最終話 羽須美 綾の夜5


「──ふ、んぅ、ぅぉぉぉぉぉっ……!」


 わたし羽須美 綾は今、五個目のスタンプにちゅーしようと試みています。かれこれ三十分は経ったかと思いますが、未だに唇をつけるには至っていません。“なんか変態っぽい”と“でもしたい”がせめぎ合って、ベッドの上で悶えています。ほか四つとは明らかに毛色の違うキスマークの、しわの一本一本がわたしを狂わせる。


「ぬぅぅぉぉぉぉ──っほわぁぁあっ!?」


 と、そんなわたしをからかうようにメッセージの通知が…………あ、ち、違うこれ通話だっ、えっ、えっ、で電話っ、黒居さんとっ? そういやしたことなかったかもっ……!こ、これがほらあの、バカップルがよくやると噂のねねね寝落ちもしもしっ???


「──はっいぃ羽須美ですぅっ……!」


 心の準備もできないうちにからだは勝手に動いていて、裏返った声で電話に出てしまう。右手にスマホ、左手にスタンプカード。向こうから、声もなくくすっと笑う気配がした。


「やっほー羽須美さん。電話しちゃった」


「やっもう全然だいじょぶだけど……!なにかあったっ?」


「んーん。なんとなく、こえ聞きたくて」


「どぅふぉぁ……!」


 甘えるみたいな、柔らかい声……!効くぅ……

 と、とりあえずスタンプカードはしまっておこう。このままじゃ悶え転げまくって踏んじゃいかねない。あと、間違っても今しがたしようとしてたことは悟られないように。そのあいだスマホは肩で挟んで耳に押し付けていたものだから、黒居さんの声がさらに近くに聞こえて、ゾワゾワしてきちゃう。最近気づいたんだけど、黒居さんに耳元で囁かれるのかなりヤバいんだよね……


「──でぇ、って、羽須美さん聞いてるー?」


「ひゃっはい聞いてます聞いてます」


「ほんとかなー?ハスミちゃんはどう思う?」


「はゅっ」


 耳元で急にちゃん付けで呼ばれてびっくりしたけど、すぐにそれがウミウシへのものだと気付く。と、同時に、今更ながら謎の対抗心が。

 

「く、黒居さんっ」


「はーい?」


「う、ウミウシはちゃん付けなのにあーしはまださん付けなの、おかしいと思いますっ」


 今日でいわば名実ともに恋人らしい関係になったわけだし、よ、呼び方とかも……それっぽくすべきじゃないでしょうか。そんな気持ちを込めて主張してみる。ちゃんと聞いていなかったのを誤魔化す意図も少し。「ほぁ」と少し驚いた様子の黒居さんに、気分が良くなった。結局、今日もどぎまぎさせられっぱなしだったわけだし、ここらでどうにか反撃の一つでも、なんて──


「うーむ……あや?」


「ごっ……!」


「あやー?」


「ぐふっ……!」


「あーや?」


「ごはぁっ……!!」


 むりだぁ……ちょっと小突いたらラッシュになって返ってきたぁ……なんでわたしはこれを想定せずにあんな浅はかなことを……キスしてからの黒居さんめっちゃ積極的だったじゃん……そりゃこうもなるじゃん……

 あや、あや、あやって、言うたびに機嫌良くなっていく黒居さんの囁き声に、わたしの脳みそは揺さぶられっぱなし。ベッドの上を転げ回ることすらできず、小山のように丸まって耐え凌ぐしかない。だというのに、だというのに黒居さんは、さらなる追撃をしかけてくるのだ。


「ほらほら、あやも名前で呼んでよ」


「ぇっ、やっ、あのそれはあのっ」


「あやが言い出したんでしょー。ほらかもん」


 ぐうの音も出ない。やさしくて、でも逆らうことなんてできっこない声音。汗をかくほど顔が熱くて、口がぱくぱく言うことをきかなくて。だって、あんなに甘く呼ばれて、それを返すだなんて。し、心臓が爆発しそう。そういうのまでぜんぶ見透かしていそうな静かな気配が、スマホの向こうから催促してくる。


「ほらほらー」


「〜〜っ」


「…………」


「………………んっ、ぅ」


「…………」


「……………………に」


「にー?」


「に、んに、にぃー……っ」


「ねこちゃんいる?」


「っ、ぅぅ………………に、にに、にぃ…………仁香っ」


 言ったっ、言ったぞっ。言ってやったぞ!どうだ黒居さ……仁香、これで互角──


「えへへっ……はーい、あやの彼女さんの仁香ちゃんですよー……♡」


「どぅはァ……!!!」


 ウワァァあアァめちゃくちゃ浮かれてるぅぅぁあぁぁぁあああ可愛いぃいい!!!!なに!? なんなのこのっ、これは!?これはなに!?わたしは何をされているの!?なにこれ!?なにぃ!?うきうきのデレデレなのですが!?これはなにぃ!?!?


 あ、もうダメだ。黒居さ、仁香のデレが凄すぎて気が狂ってしまう。


「へへぇ〜……あやー……すきー♡」


「わ、ぁ……!」


 こ、声が出ない……仁香が、仁香がわたしのことすき♡って……!

 ………………あれ?そういえばわたし、告白のとき以降、直接好きって伝えてなくない??や、どこそこが好きだとかそういうことは言ってた気もするけれども、でも、いやなんてことだ……!思い返せば花火のあとも、かなりぼんやりしたやり取りでキスまでいっちゃった気がする……!それ自体は別にいいんだけど、でも折角同じ気持ちだって分かったんだから、わたしの方からも改めて口に出した方が良いんじゃない……!?


「あやー? あや、あやー」


 わたしの名前でリズムを取るくr、仁香へ、きちんと伝えなくては。


「に、仁香っ」


「はーい?」


「ぁ、わたっ、わ、あ、あーしもっ……!」


 息を吸い込んで、一息に吐き出そうとして。でも上手くいかずに、す、すぅっ、す、す、すしゅ、ふしゅ、しゅーって、なんだか調子の悪いときのスチームアイロンみたいな音が口から漏れてしまう。仁香は何かを察したのか、静かに待ってくれていて。大丈夫、一番最初の告白の瞬間に比べれば、緊張なんて全然だ。あのときとは違う、相思相愛だって分かったうえでの、たった一言なんだから……!


 

「──しゅ、しゅきっっ!!」


 

 スゥーー……ッ。

 ダメだっ、たァ──。


「…………」


「…………」


「…………ふぅ〜ん?」


「っ!!!!」


 ぁぁぁああ声が、仁香の声がもの凄くにやにやしている。顔が、いや全身があっつい。額からも背中からも汗が吹き出していく。丸くなったまま、あまりの恥ずかしさに体がガクガク震えだす。そんなわたしの痴態が全部見えてるみたいに、仁香はいたずらっぽい口調で、言うんだ。


「……私も、あやのこと“しゅき”だよー♡」




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




というわけで完結となります!最後まで見守っていただきありがとうございました!まあ二人はこれからも、仁香の好感度をどんどこ上げつつも翻弄される綾、という構図は変わらないままバカップルとしていちゃいちゃし倒していくことかと思います!

もしよろしければ、最後まで読んでの☆、コメント、レビュー等々いただけると大変嬉しいです!改めて、ありがとうございました!

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隣の席のギャルっぽい子が私のことしゅきらしいので付き合ってみることにした にゃー @nyannnyannnyann

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