第45話 お祭りの終わりに
人はちゅーするとバカップルになるんだぜ。
「ぃ、いや、そんなことはないと思うけどぉっひゃぁいっ……!」
反論してきた羽須美さんの腕を、ぎゅーっと抱きしめる。花火もお祭りも終わった帰り道、私はずーっと羽須美さんの腕に抱きつきっぱなしだった。ゆるくとかじゃなくて、もう思いっきり、がっつり、隙間もなくってな塩梅に。何でかって言うとそりゃ、くっつきたかったからに他ならず。自分の胸がふにゅっと形を変えているのがよく分かって、それで羽須美さんがなおのことてれてれデレデレしているのがこう、非常に気分が良い。
「いーじゃん。恋人同士なんだからいちゃいちゃしてたって」
「そーれは、ぁぁ、わ、ぁーしも嬉しいけどっ……! さっすがにこんな往来では、恥ずかしいと言いますか……!」
まあ確かにときおり、同じくお祭り帰りの道行く人たちから“あら〜”みたいな視線が向けられている気はする。良いだろ美少女カップルだぞーがはは。
「あ、そういえば上山さん下山さんには付き合ってるのバレてたよ」
「えそーなの!?」
「うん、この前のカラオケの時点で」
「そ、そっかぁ……まあ、もう隠すことでもないし……」
そうそう。なので通行人たちにどう思われるかなんてのも気にしなくて良いのです。そも、お祭りでいちゃいちゃべたべたしてるバカップルなんてそう珍しくもないだろうし……とそんな感じのことを、耳元に口を寄せてこしょこしょ流し込んでみたら、羽須美さんの背筋がびゃーんと伸びた。どこかふわふわした目つきで「そ、そうかなぁ…………うん、そう……黒居さんが言うんなら、そう、かも……?」とかつぶやき始めて、なんだか洗脳でもしているような気分だ。もうちょっとやっておこう。
「ママ見て〜、あのお姉ちゃんたち、仲良しさんだ〜」
「そうねぇ、仲良しさんねぇ」
やべ、道行く幼女に悪行を指摘されてしまったぜ。
「あ、どーもー」
「…………っっ!!」
君も私みたいに良い人つかまえるんだぞ〜、と手をふりふり。しかしその隙に羽須美さんが正気に戻ってしまった。残念なような、きゃいきゃいテンパってる様子もかわゆいからオッケーなような……まあどちらにせよ、私の方から腕を離すことはなく。羽須美さんもなんのかんのと言いつつ、最後まで振りほどいてきたりはしなかった。
◆ ◆ ◆
「──では、お浴衣の状態確認等がございますので、着替え終わりましたらお声掛けのほうお願いいたします」
「はーい」
腕抱きっぱなしで着物屋さんまで戻ってきましたよ。や、さすがにお店入るときは離れたけれども。
着替えを受け取り、最初と同じ個室に二人で入って、まず羽須美さんから壁鏡の前でするすると脱いでいく。私は念のため、脱ぐのも手伝ってもらおうかなぁって。待ってるあいだにリップだけ落としちゃおうと、化粧台の前に座る。クレンジング液をつけたコットンで優しく擦れば、すこしずつ唇が元の色に戻っていって。同時に、指が触れるたび、比較するみたいに羽須美さんの唇の感触が思い出された。柔らかかったなぁ。とっくに拭き終わった唇をふにふにする手が止まらない。
「──ん、オッケー。黒居さーん」
「あ、はーい」
呼ばれて正気に戻った私は、なんでもないように羽須美さんのもとへ向かった。帯を順番に、丁寧にほどいていってもらう。あとは浴衣を脱いで着替えるだけ、って段階で、羽須美さんはやっぱりくるりと後ろを向いた。そこは変わらないんだねぇ。私はべつに見られても良い……や、違うな。見られたいくらいなんだけども。まあ、その辺りも追々進めていこう。
実はちらちら見てたりしないかなぁ……♡とか考えて、着替えながらも鏡越しに様子を窺ってはいたけれども、羽須美さんは最後まで後ろを向いたままだった。赤くなった耳が、ぴくぴく動いてはいたけれど。かわゆいねぇ。
「──おっけーでーす」
「んっ」
まあ何事もなく着替え終えて、羽須美さんに習いながら浴衣を軽く畳む。巾着の中身もポーチに戻して、忘れ物なんかもしっかりチェック。
「よし、大丈夫だね。じゃあ──」
「あ、ちょっと待って」
更衣室を出る前に、羽須美さんを呼び止めて。ローファー履きかけの半腰の姿勢で振り向いた彼女さんへと、手を伸ばす。
「いっこ忘れ物ー」
「えっ」
両手でほっぺたをしっかり抑え込んで、見開かれたままのその目が閉じないうちに。
「──ちゅ」
「っ…………!?!?!?」
約一時間ぶり、二度目のキス。今回はリップなしでね。やっぱり柔らかい。ふにふにで、それでいてふかふか。癖になりそう。私も目ぇ開けたままだったから、至近距離で羽須美さんの瞳がぐるぐるしていくのが観察できた。今回は私の方から、ゆっくり唇を離す。
「ほ、ぁぁああ……」
解放された羽須美さんの唇からは、そんな感じの吐息が漏れていて。それがそのまま「ぁ、ぁっ、ぉぁっ、わぁっ」ってな悲鳴に変わり、こてんと尻餅をついてしまった。
「あ、ごめん。だいじょぶ?」
「……うん、だい、だいじょぶ……」
顔をパタパタやって熱を逃がそうとしている羽須美さん。だけども全然追いつかないみたいで、最後には手の動きも勢いを失い、やがてゆっくりと、指先で自分の唇に触れた。意識してか無意識でか、かなり扇情的な仕草だ。
「だいじょぶ、だけど……」
「だけどー?」
「不意打ちはズルい、です……」
そのセリフの方がズルいと思うんだけどなぁ。
でもそこをつっついたら、もう一、二回はちゅーしちゃいそうな気がしたので、ぐっとこらえて手を差し出す。
「ごめんねぇ。以後気をつけます」
やらないとは言ってない。
「ぅ、うん……」
手を握って立ち上がらせて、改めて二人、靴を履く。今度こそ忘れ物はなし。
「じゃあ、帰ろっか。羽須美さん」
「……だねぇ、黒居さん」
部屋を出る直前、ちらっと振り返った先の鏡には、やっぱり少し赤くなった私が映っていた。
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