第25話 思い出と共に

 とは言ったものの、その景色を見せるにはまだ時間がかかってしまうことに気が付いた。距離的な意味と時刻的な意味でも。

 でも内海さんはそんなこと知ったこっちゃないからな。どこかでお茶を濁す必要があるな……

 とはいえ場所的にも駅から少し離れてしまうのでなかなか候補が見つからない。

 すると内海さんは後ろから声をかけてきた。


 「で?どこに行くわけ?」


 とうとう痺れを切らしたようで内海さんの口調はやや強めであった。

 確かにあんな大口を叩いた癖にかれこれ数分が経過している。この態度は無理もないか……

 でもせめて時間稼ぎができる場所を……と思っていたところ偶然にもその人物と出会った。


 「おやあ。これはこれは外木場君じゃないか。」

 「熱海のじいさん!?」


 何故ここへと思っていたがよくよく見てみれば俺達は熱海書店の前を通り過ぎようとしていた。


 「ここ最近は随分とご無沙汰だったねえ」

 「す、すいません……最近色々とありまして……」


 こんな状況で会えるとは思わず、なんかたどたどしい返事をしてしまった。


 「それで、そちらの方は一体?」

 「「えっ!?」」


 思わず俺たちは返事がシンクロしてしまった。

 あれ?知らなかったのか?


 「え?えっと、アタ、あ違っ。私、熱海千広です。ご無沙汰してます」


 つかさず内海さんは挨拶をした。


 「ありゃあ、これは失礼いたしました。まさか熱海先生でしたとは……服装がいつもと違いまして分かりませんでしたな……」


 学校帰りでは来たことがなかったんだな。それなら納得だが、人って顔で覚えるものじゃないのか?内海さん別にそんな特徴的な服装ではないはずだが……?


 「ありゃ?つまり先生は外木場君と同じ学校なのですかい?」 

 「え!?まあ、そうですね……」


 今気づいたのじいさん。だいぶ遅くない?

 

 「こりゃあすごい!同い年に既に凄腕の小説家がいるとは外木場君は凄い豪運の持ち主じゃな!」

 「そ、そうですね……」


 今の内海さんとの関係性とか状況だととてもそうとは思えなかったが、さすがにこんなことは他人には言えない。

 でもここで熱海のじいさんに出会えたのは運がいいのかもしれない。書店で時間が潰せるかどうかはだいぶ怪しいがこれはチャンスかもしれない。


 「そういやお二人さんはこれからどこへ行くつもりなんだい?」


 そう聞いてきた熱海のじいさんに俺はどう答えるべきか悩んでいたが、何故か内海さんの方からじいさんに話しかけ始めた。


 「聞いてくださいよおじいちゃん。この人ったら、連れて行ってやるって言ったはいいものの何処に行くかは教えないしそれでもって時間かかりすぎだし……」

 「ま、まあまあ熱海先生。落ち着いてくだされ……」


 さすがに話題にしている本人の目の前で愚痴を聞かされるじいさんの身になれよ。ほら見てみろ、じいさん若干引いてるぞ……


 「こういうのはちゃんとした適切な時間が存在するんじゃよ」

 「そういうものなんですかね……」


 じいさんは何のことを言っているのやら分からんが、俺がその適切な時間を狙っているのは事実だな。


 「熱海先生もありますじゃろ?これはこの時間じゃないと絶対にできない。やったとしてもベストにはならないってものが」

 「そう言われてみればありますね」


 これ、俺完全に蚊帳の外じゃん。俺も仲間に入れてくれよ……


 「それよりも先生。今週は休載になっていましたけどどうなされましたのですか?」

 「え!?そ、それはあの……」

 「…………」


 俺はその理由はなんとなく知っている。

 だけど正直にそんな事言われてもどうしようもない。だからここは嘘はついてないことを言えばいい。

 はずだが、内海さんは答えようとしない。というか答えられないのだろう。やはり変に真面目な所があるせいか……


 「確か最近、体調不良でしたからね……それが原因かもしれません」


 俺は咄嗟のフォローをするつもりでそう言った。これがフォローになるかは内海さん次第だが果たして……


 「まあ、そんなところですね。プロとして面目ないですが……」

 「まあいいんじゃよ。先生も一人の人間。休暇も大切ですじゃよ」


 何とか誤魔化せたらしい。いや事実は言っているからこの言い方は少し変かもしれないが……

 俺は空の様子を見た後ふと気が付き、スマホで時間を確認した。

 ちょっと早い気がするけどもうそろそろかな……


 「すいませんじいさん。そろそろ時間なので俺達はこれで失礼します」

 「え!?」

 「そうかい。また時間があったらおいでな。気を付けてな~」

 

