第4話 先端特殊営業課

 秘書室の美女達に歓喜の声を上げさせたのは、海外事業部の原田はらだすぐるという男だった。


 原田優は、1年間の海外支店勤務を経験した後、帰国と同時に最年少の29歳で海外事業部、先端特殊営業第1課の課長になった出世頭だ。

 既に他界している彼の父親は、海紅の前社長の代から専務として海紅に貢献した人であり、吉良一族とは姻戚関係にもあると噂されている。

 そういう繋がりからか、原田優が現社長の吉良隆男に息子同然に可愛がられているという事は、社員の皆が知っている事だった。


 現在、吉良社長には息子はいない。

 故に、社内では原田優が吉良の後継者になるのではないかと噂されていた。


 そして、なんといっても優は現在31歳で独身。

 背は高くスタイルが良く、容姿も整っているとくれば、当然、玉の輿を狙う秘書課の女性社員を始め、独身の女性社員達はみな、お近づきになりたいと思わないはずがなく、直美が吉良社長の娘とは知らない秘書課の女性社員達が、”なぜ、新人の吉良さんが?”と恨みのこもった目で直美を見るのも無理はない事だった。


 ちなみに、海外事業部、先端特殊営業課だが、現在は1課から6課まである。一般社員達はこれらの課は、それぞれ次代のビジネスになるネタを探し求め、世界に種をまくような仕事をしている……と、思っている。

 だが、この先端特殊営業課がまさに、吉良3Sの仕事をする者が集まっているところであり、原田優をはじめ、ここに配属されているものは皆、吉良3Sのエージェントなのだ。


 ~~*~~


 直美がエレベータで1階に降りると、原田優ともうひとり、今川いまがわひろしが、広い玄関ホールの真ん中辺りで直美を待っていた。

 今川寛はボディーガードを兼ねた優の部下で、常に優と行動を共にしている男だ。



「お待たせしました」

 直美はそう言い早足で二人の元に行く。

 三人はガラス張りの玄関に足を向けた。


 後ろからは、受付の女性2人の「いってらっしゃいませ」という声が聞こえた。


 玄関前の車付けの場所には、既に、黒色の高級車が止まって待っていた。

 運転手が後ろのドアを開け、直美と優が車に乗り込むのを待っている。


 優は直美を先に乗せ、その後で自分が乗り込んだ。

 今川は、運転手が後部座席のドアを閉めて運転席に向かうのを確認してから、一度周りを見回し、助手席に乗り込む。


 窓の外を見て、車が発進するのを待っていた直美だったが、車が動き出してから驚いた顔になる。

 直美達の乗った高級車を囲むように、前方と後方に黒塗りのバンが走り出したからだ。


 直美は驚いて優を見て、そして聞く。

「何? どういうこと? 何かあったの?」

 さっきまでの大人しそうな口調とは全く違っていた。

 表情も優を睨むような顔をしている。


「……緊急事態だ、直美」

 優の方の口調も、既に普段の言葉遣いに戻っている。


「緊急事態?」

 直美は驚いて聞き返す。優は直美の方を見た。


「昨夜、早瀬が何者かの襲撃を受けて全滅した」


 優の言葉に、直美は衝撃を受け、大きな目を見開く。


「うそ……」

 直美が不安そうな声を出した。


「生き残ったのは早瀬良平、一人だけらしい」

 優がそう言うと直美はますます戸惑ったように目を泳がせる。


「大丈夫だ、直美は何も心配しなくていい。念の為にうちも襲撃に備える準備をしているし、うちが襲われる可能性は低いと予想……」

「良平は? 良平の状態は!?」

 直美は自分の身の安全の事などどうでもいいというように、優の言葉を遮って聞く。


「……大丈夫だ。昨夜、うちの出先機関のひとつ「キラキラ」に逃げ込んできたので保護している。命に別状はない」

「そう……」

 優の言葉を聞き、直美は少しだけほっとしたような表情を見せた。

 そしてその後、直美は視線を窓の外に向ける。その表情は不安そうだ。


 そんな直美の様子を優は少し複雑そうに見ていた。



~~*~~


「まだ傷口が塞がっていないのに動くから、木下に言って薬を盛らせた」


 吉良の言葉に、直美が吉良の方を見た。


 直美が、血の気のない表情で眠っている良平を心配そうに見つめ、青い顔で固まっているのを見て吉良が声をかけた。

 動かない良平を心配している娘を安心させるためだ。


「大丈夫、急所は外れているし、命に関わることはない。眠っているのは薬が効いているからだ。だが、少々出血が多かったようで、しばらく安静が必要らしい」


「一体、……何があったの? パパ」

「さあな、こいつからはまともな回答は得られそうにない。お前の大事な婿候補だ、まさか無理やり吐かすわけにもいかないしな」

 物凄く残念そうに言う吉良を直美は睨むように見た。吉良はそんな娘の様子を見て微笑む。


「ま、しばらくは、お前が世話をしてやるといい、会社には出社するな、状況が把握出来るまでは安心出来ないからな……」

「でも、パパ」

「でも、じゃない、……頼むからしばらくは大人しく家にいてくれ」

 吉良は本当に心配した様子で言った。直美は仕方なく頷いた。

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