第30話 本当の理由
結局内海さんがどこへ行きたがっていたのかは分からないまま約束の時間を迎えてしまった。
と言っても今の時間は17時半だ。約束まではまだ30分もある。その間でもゆっくりと考えればいい。分からなかったらそれでもいいや。
などと考えていたら不意にその声は聞こえてきた。
「あれ?随分と早いじゃない?」
「お前こそ早えよ。まだ30p……」
冗談交じりに返事をしながら声の方角へと体を向けてみるとそこには浴衣姿の内海さんが立っていた。
え?なんで?
どうしてその恰好なんだ?と呆然としていると内海さんは少しもじもじしながら俺に聞いてきた。
「ど、どうしたのよ?何か一言ぐらい言いなさいよ……」
「え?あ、いやその……」
ええ!?こんな時はどう答えればいいんだ!?そんな浴衣姿とか急に見せられても何も出てこないぞ。
こういうのは”綺麗だ”とか”可愛いね”とか言うような気がするが、別に俺達そんな関係じゃないしな……。
てかこんな感情素直にいえるか!!!
でも、なにかプラスになるようなことは伝えないと……
そして俺の頭に出てきたいい感じの言葉は……
「似合ってるな……」
これぐらいしか無かった。我ながら酷いもんだと思った。
「……そりゃどうも」
それでも俺の精一杯の言葉は通じたようで内海さんは少し照れくさそうにしていた。
情けない男ですまんな……
「さ、さあ行くわよ!」
「お、おう……」
俺は彼女の言葉に従いその隣に歩いた。
だが二つほど確認したいことがある。それを確かめるために俺は声をかけた。
「う、内海さん、まさか今日行く場所って……」
「もう言わなくてもわかるでしょ?」
「はいそうですね……」
彼女はそうとしか答えなかった。
でもそれで何も気がつかないほど俺は鈍感な人間ではない。
そこで俺はもう一つの確認したいことを聞いた。
「でも、なんで……?」
「なんでって言われてもね……偶然にも今日が花火大会あるって知ってたから……?」
もう一つの確認事項はそんな気まぐれで決まっていたことが判明した。
それで本当に良かったのか?
「それに、アンタ何処でもいいって言ったじゃない」
「そうでしたね、はい……」
そうだった。俺はそう自分で言ったことを今更になって思い出した。
なんか今日の俺、変だな……
そうこうしているうちに、如何にもお祭りと言った雰囲気の場所へとたどり着いた。多分ここなのかな?
そう思いながらも前に進もうとした俺を内海さんは腕を掴んで静止させた。
「あ、待って。こっちよ」
「え?ああ……」
そう言うと内海さんは灯りがともっている方向とは違う場所へと俺を引っ張っていった。
「え?どうしてこっちに……?」
俺は不思議に思いながらも内海さんにそう尋ねた。
「そのうち分かるわよ」
「そうか……」
内海さんは俺にそう言った。
顔は前を向いているせいでどんな表情なのかは見えなかった。
そして俺達は人の流れに逆らいながらも進みつ続け、少し外れた道の階段を上っていった。
「ここよ」
「ここは……?」
こうしてたどり着いた場所はたくさんの屋台とそれに賑わっている人々が見渡せるぐらいの丘の上だった。しかし、この場所そのものは特に何かあるような感じはしなかった。
それでもどこか不思議と気持ちが高揚するような気がした。
「よくこんな場所を知っているな」
俺はそう考えるのと同時にそう言葉を発していた。
「まあね」
内海さんは少し自慢気のような言い方をした。
でも内海さんは何故この場所に来たのだろう。別に花火を見るくらいならばこんな場所までくる必要は無かったのに……
もしかしたら何か違う理由でここに来たとか……?いやでも内海さんのあのいい方的には違うかも……
すると内海さんは俺に対して向き直り、俺の目をじっくりと見て口を開いた。
「じゃあここでアンタに一つ質問」
「ん?」
質問?一体何なのだろう?
