第23話 圧倒的勝利

 揺れる観覧車に掴まりながら、山野は「はァ?」と連発している。


「……なんだ、こんなのが切り札か。警戒して損した」


 何が出てくるかわからないから警戒していたけれど、これくらいの火球なら、グレーターデーモンの炎魔術と同じくらいの威力だ、何度も体験してる。

 それに今では炎耐性スキルも育ってるからなおさらだ。


「な……な……なんだ? 今の? 何をした!?」

「見ての通りパンチ」

「そんなわけあるかっ!」


 山野は焦ってつばを飛ばしながら叫ぶ。

 オーブをもう一度掲げ、火球を発動させて。


 再び俺に火球が飛んでくる。

 今度はキックで弾き飛ばす。ライバルのゴールにシューーート! だ。


 火球は山野の顔の横を抜けて後ろのゴンドラの横もすりぬけ、コーヒーカップにぶつかって爆発した。


「ちょっ! 晴香こっちに見物に来てなかったら終わってたんだが!?」


 爆発を見た芳賀が観覧車の下から抗議してきた。


「おー、危なかった。好奇心旺盛で助かったね芳賀さん」

「マジそれな。自分の性格に感謝感謝」


 しかし、やっぱり俺はサッカー選手にはなれないな。

 リフティングも下手くそだし、球技苦手民なのはダンジョンでフィジカル強化されても変わらずだ。残念ながら。


「嘘だ!」山野が焦りの滲む声をあげた。「そんなことできるわけない……お前もアイテムを隠し持ってたのか!? 炎魔術を反射するようなアイテムを! くそぉ!」

「そんなもの使いたくても使えない。初期アバター限定だから。自分自身で跳ね返した」

「信じられるか! くそがぁ!」


 完全に頼みの綱だったオーブが通用しなかった山野は、やけくそになって俺のいるゴンドラに飛び上がって剣で斬りかかろうとしてきた。

 俺もジャンプして飛び降り、空中で俺たちは交錯する。


 山野は剣を突き出す。

 俺はその剣を持つ手を掴み、突きの軌道を強引に変化させ、さらに山野の手から剣をもぎ取る。


 そのまま山野の体を掴み、相手の体を下にする。


「てめぇっ! 何を!?」

「重力だよ」


 暴れる山野の両腕を掴み、胸に膝を当てた体勢で、観覧車から俺たちは落下し一秒後――山野は俺に体重をかけられた状態で、地面に激しく激突した。


「っかは……!」


 胸を膝で圧迫されて声も出せず、激しい衝撃に苦悶の表情を浮かべる山野。

 ダンジョンでは痛みは抑制されるけど、それでも結構”効いてる”表情だ。これは相当ライフを奪えたようだな。


 俺の方も高所からの落下ダメージを受けたけれど、


◆ライフ97/100


 装備重量が軽いし、何より山野をクッションにしたおかげでたいしたダメージは受けてない。なんならほぼ全ての位置エネルギーは俺の膝経由で山野に行っただろう。


 で、その二人分の位置エネルギーを受け、しかも俺の膝が入った胸に集中的に受けた山野はというと。


「う……そ……だろ。い、てぇ……」


 苦悶にうめいていた。


「勝負ありだな」


 立ち上がった俺は、山野を見下ろして言う。


「ひっ……やめ、やめろぉ!?」


 俺がさらに追撃すると思ったのか、体が動かせない山野は必死に引きつった声を出す。もう完全に戦意喪失しているし追撃するまでもなく戦えないだろう。それに……。


 山野の体が発光している、モンスターを倒した時と同じように。


「なっ……俺、ライフが!? ぁ……」


 自分の異変に気づいた山野は、ショックで茫然自失とした表情を最後に、全身が光の粒子となり天に昇っていった。


「ライフ0になったか」


 ライフが0になると、現実世界に強制転送される。

 その後しばらくは後遺症が出るらしいので、彼はしばらくダンジョン探索なんてとてもできないな。つまりは完全勝利だ!


