッドなので、2人も入ればきゅうきゅうである。


「い、一緒に寝るなんて小学生以来やね……」


 風斗の言葉に、夏海はコクンと頷くだけ。


 緊張する2人。

 沈黙を破ったのは彼女の言葉だった。


「東京に来るんにね。新しい下着を買ったとよ。可愛いやつやけん。風斗くんが気にいってくれたらいいなって……」


「な、なっちゃん!」


 こうして、2人は初夜を迎えたのだった。




 翌日。

 夏海はサンタと別れを惜しんだ。


「サンタちゃん、しばらくの辛抱やけんね。一緒に住みよったらいっぱい散歩するけんねぇ」


 サンタは夏海の頬を舐める。


『『『キャンキャン!』』』


「うわはーー! てぇてぇ。てぇてぇよぉおお〜〜。サンタちゃんモフモフゥ。可愛かぁあ〜〜」


 彼女は3つ首を同じように撫でた。


 2人は空港に向かった。

 道中は恋人らしく手を繋ぐ。


「風斗くんの親御さんにも挨拶せんといかんねぇ」


 といって思い出した。


「そ、そういえばお母さんは元勇者やったんやね?」


「あ、うん。引退して製紙会社に勤めてるんだ」


 経緯がよくわからない。

 深入りして聞いてもいいことなのだろうか?

 と、夏海は眉を寄せた。


 そんな彼女に風斗は追い討ちをかける。


「父さんは昔、錬金術師だったんだ」


 元勇者と元錬金術師が結婚して、風斗が生まれた。

 飼っているペットはケルベロス。

 

 風斗には謎が多い。

 しかし、夏海が彼に抱く愛情は本物だった。


「風斗くんとは話しが尽きんとよ」


 こうして、夏海は帰って行った。


 2ヶ月後。

 風斗は引っ越しが済んだ新しい家から夏海に手紙を出していた。


『拝啓。なっちゃん、お元気ですか?』


 そして、最後にはサンタのことが書かれていた。


、大きくなったかもしれません。写真を同封しますが、相変わらずです(笑)』


 風斗の横には大きな黒いモヤがかかっていた。

 それは風斗ほどの背丈があって、明らかに大きくなったサンタだった。


 夏海はそれを見るといてもたってもいられない。

 最速で職場の移動届けを済ませる。


「大きいモフモフーーーー!! サンタちゃん、待っとりぃよぉおおおおおお!!」


 大きなモフモフに顔を埋めるのは彼女の夢である。

 もうすぐ、その願望が叶おうとしているのだ。


 空港に向かう足は速さを増した。

 キャリーバッグには婚姻届とお土産のドッグフードをたくさん入れて。



おしまい。



──

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拝啓。ケルベロスを飼うことになりました 神伊 咲児 @hukudahappy

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