俺はどこか軽いものかと最初は思ってはいたが、内海さんのその真剣な眼差しを見たときにはその可能性はなくなった。
「なんでアタシがここに来たのか理由を、アンタは分かる?」
「知るかそんなもん」
俺はその質問に対してそう即答した。
いきなりそんなこと言われたってわかるわけがない。俺は鈍感ではないが、敏感と言った覚えはない。
「いや少しは考えなさいよ……」
内海さんの反応はそれはもう呆れたような表情に変わっていた。
そんなこと言われたって分からないものは分からんよ。
そもそも……
「人の秘めたる思いなんか分かるわけないだろ……」
俺は人の思考が読める超能力者ではない。
「よく言うわよ……その言葉。そのままお返しするわよ……」
「……???」
自信満々にそう答えた内海さんとは相対的に、俺は予期せぬ発言が出て来てしまったので混乱していた。
そのままお返しするってことは俺は過去に内海さんに対して似たような質問をしたことがあるという事なのか……?
「まあそのうち分かるわよ……」
そのうちとは一体あとどれくらいの時間を必要とするんだ?
そう聞こうとした時に、俺は前方から小さな何かの音が聞こえた気がした。
「…………この音は?」
「そろそろかもね……」
そう言うと内海さんは俺の元へと戻っていき、その隣に立った。
そして、空へと一つの線が伸びてゆくその時に、内海さんは小さな声で何かをつぶやいた。
でも、それは何といったのかは盛大に大きな花火の音でかき消されて正確に聞き取れなかった。
「花火なんて久しぶりだな。小学生以来かもしれん……」
俺はそのかき消された言葉を探る意味でそう内海さんに聞こえるように呟いてみた。
「何アンタ。そんなに見ていなかったの?」
でも、内海さんは特に何も言ってないかのような感じの少し優しい声色の返答だった。そして俺はそのことについて聞くのは野暮だと今更ながら感じた。
「ああ……」
俺は自分から聞いた癖に適当にそう返事をした。でも今言ったことは別に嘘ではない。花火なんて久しぶりだ。
それどころかあまりにも久しぶりすぎて俺の記憶の中には花火という景色は微塵も残ってはいなかった。でもどこか懐かしさも感じる。
まるで俺は過去にこの景色に何かを動かされたかのような気がして……
そんな不思議な感情に浸っていると隣から視線を感じた。
視線も何も、この場所には内海さんと俺しかいない。その内海さんは再び真剣な眼差しでこちらを向いてきた。
「じゃあここでもう一度聞くわよ」
「なんだ?」
「なんでアタシはアンタをここに連れてきたのかわかる?」
聞いてきたものは花火が上がる前に言ったものだった。
でも今の俺は即答はしなかった。というかできなかった。
「それは……」
俺は今までの、内海さんと出会った最初の日からの記憶を一日ずつを高速で遡るように頭をフル回転させた。
そして一つの俺なりの答えにたどり着いた。それは……
「ここがお前の好きな景色。そして俺がお前を踏み台にして見れた景色か……?」
俺にはそうとしか考えられなかった。もしそうだとしたら結構皮肉な言い方になってしまう。もう終わらせようとか言った癖にまだ引っ張っているとは思いたくもないが……
そして内海さんは無表情のまま口を開いた。
「残念ハズレ」
そうか。まあ元々当てるつもりはそんなに無かったが……
そうか、違うのか……
「てか、まだそんなこと言ってるの?なんだかんだ言ってアンタだって過去を引っ張るわね」
何故か少し落ち込む俺に対して、こう言った内海さんは可笑しそうに笑っていた。
やはりただの俺の思い込みだったか……
「ああ。そうだな」
「認めちゃったよ……」
内海さんの声は少し呆れが入っていたが、顔はそうとは思えないほどに微笑んでいた。
その表情やめろよ……なんか癖になりそう……
「じゃあ答えって何だよ?」
俺は少し照れ隠しの意味合いも込めてそう聞いた。
「なら教えてあげる……」
どうやら教えてくれるようだ。
それだと最初から俺に質問する意味は果たしてあったのだろうか?
「それはね……」
内海さんはそう言うと俺の顔から目をそらし、顔を上げて空を見上げ始めた。その様子はどこか落ち着いていた。
「それは……?」
俺がそう答えを少し急かすと、内海さんは再び俺の方を見て口を開いた。
「ただ、アタシがここに来たかっただけ……」
「…………はい?」
俺はその答えを聞いてとても困惑した。
だってそれじゃあまるで聞いた意味なんてどこにもないじゃないか。
そんな様子の俺を見た内海さんはもう一度俺に告げた。
「つまり、理由なんて無いのよ」
「……???」
余計に意味が分からん。
じゃあこれは一体どんな理由でこんな行動をとったんだ?
