第31話 面倒くさい物語

 放課後だ。

 本来ならば荷物をまとめたらすぐに帰っていたが、今は向かうべき場所がある。会うべき人がいる。

 そのため俺は足早でその約束の場所へと向かっていった。

 そして俺は普段は誰も来ないであろう階段のその先へと歩いて行った。この階段を上るのもだいぶ久しぶりな気がする。

 本来ならば一秒でも早くたどり着きたいので走ってでも行きたいのだが、残念ながら今の俺では出来ない。

 でも、あいつならこのことは分かっている。だから気持ちだけでも急いでいる。

 階段を上り終えてその先にあるのは少し古くなった鉄の扉だ。俺はそれを何の躊躇もなく開けた。その先に居た事物はもう言うまでもなかった。


 「待たせたな、内海さん」

 

 俺は屋上の奥、って言ってもそんなに距離は離れていない場所で腰を下ろしていた内海に声をかけた。

 

 「別にいいわよ。もう慣れっこよ」

 「すまんな……」


 あまり慣れては欲しくはないが、こればかりはしょうがないか。それもこれも俺のせいみたいなものだ。なんて言えば彼女はきっと怒るだろう。だから口には出さない。

 そして内海さんは立ち上がるなり一歩前に出た後に口を開いた。 


 「で、要件は分かってるわよね?」


 お前が呼んだくせに何言ってんだか……

 でも形にこだわるのは悪くはないかもな。あのころと少し同じような形に……


 「ああ。勿論だ」


 俺はそう答えるなり、あらかじめ手に持っていたとある用紙が入っているファイルを彼女に見せつけるかのように掲げた。

 

 「あれ?なんか多くない?」

 「ん?ああ……」


 彼女の要件の内容で言えば確かに1枚だけで十分だったのだが、これには少し考えがある。


 「これはあれだ。お前に家庭教師の才能があるかを見せてやりたくてだな」

 「なにそれっ。別にアタシ教師になるつもりとか無いし」


 内海さんはすこし可笑しそうな表情を見せていた。

 うん。やっぱり形だけだな。でもこれは何とか形をギリギリ保っているようなものか。


 「まあ、おまけみたいなやつで……」

 「それならまあ、うん……」


 彼女は納得したのか俺に対して左手を指し伸ばした。そして俺はその左手に自分の持っているファイルを渡した。

 次に内海さんが俺に何かを渡そうとしたが一瞬悩んだような表情のうえ……


 「これってアタシも見せた方がいいの?」


 と尋ねてきた。

 

 「いや、別にいい。逆に見たくない」

 「なんで!?」

 「いや、なんか心が折れそうで……」


 よく考えたら俺達って結構実力差が開いているんだよな。だからこの現実にあまり目を通したくないのが本音である。


 「そう言うなら……じゃあ、はい」


 そして内海さんは三つ折りになった一枚の用紙を俺に差し出した。

 なんだかんだ言って義理堅いよな、コイツ。


 「じゃあ、アタシが見ていいよって言ったら見なさいよ?」

 「ああ」


 そう言うなり彼女は俺のファイルの中をのぞいて……

 何故か俺の方を見てきた。あれ?なんかあった?


 「あ!ちょっと待って。アンタ、これじゃあどれがどれだか分からないじゃない!」

 「ああ、すまん……」


 よく考えてみたらそうだった。俺は複数のプリントを適当にこのファイルに突っ込んだだけだった。これじゃあ目当てのものは見つかりずらいし、予期せぬ事故も起きてしまう。

 俺は一旦彼女からファイルを回収して、お目当てのものを取り出しそれをその場で右下にある3桁の数字が見えないように三つ折りにして返した。


 「ほいよ。すまんな」

 「ありがと」


 今のお前は別に感謝を伝えなくてもいいのに……

 

 「じゃあ気を取り直して、ほぼ同時に見るようにするわよ」

 「ああ」


 なんか少し手法が変わったような気がするがまあいいか。

 さて今回は、いや今回こそはどちらに勝利の女神がほほ笑むのやら。

 だが、正直に言うと俺の中ではもうそんなことはどうでもよくなっている。別にこれで負けたとしても何か大切な物を失うわけじゃない。

 強いて言えば俺の知らないうちに持ったミジンコみたいに小さな名誉だ。もともとそんなものに固執していたわけでもないから余計にどうでもいい。

  