「……ふう。意外となんとかなったな」


 ひたすらレベル上げてた成果か、切り札らしかったオーブも問題なかったし、今の俺はもう他プレイヤーを過剰に恐れる必要はないのかもしれない。


「さすが初期アバター、コメント通りやるねー」


 ぺちぺちぺちぺち、と威力の足りない拍手をしながら、芳賀が俺のところに歩いてきた。


「あ、そうだった」


 初期アバターの噂が広まっているんだった。危険とは別の意味で、他プレイヤーにうかつに接触できないか。


 あの動画のコメント欄のようなテンションでたくさん人が集まってきたら、マイペースにレベル上げとダンジョン探索をするどころじゃなくなりそうだし。

 やはりこれまでと同じように静かにソロりソロりとダンジョンを行こう。


「山野を雑魚モンスターみたいに楽々倒すとか、バカ強いじゃん」

「レベル上げてたかいがあったかな。ともかくお互い無事でよかった」


 そう言うと、晴香は俺の正面で数秒背筋を伸ばし、


「ありがとう。晴香がちょっと……結構無茶ぶりしたのに、応えてくれて。真面目に……助かりました!!」


 深々と頭を下げた。


 ちょっと意外だ。

 でも、素直に嬉しいな。


「そんな気にしなくていいよ。どうせ俺も狙われてたんだから。しつこくされるよりカタが付けられてよかった」


 俺がそう言うと、芳賀は顔をあげる。

 さっきの真剣な顔が嘘みたいに、けろっとした表情で、


「じゃ、気にしないでいるわ」

「切り替えマッハすぎでしょ」

「そこが芳賀晴香の長所なんだよねー。……あ、そだ」芳賀はあ、うっかりしてた、という顔をして、「そういやきみの名前ってなに? 初期アバターってことしか知らんって気づいたんだけど」

「水梨」

「下の名前は?」

「創」

「水梨創ね。晴香は芳賀晴香」

「それは知ってるけど」

「知ってても自己紹介は大事なんだが?」

「はい」

「よろちい。ところで名前とあだ名どっちで呼んだ方がいい?」

「あだ名?」

「初期アバターって呼んだほうがよさそ?」

「ありえない。『僕はあの動画の人だから皆構って!』って言ってるみたいじゃない、それ。本名で」


 というかわかって言ってるよね、君。にやにやして近付いてきてるし。


「わかった。じゃあ『みずちゃん』って呼ぶね」


 結局あだ名なのでは?


「わかったよ芳賀さん」

「いや、ダメでしょ」

「え、なにが」

「芳賀さんってそれはないわ。こっちがみずちゃんって呼んでるのによそよそすぎでしょ、ふつーに考えて」

「いうて出会って十五分くらいしか経ってないし、まだよそじゃない?」

「時間の問題じゃなーい。じゃあこっちのことは、芳賀ちゃんって呼んでいいよ」

「いいのかな……まあいいか。じゃあ芳賀ちゃん」

「うん。いいね。もっと呼んで呼んで」

「芳賀ちゃん、芳賀ちゃん」

「みゃー! いい! しっくりくるぅ」


 芳賀は俺に芳賀ちゃんと呼ばれてご満悦の表情で俺の肩を叩いている。


 たしかに呼んでる方もしっくりくる感じあるかも。

 芳賀のピンクのメッシュの入った髪やあどけない雰囲気の顔、ファンタジーの錬金術士みたいなかわいい装備を見てると思う。ようなそうでもないような。


 ま、ともかく厄介者も排除できたことだし。


「じゃ、芳賀ちゃん」

「ん、みずちゃん?」


 俺と芳賀は目を合わせた。


「――これから何しよう」






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ここまでが第一章となります。

読んでいただきありがとうございました!


第二章もお付き合いいただければ飛び上がって喜びますので、よろしくお願いします!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 20:00 予定は変更される可能性があります

一生初期アバターでダンジョン攻略しないといけなくなったからには、周りは気にせずひたすら鍛えるしかない。初期装備のままで。 二時間十秒 @hiyoribiyori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