 俺は軽く会釈をした後、内海さんはそれに続くように頭を下げ熱海書店をあとにした。

 そしてしばらく歩いた後、内海さんは不思議そうに俺に尋ねてきた。


 「ねえ、まさか熱海さん家が”その景色”なわけ?」


 俺の最後の会話をちゃんと聞いてたらその質問は来ないと思うのだが……

 それでもちゃんと説明するけどさ。


 「なわないだろ。俺はさっき、時間なのでって言っただろ?」

 「……確かにそうだったわね」


 その言い方を聞く限り、本気でそう言ったわけではないらしい。あくまで確認といった所か……

 内海さんの様子は熱海書店を通る前よりかはだいぶマシになったようだが、それでもかつての彼女とまでとはいかない。

 そして俺たちはそのまま特に会話もなく目的地へと向かった。


 

 


 「ここだ」


 あれから歩くこと約20分。俺達はやけにでかい公園に入っていった。しかし、この辺は発展していった駅前とは違い、住宅街の中にあり本来ならば特筆するような景色が見えるとはお世辞にも言い難い場所だった。

 でも、そんな場所だって誰かにとっては大切な場所なんだ。


 「いやどこよここ?」

 

 内海さんは不思議そうな顔で尋ねてきた。

 それはこの公園を状態を見ればそう言いたくなるかもしれないと思った。

 でかいくせに誰一人としていないし、地面は雑草だらけ。遊具は錆びれてたり使用禁止の張り紙があったり設置してあるベンチは軒並み壊れており、もはや公園と言うには怪しいレベルだった。

 そう、ここはもう何年も前に使われなくなった公園だった。

 そして俺は彼女の質問に答えるがごとく口を開いた。


 「もう誰にも使われなくなった公園だ」 

 「そんなの見ればわかるわよ」


 聞いたのはお前の方だろ。

 でも、伝え方が悪かったのは事実だ。俺の言ったことはこの場を見ればわかりきっている。

 

 「そうだな。言うなればここは思い出の場所だな……」

 

 確か俺が小学生の時ぐらいまでは人がいっぱいいたはずだ。

 でも、3年ほど前にこの場所をたまたま通り過ぎていった頃にはもう既にこの状態になっていた。


 「思い出ねえ……アンタが見せたかったのはコレなの?」

 「まさか……」


 俺はそう答えると公園へと入っていき、内海さんも後を追うように入った。


 「一応、足元気をつけろよ」

 「うん……」


 そして俺は公園の隅にある小さな道とは言えない何かを通っていった。


 「え!?ここ通るの?」

 「ああ……」


 彼女は驚いた様子を見せたが少し考えたような仕草を見せた後、結局ついてきた。それだけの価値があるものだと踏んだのだろう。

 俺はあると思う。だからこの場所へ来たんだ。

 でも正直なことを言うと、俺はここに来るのはここ最近、大体気持ちが病んでしまった時がほとんどだった。だからあまりいい思い出はない。

 だがそれでも、だからこそここは特別なんだ。

 長く細い坂道を登っていく俺の気持ちは今は、いや初めて上った時以来にドキドキしていた。不思議なくらいに……

 そしてついに……


 「ついたぞ」


 俺はそう彼女に言いながら近くにあった少しきれいなベンチに腰を掛けた。

 この場所はさっきまでの辺り一面緑色の世界とは違い、狭くて人によっては窮屈と思えるほどに、まるでこの場所だけを隠すかのよな場所だった。


 「随分と狭いわね……てかここって崖じゃない?」

 「まあ言い換えればそうなるな」

 「何それ!?まさか、その景色って死後の世界ってこと!?」


 何バカげたこと言ってんだこいつは……そんなことするわけないだろ……普通に犯罪だぞ……


 「ンなわけあるか」

 「じゃあどうしてこんな場所に来たのよ!?」


 命の危機を少し感じてしまっているのか彼女はやや怒っているように見えた。

 そして俺はそんな彼女の様子を無視し、スマホで時間を確認した。

 もうそろそろかな……

 そう思った俺はカバンから缶コーヒーを二つ取り出して、一つを隣に空いているベンチに置きながら俺は内海さんに声をかけた。


 「そろそろ時間だぞ。座れよ。そうじゃないと見逃すぞ?その先の景色とやらがな……」

 「…………はあ」


 内海さんは観念したかのような溜息を洩らし、俺のもとへと寄っていった。

 ……この場所に二人で来るなんてだいぶ久しぶりだな。でもあの時とは状況も、一緒にいる人も、そしてその人に対する思いも……

 でもこの場所だけは変わらない。この景色だけは変わらない。

 そう思っている。


 「座れないと見れないぞ?」

 「分かってるわよ……」


 俺が少し急かすように言うと内海さんは俺の隣に腰を下ろした。

 これから見える景色は彼女にはどう映るのだろうか。そして、それをどう捉えるのだろうか。それは人によって様々だ。

 でももし、俺と内海さんの思考が同じなら……

 いや、このことについて考えるのはやめよう。

 これから起きる未来なんて誰にもわかりやしないからな……

 そして、遂にその景色がやって来たのだった。

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