第29話 感謝されろ

 チャイムが学校に響き渡っている。

 この音はそう、今この瞬間をもって期末テスト期間の終了だ。

 ようやく終わった。こんな開放感があるテストの終わりは初めてだ。それだけ今回は煮詰めてたという事なんだろう。

 別に何かのためにやったわけではないが……

 まあ何はともあれ、これで1学期はほぼ終了みたいなものだ。あとはテストの結果次第だが今回に限ってはその心配はない。本当の自由を手に入れたのだ。

 さて、テスト勉強という呪いから解き放れ、自由を手に入れたので速攻で荷物をまとめて帰ろう。

 そして俺だけの癒しのひと時を過ごそう。

 そう思いながら俺は歩きながら最近ログインすらしていないソシャゲの告知を確認するために、スマホを付けた。

 そんなの確認しても何かをするわけではないが昔の癖みたいなものだ。

 だが、そこに映っていたのはrinelの通知が一つだけだった。それは内海さんからのであり内容は……


 (すぐに帰るんじゃないわよ?せめて校門で待ってなさい)


 というものだった。

 いや別にいいんだけどさ……

 これ送ったの1時間前って表示されているんですが……?

 つまりあれか。俺が速攻で帰るのを阻止するためにわざわざ先に送っておいたのか?そうだとしたらとても素晴らしいな。俺のことがよく分かってらっしゃる。

 まあ今回はテスト勉強に付き合ってくれたんだ。少しぐらい感謝の気持ちを伝えてもいいのかもしれない。

 ……最初に勉強をやらせてきたのはあいつだがな……

 だがそんなことはどうでもいいし、それとこれは別だ。それが恩であることに変わりはない。

 そう考えた俺は素直に校門前で待機した。

 のだが、内海さんはすぐにこの場所へと来た。そして俺の元へと近づくなり口を開けた。


 「アンタって本当に帰るの早いわよね……」


 それ毎回言っているような気がする。


 「まあな」

 「別に褒めてないわよ……」

 「いや、これは褒めてるぞ」

 「え!?そうなの?」


 内海さんは驚いた表情でこちらを見た。そんなに驚くことなのか? 絶対にそんなことは無いと思うんだけど……


 「ああ。なぜなら俺は帰宅部のエースだからな」


 俺は一応彼女に説明をしてやった。

 その説明を聞いた内海さんは少し呆れた表情を浮かべた。


 「あのさあ、多分他の帰宅部の方々も同じようなこと考えているわよ……」


 知ってるよ。

 つまりこれはあれだ、授業中に学校に不審者が侵入してきたのをクラスのよく分からない影の薄い人物がそれらを撃退する妄想の類みたいなものだ。俺みたいな人間なら一度はすることだ。


 「まあ、そんなもんだよ。人間誰しも上に行きたがったり、唯一性を求めて生きているんだよ」

 「急に深そうな話しないでくれる……?会話の緩急がえげつないわよ……」

 「すまんな」


 俺は内海さんに一言謝った。

 そして内海さんはそのまま校門の外へと歩き始めた。それを見た俺も彼女についていくように動き始めた。


 「それで、今日は何をするつもりだ?」


 俺は早速だが、本題みたいなものを聞いてみた。

 しかし内海さんはまるで頭に?を付けたかのような表情を浮かべ……


 「何をって言われてもねえ……ただ帰るだけだけどそれがどうしたの?」

 「あれ?そうだったのか?」


 予想のしない回答が返ってきた俺は少し戸惑ってしまった。

 なんだ?なにか用事があってわざわざ俺を校門に待機させていたんじゃなかったのか?

 そんな様子の俺を見たのか内海さんは少しにやつきながら話しかけてきた。


 「えぇぇ~もしかして何かあるかと思っていたの?」

 

 クソ……妙にムカつく顔をしやがって……

 あとそんなキャラじゃないだろ。

 

 「いや、てっきり俺を呼んだものだから何かあるのかと思ってだな……」


 俺は苦し紛れの言い訳を返してしまった。

 しかしそれは余計なことだったらしく、彼女の攻撃は止まらなかった。


 「え?何それ。勝手に期待しないでくれる?」

 「しとらんわ!」

 「いやガッツリしてたじゃない。じゃあなんで何かあると思ってだな、って言いたのよ!?」


 うぐう……過去の自分の発言を出されたら反論の余地もなくなってしまう。


 「いや、それは、ただ……」

 「ただ……?」


 何かと言い分を考えている俺とは違い、内海さんは楽しそうに俺の発言を待っていた。

 これはどう答えるのが正解なんだ……?

