第5話 微妙な関係

 ベッドで眠っている良平を見つめながら、直美は一番最近、良平に会った時の事を思い出していた。


 もう半年も前になるだろうか?

 パーティー好きの吉良が、直美の就職祝いだと言い、自宅でホームパーティーを開いた時の事だ。


 早瀬家は家族全員で直美を祝いに来てくれた。

 良平の父である早瀬みつるは奥方を早くに無くしていたが、4人の子供に恵まれていて、幸せそうだった。


 長女の椿さんは確か33歳だったはず。

 長男のつよしさんは27歳。それから次男の良平は24歳。

 末っ子の彩さんは、確かまだハタチになったばかりだった……


 直美はひとりひとりの顔を思い出し、悲しくなって俯いた。

 あの日、みんながお祝いだと言って持って来てくれたプレゼントの事を思い出しながら、直美は涙が出そうになるのを我慢した。


「泣くなよ……」

 突然、小さな低い声が聞こえてきて直美は顔を上げた。

 良平が目を覚まし、直美の方を見ている。


「な、泣いてないわよ! 泣くわけないでしょ!」

 直美は驚きながらも強がるように言った。


 良平は直美から視線を外し、天井を見て呟くように言う。

「ならいい……」

 そして良平は再び目を閉じる。


 直美は少しの間、良平を見つめ、それから声を出した。

「……何か飲む? 喉渇いてない?」

 良平は薄目を開けた。

「ああ……水をくれ……」

 直美は良平の返事を確認してから立ち上がり、部屋の隅にあるローボードの上に置かれている水差しの水をグラスに注ぐ。

 そしてそれを良平の元に運んだ。


「起き上がれる?」

「ん……」

 唸るように返事をしてから良平は、上半身をゆっくりと起こした。直美がグラスを渡すと良平はそれを一気に飲み干す。

「もう一杯」

 良平がそう言ったので、直美は水差しを持って来て、良平の持つグラスに注いだ。良平はそれをまた一気に飲む。


「まだ飲む?」

 直美がそう聞くと良平は首を振り、グラスをベッドサイドのテーブルに置いた。同じ場所に直美も水差しを置く。

 しばらく沈黙が続いた。


 こんなによそよそしい雰囲気ではあるが、このふたり、実は婚約者同士なのだ。

 それは10年程前に親同士が決めた事で、もちろん本人達の意思ではない。


 ふたりの婚約は、飲み会の席で親同士が半ば冗談のように決めた事だった。

 親同士がその約束を交わしたのは、良平は高校1年で、直美はまだ小学6年の時だった。

 直美はしばらくそのことを知らずにすごしていた。

 直美が初めて婚約の事を聞かされたのは、中学3年生になってからだった。


 直美は、婚約の話を聞く前から良平を意識していた。

 直美の身近にいる者の中では、良平は歳が近い方だったし、見た目の良い素敵でかっこいいお兄さんだと思っていたのだ。

 良平の方も、モデルだった母親譲りの可愛い幼なじみの女の子を常に気にしていた。


 しかし、親が勝手に婚約を決めて以来、ふたりは友達同士という関係にもなれず、かといって無視も出来ないという微妙な関係になった。

 どうしてもお互い、二人きりになるのは意識的に避けてしまうし、必要以上の会話を交わす事もほとんどなかった。


 二人は周りから勝手に婚約者と決められた事で、性格上素直になれず、また意識し過ぎて、上手く付き合えなかったのだ。



「……銃じゃなく、ナイフでやられたそうね」

 直美が先に口を開いた。顔はそっぽを向いている。

 良平は何も答えなかった。

「銃を持っていたくせに情けない……」


 直美のきつい言い方に、良平は少しむっとなる。

「油断したんだよ……」


「油断? ふーん。……よく生き残れたね。あんたがポタポタ血をたらしながら、うちの出先機関に逃げて来るから、後始末大変だったんだからね」

 直美はまるで自分が苦労したかのように言う。

「悪かったな……」

 直美の言葉にムッとした様子で良平は謝罪の言葉だけは言ってみせる。


 そして、その後また、ふたりの間に沈黙が続いた。

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