「アンタってそうだよね。どんな事にも理由を付けたがる。何をするにもしてもそう……」
すると内海さんはまるで俺の思考を読んだかのような発言をした。
何だコイツ!?エスパーか!?
「それが普通なんじゃ……」
だってそうだろ?
人の行動には何かしらの意味がある。決して理由の存在しない行動や言動なんてこの世には存在しないはずだ。
「いや、違うわよ」
そして内海さんはその俺の思考、いや俺の中の常識を否定した。そのまま内海さんは喋り続ける。
「自覚がないのならアタシの口から直接言ってあげるわ。アンタは普通じゃないのよ」
何を言われるのかと思ったら、それはもう既に俺の中では心得ているものだった。そんな事はもう知っているよ、と。
「少なくとも普通って言われる人達はそんな事を常に考えないし、何よりも……」
内海さんは少し言葉が喉に引っ掛かったかのような表情を見せた後……
「こんなアタシを誰も受け止めようとしない……」
自分自身を嘆くかのようにそう言葉を発した。
それが、俺とどう関係が……?
「普通はこんな面倒くさい人間なんか、誰も相手をしたくないはず。あまり関わりたいとは思わないはず。でもアンタは違った。そんな一面を見せてしまったアタシを、そんなアタシを助けてくれた」
悲痛そうにそう言った内海さんの心情を俺はあまり理解することできなかった。
だってさ、そんなの普通だろ?少しぐらい面倒くさいだなんて知っていたとしてもそれでその人が、その人が自分の目の前で、自分の知っている範囲で見えてしまったらさ、何とかしようとは思うだろ?
でもそれは普通ではなかったんだろうな……
となれば、俺の言うことはもう一つしかない。
「それが俺が普通ではないという答えか?」
俺は確認の意味を込めてそう彼女に伝えた。
すると内海さんは弱々しくも
「うん……」
と反応した。
「そうか。じゃあいいや」
「え……?」
内海さんは驚きと困惑の二つの感情が混じった反応が返ってきた。
「だからいいよ。俺は普通じゃない。これでいいんだろ?」
俺はもう少し伝わりやすいように、もう迷わないようにという意味を込めてもう一度言ってみた。
今の俺は内海さんから見てどう映っているのかは知らない。ヤケクソっぽく見えているかもしれないし、それかもしくは諦めているかのように見えたかもしれない。
まあ、それもあながち間違っちゃいないけども……
「それは……」
内海さんは少し考えているのか暫くの時間を空けた。そして……
「いや、それでいいや……それがアンタ、いや外木場勇翔っていう人間なのかもね……」
まるで吹っ切れたかのような、そして迷いのない笑顔をした顔を俺に見せてきた。
「そうかもな……」
やっぱりヤケクソっぽかったのかもしれないな。なんか照れくさい……
そして内海さんはその表情のままで……
「じゃあ最後に一つだけ……」
と発した。
「ん?」
まだ何かあるのかと思いながらも、今の俺はもう面倒だなんて気持ちは一切なかった。
「ありがとう。外木場……」
そう内海さんは告げてきた。
俺は何に感謝されているのかが分からなかった。彼女の背中を押したことか?それとも手を差し伸べたのか?
でも、俺は……
「ああ、いいさ。すきなだけ感謝しろ……」
と、面倒くさいどこかの誰かさんがした返しをした。
すると同時に何故か無性に今という時間が楽しくなってきた。それと同時に何故か笑いが込み上げてきた。
「フフフ……」
「はは……」
思わず笑い声が漏れてしまったが、それは彼女も同じらしくここにいる俺以外の漏れた笑い声が聞こえてきた。
そして次の瞬間
「「あはははははは!!!」」
俺達は同時に今までのため込んだ分を開放するかのように噴き出していた。
ああ、もう……
「ホントお前って」
「アンタって本当に」
「「すっごく面倒くさい人間!」」
かつてここまでセリフが一致したことがあるだろうか?いや、ない。
「あー、なんかすっげえスッキリした」
「アタシも。なんでだろうね?」
「そんなの知らねえよ」
「アタシも知らないわよ」
それからというものの、俺達はそんなような言葉をずっと掛け合いながらは花火を見上げていた。
ムードなんてあったもんじゃねえ。こんな面倒くさい人間なんて今後一切関わりたくない。関わっても俺に徳があるとは思えない。
でも、それでも、この時間は、この二人だけの時間は何故かとっても充実していた。
ああ。面倒くさいのはもうコイツだけで十分だ……
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