 もういいや。どうせ何言っても意味なんてないし、どうせならストレートに言っちまえばいいや。


 「何ていうかその、待っていたのはお礼みたいのがしたくてだな……」

 「は?何それ?」


 日頃から他人に自分の意見を言うことに慣れていないせいか、もしくはあまりにも突然の事だったせいか、俺の言葉は内海さんには伝わっていないようだった。

 どうしよう、これ以上どう伝えよう……


 「いや、あの、なんか今日はいつもよりなんか開放感みたいのがあってだな……」

 「いや意味わかんないんですけど……」


 内海さんはさらに困惑している顔をしていた。

 もう何が正解なんだよお!?

 と考えていたが、一つの単語が頭によぎった。その言葉は……


 「そうだ。これは日頃の感謝みたいなやつだ。お礼だ、お礼」


 そう、感謝だ。

 これなら伝わるだろう。さて内海さんの反応は……


 「感謝?アタシそんなことしたっけ?」


 ダメだったみたい。

 と思っていたが俺は言葉の主語が抜けていることに気が付いた。


 「一応、試験対策をしてもらったからな……」

 「え?あー、そうゆう事?」


 どうやら伝わったみたいだが、内海さんは何処か他人事のような返事をした。

 そしてしばらく間を置いたのち彼女は少し驚きをみせ……


 「え?そんな事で感謝されてもいいの?」


 確かにそうかもな。でも……


 「それを決めるのは俺だから気にしないでくれ」


 俺はそう言い切った。

 人への感謝の気持ちなんてものは他人が決めるようなものではない。自分で決めるものだ。

 その意図が伝わったのかは知らないが内海さんは納得したかのような仕草をした。


 「言われてみればそうわね。じゃあ有難く感謝しなさい」

 「はい。ありがとうございます」


 よかった。ちゃんと伝わったみたいだ。

 ただその上から目線はちょっとイラつくぞ。


 「でもそうね、せっかくテスト期間も終わったし息抜きの機会としては丁度いいかもね……」


 確かにそうだな。ここ一週間はずっと勉強ばかりしていたし、それよりも前もそれどころではなかったしな。

 ある意味絶好のチャンスかもしれない。


 「候補があるなら言ってみろ。何処でもいいぞ。今回ばかりは奢ってやるぞ」

 「アンタなんか今日変じゃない?そんな奴だったっけ?」


 まあ確かにいつもの俺ならそんなことを言わないし、むしろ奢れとかいいそう。

 だが、今回は違う。今の俺はウキウキのウッキーだ。


 「言っただろ?今日はちょっと開放感みたいなものがあるって」

 「その調子だと財布の中身を全部開放しそうね……」


 本当に全開放しそうだから冗談でもその発言はやめてくれ……

 すると内海さんは何か閃いたような表情を見せた。


 「あっ……」

 「どうした?何か決まったか?」


 さあ何でも言ってみろ。今日の俺は何でもやってやるぞ……


 「そうわね。一つだけ今思いついたわ。でもアンタには教えない」

 「えぇぇ……」


 なんじゃそりゃ。

 これじゃあ俺は何もできないじゃないか……

 そして内海さんは続けるように……


 「今日が何月何日なのかちゃんと考えなさい」


 と言った。

 今日って何日だっけ?多分、今日の日付すら分からないようじゃ何もわからないような気がした。

 一応スマホで確認したところ、今日は7月4日だった。

 うーん、わからない。

 そんな俺の様子を置き去りにし、内海さんは内海さんで何かをボソッと喋っていた。


 「でもそうなると少し時間が空いてるし、こっちも時間が欲しいかも……」


 時間が必要でまだその時間まで余裕があるのか?

 余計にわからん。


 「よし。今日の、いや、今週分の息抜きは決定よ」


 どうやら決定したらしい。それが何なのかが俺には分からないが……

 もしかしたらどさくさに紛れて聞けるかもしれないと思い、内海さんに尋ねてみた。


 「そうか。それならばその詳細を是非とも……」

 「え?まだ分かんないの?さすがにアンタ外のことについて知らなさすぎじゃない……?」

 「すまん……」


 なんか叱られたがどうやら何かの行事かイベントらしい。

 それじゃあ無理だ。俺、そういうものに興味ないから。


 「分からなければもういいわよ。それは後のお楽しみってことにしておきなさい」

 「はい……」


 もうそういう事にしておこう。知らぬが仏だ……

 いや知らなくて恥かいている今の俺はもう仏でも何でもねえ。ただの無知で哀れな劣等生だ。

 などと考えているとあっという間に駅に着いた。


 「じゃあ18時にココに集合ね?くれぐれも遅れないようにね?」

 「おう……」


 そう言い残すと内海さんは駅のホームへと走っていった。

 今日は一体何が起こるというんだ……?

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