あなたの残した、帽子の温もり
今日もまた、寒空のもと陽は穏やかに登り、俺を見下ろしては彼方へと沈んでいく。
いったい何度、この景色を見送っただろう……。
あの日、束の間に掴んだ奇跡を今でも忘れられずに、一人でただただ果てしない地平線を眺める俺の心は、空虚そのものだった。
もはや埋めようのない事実に、いっそ、すべてが幻であったならば良かったのにとさえ思う。
しかし、いつまでも手の中に残る帽子が、そんな甘えを許してはくれなかった。
今日もまた、ポケットから取り出した帽子を、そっと深く被る。
瞼をゆっくりと閉じ、すうっと鼻で深く深く呼吸をした。
奥に眠るあなたの残り香に、頭の芯から痺れていく。
あなたが残したものは、楔となっていつまでも俺の心を捕えていた。
目の前に広がる、宝石のように散りばめた
鼻腔をくすぐる、どこまでも咲き乱れるコスモスの、甘く痺れる香り。
肩から温かに伝わる、体温と柔らかさ。
そして、静かで、それでいて熱を帯びた、あなたの瞳。
ここで共に見た景色が、あなたの姿が、いつまでも脳裏に焼き付いている。
そして、俺に甘く、苦く、囁く声が、今でも聞こえるんだ。
「ずっと、一緒にいたかった」
……あなたは特別だった。
周りの人間にとっても……俺にとっても。
たからこそ、周りは諦め、そして今、俺は諦められずにいる。
今夜もまた、あなたは俺の元に来てくれるだろうか……。
暗闇に沈む俺を起こし、全てを悟ったかのように、優しく穏やかに微笑むあなた。
他愛もないように語らい、道を照らし、そしてあなたは、またいなくなる。
それは時に、やっと訪れた希望のようで……。
それは時に、やっと訪れた絶望のようで……。
いつまでも、いつまでも、永遠に繰り返す。
すっと瞼を開けると、手元に赤いコスモスがあるのに気が付いた。
根元から千切って、香りを嗅いでみる。
ひと時満たされた心で、ふと空を見上げ、そのまま後ろに倒れ込んだ。
……ああ、綺麗だ。
月を待ち望む星たちは、弱弱しくはあるものの、それでもしっかりと自らも光を放っていた。
それは、誰かを魅せるような光ではない。
誰かの、唯一無二の光でもない。
けれど、色とりどりの小さな瞬きは確実にそこにあって、大きな世界をかたち作っていた。
誘われるように、瞼をゆっくりと閉じる。
最後まで孤独を生きたあなたに、この世界は、俺は、どのように映っていたのだろうか。
また、常闇に染まる世界の中に落ちよう……。
月が見つけてくれる、その時まで……。
終わりのない夢 となりのOL @haijannu
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