拝啓。ケルベロスを飼うことになりました

神伊 咲児

第1話

 拝啓。なっちゃん。お元気ですか?


 令和の時代に手紙なんて、なんだか古風だよね。


 でも、手書きの手紙って温かい感じがして好きです。君も同じように思っていてくれたら嬉しいな。


 僕は就職が決まりそうです。


 この就職難の時代にラッキーだったよ。


 母が勤めていた製紙会社の伝手で、コピー機を販売する会社の営業をすることになりました。

 どんな会社かはまだわからないけど、やり甲斐はありそう。

 働き始めたらまた手紙を送りますね。


 そっちはどうですか?

 なっちゃんは器用だから、ガラス工芸は上手くやっているんだろうなぁ。

 このまえもらったガラスコップは、大事に使わせてもらっているよ。

 綺麗な色彩でとても素敵です。

 なっちゃんの工芸が少し気になったので、ネットで検索したら驚いてしまった。これって結構、高いんだね。


 コップを見るたびに思い出すよ。


 村が懐かしいです。


 たくさんの木。流れる川。空にはトンビが飛んでいる。

 思い返すと帰りたくなります。


 1人暮らしを初めてもう半年。

 都会にはまだ慣れません。


 そういえば、ケルベロスを買うことになりました。

 3つ首の魔獣。伝説に出てくる犬のモンスターですね。

 母が送ってきたのです。


 昔、母が勇者をしていたそうで、その名残だそうです。

 魔獣を都会に送ってくるのは母親らしいですよね。


 モフモフで可愛いです。

 写真を撮ったのですが、残念な感じになってしまいました。

 どうやら、魔獣は写真に映らないらしい。

 ボヤけていて、モザイクがかかったみたいになっちゃいました。

 一応、同封したのですが、撮影した努力だけは認めてください(笑)


 3つ首なので『サンタ』って名前にしました。


 でもメスです(笑)


 まだ、寒い日が続きますが、暖かくして風邪などひかぬように気をつけてくださいね。


 風斗より。




 夏海は風斗の手紙を読んだ。


「はぁ? ケルベロスゥ? どういうことっちゃね?」


 彼女は写真を凝視した。

 そこには風斗の隣りにモザイクがかかった何かが映っていた。


 手紙を何度も読み返すも、謎は深まるばかり。


「風斗くんのお母さん……。勇者じゃったの?? 勇者って……ゲームに登場するあれよね?? 令和の時代に実在するん?」


 そして、スマホを握りしめた。


「聞きたかぁ……」


 携帯のメール機能を使って今すぐにでも確認したかった。


 しかし、彼とは手紙縛りをしているのだ。

 互いに、古風を是とする価値観が仇になった。

 ここに来て、この約束がここまで足枷になるとは思いもよらなかったのである。

 

 夏海はガラス工芸の仕事をしていた。

 熱したガラスに息を吹き込んで、膨らまして形を作るのである。

 それは色鮮やかな代物で、薩摩切子といえば有名な高級ガラス工芸品だろう。


 そういった文化を愛する気持ちが風斗の手紙を受け入れたのである。


 しかし、あの手紙を読んでからは失敗ばかりだった。

 時には、ガラスに息を吹き込み過ぎて破裂させてしまうこともあった。


 ああ、ケルベロスが気になって仕事に集中できんとよ。

 3つ首の犬って、どげん犬??


 彼女は混乱した。

 テレビやネットでも、魔獣はおろか、ケルベロスなんて情報は1つも出てこない。

 そもそも、ネットに勇者の情報が載っていないのである。


 勇者や魔獣はゲームの世界。

 それが世の中の現実だ。


 風斗が嘘をついている可能性はあった。

 しかし、彼はそんな器用な人間ではない。

 この手紙に書いてある自然な感じは、完全にガチである。

 小学生の時から幼馴染だった夏海にとって、風斗が真面目で嘘をいわない性格なのはよくわかっているのだ。


 さて、そうなると、彼の手紙の真実性が増してしまう。


 早坂 夏海は決心した。


 彼に会いに行こう。


 22歳。

 春。

 東京に行くことを決心したのだった。




 風斗は夏海の手紙を開封して震えていた。

 その最後には『会いに行きます』と書かれていたのだ。


 彼女とはプラトニックな関係である。


 夏海は美人でモテるのだが、一向に彼氏を作る気配がなかった。

 風斗とは、なんだかんだと今の関係が続いている。


 こっちに来るということは、当然宿泊をするわけで。

 親しい幼馴染がやって来て、ビジネスホテルに泊まらせるわけにはいかず。

 かといって、ワンルームマンションで夜を過ごすのは、若い男女にとって許されることなのだろうか?

 という疑念が渦巻いた。


 風斗はスマホを持って震えた。


 彼女に電話をするのが緊張するのである。


 というか、人と話すのが苦手なのだ。


 彼は少しコミュ症的なところがあった。


 そんな人間が来月から営業の仕事をやるのだから、人生とは皮肉なものである。


 さて、そんな風斗は、彼女の声を聞くのは実に半年振りだった。

 

「もしもし。風斗くん?」


「あ、うん。なっちゃん久しぶりだね」


「あはーー! 元気しとった?」


「うん。おかげさまでね。なっちゃんは?」


「元気元気ーー。手紙でも書いちょったやろ」


「だね。ははは」


「なんね。もう標準語が板についとるん?」


「そ、そんなことなか」


「無理やり話さんでよかちよーー」


「無理やりじゃなか」


「捻り出した感が満載よ。ぷぷぷ」


「そげんこつなか!」


 気づけば2時間以上も話していた。

 それは互いに5分くらいの感覚だったという。


 明るい夏海と少々内気な風斗は相性がいいのだ。


 話は核心部分に触れる。


「ケルベロスを見てみたいとよ」


 受話器越しにキャンキャンと子犬の鳴き声が聞こえる。


「ケルベロスって子犬なん?」


「あ、うん。こら! やめろってば。今、電話中」


「うわぁ……。ますます見じゃっとぉ〜〜」


「そのことやけんね。僕ん家はワンルームマンションやけん。なっちゃんが寝る場所がなかとよ」


「そんち、気にせんでよか。子供ん時は、よう泊まりっこしたじゃあ。お風呂にも入った仲っちゃよ」


 風斗は顔を赤らめた。


「そげんいうが……。僕らはええ大人よ」


「なんね? あたしのことをそういう目で見とーーと?」


「は? そ、そんなわけなか!」


「ははは……。だったらよかよか。あたしは気にせんから。シーツ1枚貸してくれるだけで寝れるっちゃね」


 そういうわけで、夏海は上京することになった。


 羽田空港には風斗が迎えに行く。


「なっちゃーーーーん!」


「うわぁああ! 風斗くん、久しぶりっちゃねぇ!!」


 電話で話す時より、実際に会う方が嬉しさは増した。


 夏海の可愛さも増していた。

 人懐っこい笑顔には、大人の色気と少女だったころの幼さを残す。

 周囲の男たちは芸能人が現れたのかとジロジロと見るのだった。


 電車とバスを乗り継いで、風斗のマンションに到着する。

 そこはワンルームマンションには珍しくペットを飼うことができるマンションだった。


 扉の向こうにケルベロスがいる。


 夏海はドキドキが止まらない。

 胸の鼓動は激しさを増すのだった。


────

全3話。8000文字程度の短編です。

風斗と夏海の事情。

ケルベロスを通じてこっそり覗いてみましょう。

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