第23話 彼の決意

 こうして家に帰ってきたが、俺はもう心身ともに疲れ切っていた。

 でも無理はないのかもしれない。ここ数日だけであまりに負荷をかけすぎている。膝のケガは再発するし、内海さんとの関係性が最悪になるし、その最悪の関係性を何とかしたいとここ数日はずっとそんなことを考えて、そして行動している。松葉杖での不自由な生活もさらに体に負荷を与えている。

 俺は制服姿のままベットへと体を投げ出した。本来はこんなことをしてはいけないと医者から言われているのだが、こんなことすら考える思考能力が今の俺には無かった。

 ああ。つくづく俺は何もできない人間だな。

 自分の夢も友の夢も、そして新しくできた大切な人のほんの些細な小さな願いすらも叶えさせることができないなんてな……

 俺が悪いで全てがきれいに片付くはずなのに、それすらも出来ない。あまりにも弱く、そして不完全で面倒くさい存在だ。

 その癖、無能のくせにこうやって何もかも深刻に考えてしまう自分が嫌いだ。

 そして、そうやって人間としての”価値”を押し付け、それがなくなった瞬間に裏切る奴も同時に嫌いだ。

 誰もがその”人間らしさ”というものを肯定しない。しているのはその人の一部である”才能”と言われるものだけだ。

 でも彼女は、内海さんは違うように思えた。あんな人間不信みたいな状態だった俺を見ていた。

 もしかしたらそれも俺の”才能”に惹かれて接触してきたのは間違いないはずだが、決闘の後の日々。いやその毎日が俺にとって楽しかった思い出になっていった。

 そんな毎日を俺が壊してしまった。それどころか彼女を取り巻く環境一帯を全て破壊してしまったんだ。

 そんな俺が今更、他人を救うとかなんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。所詮俺なんてこんなものか……

 などと思っていたら突然携帯が鳴った。

 その相手は歩だった。

 不思議に思いながら俺はその電話に出た。


 「もしもし、どうした?」

 「どうしたじゃねえよ。お前俺のメッセージ見たのか?」


 メッセージ?

 俺はすぐさまrinelのトーク画面を確認した。

 そこには300件にあたるメッセージ、と言っても恐らくほとんどがスタンプだろうと思われるものが目に映った。


 「すまん。見てない……」

 「やっぱりか……」


 にしてもスタ連しすぎだろ。これじゃあ要件が分からない……


 「だから電話で聞こうと思ってな」

 「そうだったのか。すまんな……」


 正直俺はそれどころではなかったからな。ただ、事情が知らない歩から見ればこれはただの未読無視だ。


 「お前……いろいろと自分だけで背負いすぎなんじゃねえのか?」

 「……?どういうことだ?」


 急にそんなことを言われたので少し動揺してしまった。まるで歩は何かに気づいているようで少し怖かった。

 

 「いや、ここ最近。ていうか先々週の土曜日ぐらいかな?からずっとさ、お前が一人の時にさ、ずっと深刻そうな顔をしていてさ。気になってしょうがねえんだよ」


 先々週は最近なのかという疑問があるが、問題はそこじゃない。


 「お前、俺の何を見ていた?」

 「なにと言われてもな……ただ急にぼそぼそと何かを言い始めたり、頭を抱えたりして挙句の果てには死にそうな眼をしていてな……」


 俺そんなことをしていたのか。完全に無意識だった……


 「最初の内はな、勇翔の事だからすぐにそういうのはなくなると思っていたが、さすがに期間が長すぎるなと思ってな……」

 「それでこうやって電話をしてきたのか……」


 てか俺の事だからってなんだよ。お前はどれだけ俺のことを信用しているんだよ?そんな強い人間じゃないぞ?


 「それでどうしたんだよ、お前?何かあったら俺に言えって言っただろ?」

 「いやそれは……」


 さすがに言えない。

 これは俺の中で、俺が解決しなくちゃいけないんだ……


 「そうか。言えないか」


 電話越しの歩の声には残念がる様子が聞き取れた。


 「お前、3年前もこうやって一人で全部抱えちまったんじゃないのか?」

 「!?」


 歩のその発言はまさに図星だった。

 あの時も俺は全てを一人で解決しようとしていた。

 

 「お前は何か勘違いしているぞ。俺はもう俺自身を、何よりも勇翔にはもうあんな目にあって欲しくないから俺は今こうして電話をしているんだぞ?」


 わかってる。わかってるさ……

 でも、それでも……


 「お前には……関係……ない……」


 そう口では言ったものの、既に歩はこの事態に巻き込まれた関係ある人物であることは分かっていた。

 それでもそう言った理由は、ただこいつをこんなことに巻き込みたくないという申し訳程度の俺の善意だった。


 「お前、やっぱり体育祭とその後になんかあっただろ」

 「……」


 答えられない。答えたくない。これを言ってしまえばもう歩は無関係だなんて言えなくなってしまう。

 もういい加減引いてくれよ……

 しばらくの沈黙の後、歩は話し始めた。


 「じゃあ一つだけ答えてくれ。勇翔は体育祭の時、何故あの判断をしたんだ?お前にはあの時にいったい何が見えたんだ?」


 見えた、か……

 俺はその言葉のままにあの時の自分のことを振り返ってみた。

 だがそれは、そこにあるものは……


 「分からない……俺にもよく分からないんだ……」


 別に見えていないわけではなかった。

 ただ、それは、その景色は俺の知らない世界であった。俺の知らない世界の俺の知らない俺がいた。そんな気がして……


 「じゃあ区切りをつけなきゃな……」

 「区切り……?」

 「ああ」


 思わず困惑した声を漏らしてしまった俺に、歩は説明するかのように話し始めた。


 「お前があの時何を感じ、何を思ったのかは知ったこっちゃないがお前は……お前とその相手に対しての一つのケジメが必要なんじゃないか?」

 「ケジメ……」


 その言葉は何故かとても俺の中で不思議なくらいとてもしっくりと来た。まるでどこかで聞いたことがあるかのように思えて…… 


 「そうだ。ケジメと……あとは証明か……」

 「ケジメと証明……」


 いやまてよ……

 なんかその発言聞き覚えがあるな……

 そしてその瞬間、俺はその発言の正体に気が付いた。

 俺は馬鹿だ。大馬鹿者だ。こんなことにすら気が付かなかったなんて……

 そうだった。俺は今の内海さんを昔の自分と重ねてしまっていたんだ。  

 責任を全て自分だけで背負った挙句、自分自身が壊れ、そして身の回りの関係も壊れて行ったあの時の自分と。

 そうだ。これは内海さんの物語であって俺の物語ではない。

 そう考えた俺にはわずかにあった迷いと言うものは無かった。

 

 「ありがとう歩。やってみるよ……」


 ああそうだったんだ。俺は良い友を持った幸せ者だ。

 そんな友のため、自信の誇りのため、そして何よりもアイツのために……やってやろう。

 その心はあの病室で放ったあの時よりも清々しく、そして笑えてしまった。

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