第2話

 ケルベロスは真っ黒い毛並みだった。

 その顔は3つ首で、見た目はポメラニアンのように愛らしい。その背丈は膝ほどだろうか。生まれて数ヶ月の子犬といった感じだ。毛並みはフワッフワでボリューミー。黒く丸っこい瞳を潤ませて、夏海のことを興味深く見つめていた。


 この人誰? 初めて見たよ?

 とでもいわんが如く、その愛らしい視線は夏海にロックオンされていた。夏美がニコニコと笑顔を見せると、


 うわぁ、友達だぁ〜〜。

 とでもいっているように前足を乗っけて来た。それはもう小さな肉級のついた前足である。


『『『キャンキャン!』』』


 鳴き声は3匹分。


 人間が大好きなのだろう。家に入る客人を出迎えるようにキャンキャンと吠えて飛び跳ねた。その尻尾は目にも見えない速さで左右に振れている。


「くふはぁーー! ガチで可愛いかぁ〜〜」


「ふふふ。サンタ。夏海ちゃんだぞ」


「とりあえず犬用のガムとドッグフードをお土産に買って来たっちゃよ。こんなんで喜んでくれんやろか?」


「あはは。餌は犬用で良いからね。ガムも喜んでくれるよ」


 サンタは夏海の行動に興味津々。

 匂いを嗅いだりペロペロ舐めたり。


「それ!」


 小さなボールを投げるとキャンキャンと鳴きながら取りに行く。ボールを咥えて持って来ると褒めて欲しそうに尻尾を振った。

 夏美はそんなサンタを抱きしめる。


「サンタちゃん可愛いかぁ〜〜」


 彼女が頬擦りすると、サンタはその顔をペロペロと舐めた。


 サンタはよくこける。

 3つ首は歩く時のバランスが難しいのだろう。ポテ、ボテ、と転んではキャンキャン吠えて嬉しそうである。

 夏海はそんなサンタの仕草に体を熱らせた。


「くはぁーーーー!」


 伝統を愛する夏海も、やはり最近の若者である。「てぇてぇ」といいながらスマホで写真を撮った。しかし、


「あれ? 映らんとよ」


 サンタの箇所だけ黒いモヤが掛かったようになっていた。


「ああ、残念だけど写真は無理なんだ。ケルベロスは撮影ができないみたいだよ」


「はぁ〜〜。こげん可愛いかのに本質は魔獣っちゃねぇ」


 ふと、疑問に思う。


「そういえば、ここってマンションよねぇ? よぉ、ペットの許可がおりたっちゃねぇ?」


「犬猫は1匹までは飼うことが許可されているんだ」


「1匹……。まぁ、胴体は1匹じゃもんね」


「散歩行く?」


「外に出してもよかと!?」


「ふふふ。サンタ。別れろ!」


 3つの顔は同時に鳴いた。


『『『 ワン!! 』』』


 すると、瞬時にして3匹の黒い子犬に分離した。


「ふはぁああああ!! すごかぁああ!!」


「一応、魔力を使っているみたいでね。ずっとは疲れるみたいなんだ。だから、散歩中だけね」


「じゃけん、これじゃったら他の子犬と見分けがつかんとよ! 真っ黒いポメラニアンっちゃね!」


「うん。なんとか騒がれずに済んでる」


「サンタちゃん。すごかぁ。可愛いうえに優秀っちゃねーー」


 風斗たちは散歩に出かけた。


「サンタちゃんは大きくはなれんとね?」


「使える能力は分離までだね。成長したら他にも使えるようになるかもだけどね」


「ふーーん」


「大きい犬が好きなの?」


「大きいモフモフに憧れよんよ。ふふふ。子供が大きい犬の背中に乗っとるアニメとかあっやろ?」


「ああ、可愛いね。大きいモフモフ」


「もちろん、小っちゃい子犬も好きっちゃけどね」

 

