第44話 キス
花火のド派手な爆発音が止めば、今度は自分の心臓がいつもより少しだけ大きな音を立てているのに気付いた。まあ、これだけ良いものを見せていただきまして、そのお膳立てをしてくれた羽須美さんの手がめちゃめちゃ汗ばんでるのまで感じ取れるとなれば、ねぇ? まだちょっと惚けたままゆっくりと顔を向ければ、羽須美さんはすでに私を正面から見据えていて、そのぷるぷる震える瞳に視線を吸い寄せられる。
「と、というわけで、その……二人っきりで花火見れたらなって、そういうやつで……ベタだったかなとは思うんだけど……」
たしかにベタだ。ベタベタだ。
でもベタってことはつまり王道ってことで、それをこんなに上手にやられちゃあ、そりゃキュンときちゃうってなもんだ。
「黒居さん、けっこうベタなのも好きなのかなぁって……一緒にいるうちに分かったから」
「うん、好き」
羽須美さんに気付かされたようなものだけども。それを知ってか知らずか、手を握る羽須美さんの力が少し強まった。
「好き、繋がりで」
「うん」
「今の黒居さんは、わ、わたしのこと……っ、ど、ど、どう思ってるっ……? 告白したときとは、違う気持ちに……なってたりとか、しちゃったりとか……してる……?」
勢いのままに、まるで二度目の告白みたいな表情で。
顔の赤さは、最初のときとはもう比べ物にならないくらい。小さな外灯の光で、髪がうっすらと輝きを帯びている。眩しいほどのきらきらじゃないけれど、浴衣姿には一段と合っていた。そうやってじろじろ観察しているうちに私の口は勝手に開いて、もうとっくに決まってたことを吐き出す。
「うん。あのときの私と違って、今の羽須美さんと同じ気持ち。実はちょっと前からねー」
「そ、っそうっ……!」
我ながらあっさりした返答になっちゃったけど、それだけで羽須美さんは感極まったような顔に。だけども次に出てくるのが、巾着からごそごそ取り出されたスタンプカードな辺り、少し面白い。
「じゃ、じゃあそのっ! ……五個目のスタンプ、ほ、欲しいっ、です……っ!!」
ばっと差し出されたその一枚は、もう私たちの関係の中で切っても切り離せない存在だ。眺めるだけで、付き合い始めてからの出来事が思い出される。それを今、はじめて羽須美さんの方から差し出された。今日の羽須美さんはずっと積極的だ。テンパりやさんだけど大事なときには積極的で、そのおかげで関係が始まって、そして今、私はとっても幸せな気持ちになっている。ぜーんぶ羽須美さんのおかげ。だからそろそろ、おっきなお返しが必要だ。
「羽須美さん、スリーブから出して。そう、ちゃんと持っててね」
「は、ひゃいっ」
両手で差し出す姿勢を維持させたまま、私も巾着からスタンプを取り出す……ことなく、そのままからだを傾けて、押す。本物のキスマークを。
「んー……ちゅ」
「ぉほぁっ!?!?」
ほか四つより大きくて不格好な最後の一つに、羽須美さんが叫びながら仰け反った。100点満点の素晴らしいリアクションだけど……
「今からほんとにするのに、そんな調子でだいじょーぶー?」
「ッッッッッ!!!」
おおぅすごい表情。もう肌の見えてるところぜんぶ真っ赤だけど、ほんとに大丈夫かなこれ。
「だ、だいじょぶっ!いけるっ!です、ますっ……!」
「そっかー。じゃあ……あ、その前にちょっとまってね」
焦らすつもりはないけれど、いちおうチェックしておこうと後ろを向く。青のりとかついてたらやだし。カードをしまった羽須美さんの方からも同じくいそいそとチェックし始めた気配を感じつつ、手鏡を取り出して……それで気付く。私も顔、ちょっと赤くなっちゃってるや。まあそりゃそうか、好き……しゅきな人との初めてのちゅーなわけだし。心臓もとくとく言うとる。
「うーむ…………よし」
とはいえここで日和る仁香ちゃんではないので、リップは塗り直さずにゆっくりと振り返る。緊張でいつも以上に背筋が伸びた羽須美さんが待ち構えていた。
「えーでは、改めましてー」
「はっ、ひゃいっ……!」
> <←こんな感じでぎゅむっと目をつぶった羽須美さんへ、座ったまま近づけるだけ近づく。並んだ膝がくっつくくらいの距離。私もできる限り背筋を伸ばして、顔を寄せていく。緊張はなかった。ただ胸の奥がキュンキュンして、うなじの方がチリチリして、背中がゾクゾクする。それらに押されて止まることなく、ゆっくりと距離を詰めて。直前で私も目を閉じて。そして。
「んっ……」
「んふぅっ……!」
ふにっと、柔らかく触れた。
ぷるぷるしてる。それは感触もそうだし、ちょっと震えてるって意味でも。熱いんだけど、同時にミントの風味でちょっとした清涼感もあって。真っ暗な中で、お互い微動だにすることなく、唇の感触の処理にだけ追われている。羽須美さんのは私のよりも少しだけ厚みがあって、ぽってり包みこんでくるような触れ心地。たぶん。なんだか頭がぼーっとしてきて、考えがまとまらない。チリチリゾクゾクが強まっていく。体の末端の感覚が薄まってきて、そのぶん唇がどんどん鋭敏になっていくみたいだ。心地よくって、溺れてしまいそう。
「──っふはぁっ……!」
「んっ、ぁ……」
そのくらいで、羽須美さんの方から唇を離された。名残惜しいような、今はこれで良いような。そんな心地で目を開けて、視界と頭をゆっくりとクリアにしていく。
「ほぁ、ぉ、ぁ、っ……わぁっ、ぉおあぁっ……!」
自分の口に手を当てぷるぷる……いやぶるぶる……むしろがたがた? 震える羽須美さんを見て、ああ、ほんとにキスしたんだなぁって改めて感じた。その指の隙間から覗く唇のところどころに、私の赤が移っているのが見えたものだから、なおのこと。
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