第2話 刺された理由
車が門を完全に通り抜けると、屋敷の門が自動的に閉まっていく。
壁に囲まれた大きな洋館は、門が閉まると中の様子が全くわからなくなった。
邸宅の中に入った車は玄関アプローチをゆっくりと走り、屋敷への入り口前にあるポーチで止まる。
吉良が車の後部座席から降りると、出迎えの何人かの部下が頭を下げた。その中には”カフェ&バー キラキラ”のマスターも含まれていた。
吉良は出迎える者達の顔に少し目をやってから、屋敷の中に入り玄関で靴を脱いで家にあがる。
部下たちもぞろぞろと吉良の後に続いた。
吉良は今朝、オーストラリアから帰国したばかりだった。
空港から一旦会社の方に向かっていたのだが、自宅からの連絡で急ぎ行先を自宅に変えて戻って来たのだ。
「で? 怪我の程度は?」
吉良は廊下を歩きながら後ろを歩く部下達に尋ねる。
「ひどい怪我ですが、命に別状はないとのことです……」
吉良の後ろから歩く側近の一人、”キラキラ”のマスターが答える。
「本当に早瀬なのか?」
吉良は視線を後ろを歩く部下たちに向けて聞く。
「ええ、すぐには気付きませんでしたが、間違いないです」
マスターがはっきりと答えた。
吉良は客用の寝室に入り、ベッドに横たわっている男を見た。
「ああ……そうだな。……確かに早瀬良平だ」
吉良は良平の顔を覗き込み微笑を浮かべた。それから部下達の方を見る。
「銃は持っていなかったのか?」
「持っていました……使った形跡もあります」
部下の男が答える。
「そうか、この冷静な男が、国内で銃を抜くってことは、ただの喧嘩ではないな。その上この怪我だ。相手は、ただ者ではないだろう」
吉良は呟くように言った。
その時、少し良平が動く気配がして、吉良は良平の方に視線を戻す。
「……」
良平がゆっくりと目を開けた。
ぼーっとした焦点の合っていないような表情から、次第にしっかりとした目つきになってきたかと思うと、いきなりバッと体を起こそうと動いた。
その途端、良平は腹に激痛を感じ小さな呻き声を上げる。
「急に動くんじゃない! 傷口が開くぞ!」
吉良の横にいた白衣の男がそう言い、慌てて良平の腹の傷を確認しようと傍に寄った。
良平は上半身を起こした状態で、現在の自分の置かれている状態を把握しようと素早く目を動かし、周りの様子を確認した。
吉良はそんな良平の様子を見て、ふっと笑みを浮かべる。
「何を怯えている? 自分から逃げ込んで来たくせに」
吉良の言葉を聞き、良平は吉良の方に顔を向け睨んだ。
その良平の表情を見て吉良はますます楽しそうな顔をする。
「誰とやりあって刺されたのかは知らないが、お前もいい加減、喧嘩する年でもないだろ? しかも同業者の出先機関の店に逃げ込むなんて、情けない話だぞ?」
からかうような口調で言う吉良を良平は睨みつけたまま黙って話を聞いている。
「まあ……いいさ。で? どうして欲しい? 家に連絡して誰か迎えに来て貰うか? それともここでしばらく身を隠して怪我を治すか?」
良平は急に吉良から視線を離し、下を向いた。
「もしかして、親父さんたちには知られたくない内緒の喧嘩なのかな?」
吉良は良平の様子を見て、笑みを浮かべながら子供に言うように言う。
良平は黙ったままで、顔を上げなかった。
吉良は少しの間、良平の顔を見ていたが何も話しそうに無いと諦めたのか、後ろに立っている男たちの方に目をやった。
「おい、誰か早瀬に連絡してやれ。心配しているだろうからな」
吉良のこの言葉に、部下の男の一人が返事をしようとしたが、それを良平の声が止めた。
「連絡の必要はない」
吉良はまた良平の方に目をやる。良平はまだ下を向いたままだ。
「親父さんたちが心配しているだろ? お前は早瀬にとっては、可愛い次男坊だからな。心配するな、仕事に失敗したのだろうが……私が親父さんにとりなしてやるよ」
「違う、そんなんじゃない……」
否定する良平を見て吉良は強がっていると判断した。
「気にするな」
吉良はそう言って、続きの言葉は体をドアの方に向けながら言う。
「しばらくここで過ごせばいい、直美にもいい機会になる……」
「違うんだ!」
良平は突然大きな声を出し吉良の言葉を止めた。
吉良たちは少し驚いた表情をして良平の方を見る。
良平は顔を下に向けたままだった。
吉良は良平のシーツを掴んだ手が震えていることに気付く。
さすがに、吉良の顔から笑みが消えた。
「一体、どうしたんだ……ん?」
吉良が真面目な顔で聞くと、良平は怒りを込めた声を発した。
「……昨日の夜、……早瀬は何者かの襲撃を受けた」
この言葉に、その場にいた者全員の顔色が変わる。
「襲撃? ……どういう事だ?」
吉良が驚いた声を出す。
「……早瀬は……全滅だ。……みんな殺された」
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