 夏海に対しては街案内も兼ねている。

 途中、公園に寄ったり、コンビニに寄ったりした。


 そして帰宅する。


「サンタ。合体だ」


『『『 ワン!! 』』』


 今度は1つの胴体にくっつく。


「ふはぁーー。合体する姿もてぇてぇよぉ〜〜」


 夕食は近くのスーパーで食材を買って、夏海が作ることになった。

 サンタはササミが好きなので、それを茹でてあげると喜んで食べた。


 夏海は料理が得意である。

 風斗は3杯もご飯をお代わりした。


 夕食を食べ終わると夏海がお風呂に入ることになった。


「……覗かんでよ」


 その目は揶揄うような視線。


「バレないように努力します」


「ちょ! そういう問題じゃなか!」


「ははは。最悪は通報する準備をしといてよ」


「んもぉ」


 夏海がシャワーを浴びると、その音が部屋に響く。

 女の子が自分の部屋でシャワーを浴びるなんて初めてである。


 それに、夏海は相変わらず美人だった。

 空港に迎えに行った時も、サンタを散歩させている時も、周囲の男は夏海を見つめていた。

 彼女ならば、新宿なんかを歩けばスカウトされるのではないだろうか?

 風斗はそんなことを思いながら、夏海の裸を想像して顔を赤らめた。

 

 お風呂が終わると、寝る時間である。


 夏海はベッド。風斗は床にシーツを敷いて寝ることになった。


「ベッド。悪いっちゃね」


「いいって」


 布団に入ってからも、2人は故郷の話が止まらなかった。

 話題は高校の同級生の話になる。


「ケンちゃんとユリペーが結婚するとよ」


「ええ……。まだ22歳だよね?」


「ユリペーができちゃったっとよ」


 そういってお腹の前で円を描く。


「ははは。まぁ、仲のいい2人だったからね」


「みんな大人になるっちゃね」


「ああ……」


 少し沈黙になる。


「ねぇ」


 と、切り出したのは夏海だった。


「風斗くんは彼女を作らんと?」


 こんなことを聞いてくるのは初めてのことである。

 なにせ、風斗は奥手なので、そういったことにはとんと縁がないのだ。


 しかし、そのまま流されるほどの心の広さはない。

 くだらないプライドが邪魔をした。


「な、なっちゃんはどうっちゃね? む、昔からモ、モテよーーよ」


 いつしか方言に戻っていた。


あたしは……」


「好いとーー人おらんと?」


「おるっちゃ……。おるけど……」


「お、おるっちゃね!? 誰じゃ!?」


「秘密」


 風斗は汗を垂らす。


「風斗くんは?」


「ぼ、僕も秘密たい」


「ふーーん……」


 再び沈黙する。


あたしは……。男の人の部屋に泊まるのは初めてっちゃね」


「そ、そうやね……。僕も、女の子を止めるんは初めてよ」


「は、初めて同士やね」


「う、うん」


 そのまま沈黙が続く。


 ケルベロスのサンタだけが、次はどっちが喋るのだろうと3つの首を振っていた。




 翌日。

 

 風斗の部屋に大家が来た。


「すいませんけどね。うちのマンションで買えるのは1匹までと決まっているんですよ。お宅のワンちゃんは3匹ですよね?」


 サンタを外に出す時は3匹に分離している。

 その姿を見られたのである。


「ルールは守ってもらわなければ、他の住民に示しがつきません。ワンちゃんを手放すか、最悪はマンションを引き渡していただくことになりますよ」


 風斗は頭を抱えた。


「うう。サンタは家族なんだ。絶対に別れたくないしぃ。かといって大家さんにケルベロスを見せたら卒倒するだろうしぃ」


『『『くぅん……』』』


 夏海も同じように悩んだ。


「引っ越すしか手はなさそうやなぁ」


「うう……。もう少し大きな賃貸となると、出費がなぁ……」


「じゃあ、一緒に住むと?」


「え?」


「実は、うちのガラス工芸館が東京の百貨店に出店しとるんよ。そこの専属の職人が欲しいらしぃてね。あたしが候補に上がっとるとよ」


「そ、そうなんだ……。で、一緒に住むとは?」


あたしもこっちに住もうかなって思ったっちゃね」


────

次回が最後です。

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