 「じゃあ、はい!」


 そして内海の少し子供っぽいような掛け声を聞いたのを確認してから俺の手元にある三つ折りの紙を開いた。

 と言っても事の結末だけさえ知れればいいので俺は右下に赤い字でデカく書かれた数字を確認した。

 その数字は”100”と書かれていた。 

 なんだこれはたまげたなあ……

 こんな偶然があるものなんだな。マジでどんな確立を引けばこんな結末になるのかが知りたい。

 てか内海さんはやけに静かだな。普通なら今頃、何かしらのリアクション芸をしているはずなのに……

 俺はそんな彼女の様子が気になり視線を上にあげてみた。


 「…………フッ」


 そこには何故か笑いを必死にこらえている人の姿があった。なにわろてんねん。

 でも笑うのも無理はないか。そう思うと俺にも笑いの感情が込み上げてきた。


 「な、なあ……」

 「な、なによ……」


 如何にも冷静そうに返事をしてきたが、あのー内海さん?口角が上がっていますよ……?多分俺もそうかもしれないけど。


 「俺達って最強だよな」

 「何言ってんの急に?」


 この発言をしたせいで内海さんの顔から笑みが消えた。正直言って申し訳ねえ……

 でも自分でさえ何言ってるのかは分からない。ただ最強という単語が出てきただけだ。だって、そうだろ……?


 「でもそうかもね。アタシって最強よね」

 「急に自意識過剰にならないでくれます……?」


 あと俺の存在が抜けてる……別にいいけど……

 それにしても……


 「また引き分けかあ……」

 「そうねえ。アンタって結構しぶといわね……」

 「お前が負けず嫌いも相当だぞ。普通なら一つぐらいは妥協してもいいんだぞ?」


 少なくとも内海さんは俺よりも色んな才能があるんだし、結果も残しているからな。そんなことをしたって誰が攻めるんだよ。


 「いや、アタシは今一番妥協したくないのがこれなんですけど……仮にもプロの作家が国語のテストで誰かに負けるなんて尊厳破壊もいい所よ?」

 「そうなのか。その理論なら俺はプロの小説家として食っていけるかな……」


 俺はこう発言すると、内海さんの表情がみるみる内に変化していった。やべ、逆鱗に触れちまったかも……

 しかしそう思ったのは既に手遅れだったらしい。


 「さすがに夢見すぎ。現実はそんなに甘くないからね?」


 やめてくれ内海さん。現実がどうのこうの話は良く効いてしまう……こうなったらもう謝罪するしかない。


 「はい。そうですね。さすがに出しゃばりすぎました……」

 「分かればよろしい」


 素直に謝罪すると内海さんはすぐに機嫌を取り直した。やっぱりコイツってちょろいな……


 「じゃあ勝負の決着はまた次回に持ち越しね……」 

 「そうだな。でも……」

 

 俺はここで一つの疑問が出てきた。

 それは……


 「このままじゃあ多分、永遠に決着つかないぞ」


 今のところ2戦やって2引き分け。普通なら次回で決着はつきそうだが、何故かそんな気が一切してこなかった。


 「言ってくれるわね……余程の自信があるのかしら……?」

 「いや?特に無い」

 「なによそれ!?」


 驚きの顔を見せている内海さんだが、本当に俺でも分からないんだ。

 

 「うーん……強いて言うなら……運命?」

 「えー……それじゃあなんか嫌なんですけど……」


 なんでじゃい。いいじゃないか、運命に導かれた二人とか。まるで物語の世界の人物みたいで俺は良いと思うんだけど……


 「これじゃあ埒が明かないわね。じゃあこの話はここでおしまい。さあ、今日はどこ行く?」

 「切り替え早いな……」

 「むしろもうこっちがメインじゃない?」


 そうかもしれないな。

 気が付いたら本題とおまけが入れ替わっていたな。

 でも俺達はこれでいいのかもしれない。面倒くさくて残念で、どこか不完全で人間臭い。そういう生き方をしていくんだ。いや、そうしないと生きていけない。

 そんな俺達にも未来はある。人が生きていればその数の何倍だのその人の物語が存在する。

 これはその一部分でしかないのかもしれない。偶然すれ違った二つの物語はまだ続いていく。

 もしもそれがいつか終わりを迎えても、きっとそれは人の心で動き続けるだろう。


 「じゃあ行くか。ここじゃない何処かに……」


 少なくとも俺の中では永遠に……

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面倒くさいのは内海さんだけで十分 猛くん @takeshi-kn

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