第28話 超えるべきは過去の自分
放課後を迎えた。
テスト1週間前になった影響か知らないが、放課後になっても教室は人で賑わっていた。会話の内容的にはテスト範囲がどうだの日程がどうだのといったものが良く耳に入る。
だがそんな様子を差し置き、俺は素早く帰り支度を済ませて帰路に就こうとしていた。
ここにいてもしょうがないし、何よりさっさと家に帰りたいのが本音だ。勿論、勉強なんてしない。
しかしどうにも、最近はこういった願いが叶わなくなってきているらしく、俺に話しかけてきた奴が来た。
「アンタ、この後どうせ暇でしょ?」
「テスト前だぞ?勉強しろよ」
「アンタだけには言われたくないわよ……」
内海さんは呆れながらそう返してきた。
てかまだ教室に人いるのに俺に話しかけてくるの初めてじゃね?今までだったらrinelのメッセージ機能で伝えてきたのに……
……なんかちょっと周りの反応が気になってくるな。
そんなことを気にしている俺をよそに、内海さんは畳みかけてくる。
「で?来るの?来ないの?」
「わかったよ。行きゃいいんだろ……」
俺はどうせ断っても無茶苦茶な理由で下がらないだろうと判断した。実際のところは断る理由は無かったけどな。
「じゃあ行くわよー」
「あ、おい待てよ」
颯爽と教室から出て行こうとする彼女の後ろを、俺は机にかけてあったカバンを急いで手に取った後に追った。
さて、今日は何処へ行くつもりなのだろうか……?
俺は久しぶりの”息抜き”とやらに少し心が躍っていた。
……そう。その場所に着くまでは……
「あの……ここどこですか……?」
俺の目の前には俺の知らないなんかちょっとでかい建物がそびえたっていた。
「何処って言われても、町の図書館ですけど……まさか知らなかったの?」
「はい……」
存在は知っていたけどまさかこんなにデカい建物だとは思ってもみなかったな……つくづく俺は外の世界を知らないのだと実感してしまう。
「ここ、結構いい場所よ?本の数はそれなりにあるし、広いし、何より静かなのが良い所ね」
「ほえー」
なんかいい事聞いたかもしれない。学校からあまり距離は離れていないし、自宅からも行けなくはない場所にある。
今度一人で来てみるか……
「で、ここへ来て何するつもりだ?」
俺は疑問に思っていたことを聞いた。
これだと二人して本でも読むのかと思ってしまう。それ以外に思いつかないし、もしそうだとしてもそれだと彼女の意図がわからない。
「何って、勉強だけど……」
よし、帰るか。
俺は無言のまま踵を返し自宅の方角へと歩き始めようとした。
「ちょっと!?待ちなさいよ!?」
もちろん内海さんは帰すはずもなくそんな俺の腕を掴んで引き留めようとしてきた。
「いやなんで勉強なんだよ!?こんなの聞いてないぞ!?」
「それを言ったらアンタ絶対に来なかったでしょ!?」
確かに!
いやあ内海さんは凄いな。まさに策士だな。
「そもそもなんで勉強なんだよ。別に今日じゃなくてもいいだろ!」
「アンタが勉強しろよって言ったからでしょ!恨むなら過去の自分を恨みなさいよ!」
まじかよ。最低だな、過去の俺。このまま末代まで呪ってやろうかな……
……まあ多分俺がその末代になりそうだけどな。
ふざけるな!これじゃあただ自分自身を呪ってるだけじゃないか!
さ、一人茶番劇もここまでにしといて……
「そうだな。俺は今から過去の自分を恨むことにするよ……」
「別にそんなに真に受けなくても……」
内海さんは少し呆れていたが、俺が図書館へと足を一歩踏み出したのを見た後にその表情は消えて行った。
前々から思っていたんだけど、コイツってちょろいよな……
「いやでかいな」
図書館へと入った最初の感想として出たのは、やはりこの大きさだ。し建物も近未来っぽいデザインをしており、別の世界にいるみたいだ。
そう感心していた俺をよそに、内海さんは慣れているのかどんどんと奥へと進んでいっている。
そして一つの個室へと入るなり内海さんは口を開いた。
「ここなら周りの目も気にならないでしょ?」
「まあ、そうだな」
確かにそうだな。ここなら周りの目もないし誘惑される様なものもない。まさに集中するための空間といってもいい場所だった。
「さあ、無駄口はここまでよ……」
そう言うと内海さんは早速、教科書やらノートやらを机の上に広げ始めた。それにつられてカバンの中を探ろうとしたが、ここで俺は一つ重大なことに気が付いた。
「そういや俺、教材全部学校に置いてきちまった……」
「…………アンタのカバンにはいつも何が入ってるわけ?」
すると内海さんは俺のことを悲しい人間だというかの様な表情を見せた。
やめてくれ。そんな目で俺を見ないでくれ……
「ごめんなさい……」
俺は思わず謝ってしまった。いやこれはさすがに謝らないとダメだろうと頭が勝手に判断した。
「……まあ、他人に教えるのって結構効率いいらしいしアンタ実験台になってくれる?」
「はい……」
他人のことを実験台というのは如何なものかと思ったが今の俺には拒否権がない。俺は素直に内海さんの言う通りの勉強を開始した。
「まず、アンタの苦手教科は?」
「国語以外の全部です」
「それはナシ」
一応事実なんだが……
でもこう言われちゃ仕方がない。確か前回のテストで言ったら……
「じゃあ数学で……」
俺は前回のテストで比較的に点数が低かった教科を選んだ。
まあゆうて誤差なんですけどね。
「じゃあ、1+1は?」
「馬鹿にしてるのか?」
さすがにそれはふざけすぎなのでは?
「さすがに冗談よ。マジなわけないじゃない……」
「しょうがねえな。答えは200だろ?」
「冗談って言ってるでしょ!?しかもなんでテ〇コジの定理で回答してるのよ!?アホなの!?」
よくぞご存じで。って思ったがこれ結構有名なネタだよな。
「それじゃあまずはアンタが今回のテスト範囲の内容をどれだけ知っているかテストね……」
おっとこれはマズイ。
何故なら俺は、テストの範囲すらまだ把握していないんだ。
「待て、先におさらいを……」
「やっても意味ないでしょ」
「……そうですね」
俺は観念することにした。
そしてその結果は言うまでも無いし、その後のテスト対策もそれはもう酷かった。内海さんなんてもう凄い顔をしていた。
でも不思議と辛さは無かった。
「あれ?もうこんな時間?」
内海さんの声に反応した俺は手元にあったスマホで時間を確認した。時刻はもうすぐ19時になろうとしていた。
「なんか時間が経つのが早いな……」
前回テスト勉強をしていた時はもうとっくに疲れていたのに、今はまだ全然余裕と言った感じだ。
「それだけ集中できたってことなんじゃない?いい事だと思うわよ」
「そうだな」
今はとても不思議な気分だ。なんか自分の知らない自分を見ているようだった。
「ま、ここが気に入ったならまた来ればいいじゃない」
「だな」
こうして俺達(と言っても教材は全て内海さん)は片づけを済ませて図書館を後にした。
「じゃ、また明日ね」
「ああ、またな」
こうして俺は彼女の姿が見えなくなるまで見守っていた。
どうせなら駅まで送っていけばいいのにと思ったが、すぐさま出てきた自分の反応は、お前は何様だよと思った。
ほんと、何様なんだろうな……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます