第22話 迷子の子猫

 そして放課後を迎えた。

 俺は帰りのホームルームが終わった瞬間に教室を飛び出し、屋上へと向かった。

 別にこんなに早く行く必要性は無かったが、それでも今のままが嫌だったので足早で向かった。

 屋上につくもまだ誰もいるはずがなく、そこにはただ殺風景な光景が広がっていた。

 そして俺はその奥の方へと向かい腰を下ろした。

 こうやってみるとなんだか懐かしく思えるな。最初にあいつと出会ってからまだ二ヶ月もたっていないはずだけどな。

 今思えばアレはいいきっかけだったのかもしれない……

 そんな風に過去の記憶に浸っていると、屋上の扉が開いた。

 この屋上に来る奴は決まっている。


 「……何でこんなところにいるの?」


 屋上にやって来た内海さんは開口一番の言葉はこれだった。

 その言葉にはまるで早くどっかに行けとでも言いたそうな感じだった。


 「ここに居たら、悪いのか?」

 「…………別に」


 彼女はそうとしか言わなかった。でもまだなにか言いたそうな顔はしていた。

 

 「そもそも、何で怪我人がここにいるのよ?しかも松葉杖ついてるのに……どうやって屋上に来たの?」

 「普通に上った」

 「アンタね……」


 内海さんは呆れ、というより怒り交じりの反応の返した。

 それは何に対する怒りなんだ?


 「なんでそんなことをしてまでここに来るのよ?アンタは今……」

 「普通じゃないとでも言いたいのか?」


 俺は内海さんの言葉を遮りながら言った。我ながら展開が無理やりすぎる気がした。

 だがそんなことは言っていられない。俺はそのまま言葉をつなげた。


 「確かにそうかもな。俺はもう満足に走れないし、お前の存在を踏み台にした人間だしな……」

 「アンタ……!それ………!」


 過去の発言、いや過去の自分の発言を使ったせいなのか内海さんは更に怒りを露わにした。


 「でも、お前は……どうなんだ?」

 「え……」


 彼女は俺の発言に動揺したらしく、目を見開いている。まるで意味が分からないと訴えているかのような目をしていた。


 「今のお前は……今までと見比べて、それが第三者から見て普通だと言い切れるのか……?」

 「それは……」


 俺の言葉を聞いた内海さんはそう言いながら視線をあちこちへと動かしていた。まるで必死に答えを探すかのように……

 そしてその答えが見つかったのかは知らないが再び俺の方へと視線を向けた。


 「そんなの、アンタには分からないでしょ!?アタシが今までどんなことをしてきて、それが普通かどうかなんて……」

 「俺は”第三者から見て”と言ったんだ。主観なんか関係ない」

 「…………」


 彼女は黙ってしまった。

 それも無理はないのかもしれない。今彼女が発言したことはこの前、俺に向かって発した事だ。もしそれを覚えているのならこの言葉には矛盾が生じるから……


 「もう一度言う。今のお前は本当に”普通”なのか?」

 「そんなの……」


 彼女は一呼吸を置いてから。口を開いた。


 「…………わからないわよ。自分が周りからどう見られているなんて………」

 「そうか……」


 ああ、やはりか。

 でも当たり前なのかもしれない。普段ならともかく、今の彼女の目には行く先の道が見えていないのか。まるで迷子のように………


 「なら、俺が教えてやる。いや、俺が代わりに伝えてやる」

 「代わり………?」


 そう、これは代わりだ。でもこれは俺個人の意見や感想などではない。確かに少しはそう言ったものが入っている気がしなくもないが、それでもこれは第三者から聞いたものだ。

 そう自分に言い聞かせながら口を開いた。


 「お前は、普通じゃない……」

 「………!?」


 彼女は驚いた様子を見せたが俺の口は止まらない。


 「仕事をほっぽらかして、連絡もしないでそのままで、友達の事なんて関係ないの一言で蹴飛ばして、それがお前の普通なのか?」

 「アンタ……それどこで……」

 「お前の仕事について知っているやつと、お前と学校を共にしているやつらからだ。この人達が誰だかはもう分かっているよな?」


 さすがにそこまで言われて気づかないほど、彼女が鈍感な人間でないことを祈った。

 でもその心配は必要ないみたいだった。


 「なんで……なんでそれをアンタが……なんで皆のことを……」

 「俺の言っていることが信用できないか?なら本人達に聞いて来いよ……」

 「……じゃあ聞いてくる」


 そうすると内海さんは屋上から去ろうと俺に背を向けた。でもそれと同時にふと思った。

 彼女は本当に理解しているのだろうか?

 そう思った時、自然と口と体が動いた。


 「待てよ。行っても本当に今のお前に理解できるのか?」

 「なによ……アンタが聞いて来いって言ったんでしょ?」

 「ああ、言ったな。でも……」


 何故俺は内海さんを引き留めたのかは分からない。そこに明確な理由なんて今の俺には分からなかった。

 でも、最後に一つだけ聞きたいことが残っていたのは事実だ。

 

 「なんでお前は泣いたんだ?」

 「……は?」


 これを本人に直接聞いたのは間違いだったのかもしれない。でもこんなこと、人の感情は本人にしか分からないと同時に思った。


 「いや、ただそう思っただけだ。俺がぶっ倒れたあの日の涙とお前が教室で流した涙は何のためで誰に対してなんだ……?」

 「……」


 内海さんは何も言わずにその場で立ち尽くしていた。顔は扉の方を向いててどういったことを考えているのかは分からない。

 

 「言い方を変えよう。お前のその”怒り”は一体誰に向けたものだ?」

 「……!!!」


 そう言うと彼女は物凄い剣幕で俺に近寄ってきた。その顔には涙があったのは俺は見逃さなかった。

 そして俺の方を指さしてこういった。


 「アンタ以外に誰がいるのよ!!!」


 そうなんだよ。

 確かにそうなんだよ。

 俺もそう思っていたんだよ。

 あの時からこの瞬間まではな……

 でも、その顔を見てしまったらそうとは言い切れない自分がいた。

 俺はそんなバカげたことを考えながらも一つの返答が頭に思い浮かんだ。


 「じゃあ……」


 俺は言葉を自身の中で反芻しながら……


 「なんで今、お前は泣いているんだ……?」

 「え……?」


 俺の発言を聞いた内海さんは何故か驚いた表情を見せた。まるで自分が泣いているのを知らないみたいな反応は見ていた俺でさえも少し引いてしまった。


 「なんで……なの……?」 


 次々とあふれ出てくる涙に俺はもちろんのこと、なにより彼女自身が一番困惑しているように見えた。


 「なんで……アタシ……泣いてるの?」


 俺は今”人間として危ない状態”の内海さんを見てしまっているんだ。 

 彼女はいまだにあの日のことが、あの時の光景がフラッシュバックしているのか?

 そうなのだとしたら、内海さんはあまりにも素直すぎる。多分、世界で一番自分自身に嘘がつけないんだ。

 俺は今、内海千尋という人間の不完全な部分を見てしまったのだ。なんでもできる完璧超人なんてこの世に存在しないんだ……

 そんな彼女に何か言葉をかけたいと思っていたが、何も思い浮かばないし、たとえどんな言葉や行動も通じないだろう。

 こうなった原因が俺にある以上は……

 ああ……結局何もできない自分にイライラする……

 こうして悩んだ末に俺は……

 

 「じゃあ、今すぐに答えなくていい」

 「……?」


 主語が抜けていたせいで言葉が通じていない様子だった。


 「お前の思う普通と、今のお前の感情をしっかり考えろ。そして全部俺にぶつけて”踏み台”にしろ」

 「そ、それって……!?」


 何かを言いたそうにしていた彼女を無視し、その横を通り過ぎる時に俺は口を開いた。


 「考えがまとまったら放課後にココに来い。これは約束の証みたいなものだと思ってくれ」


 そう言いながら俺はポケットからハンカチを取り出し彼女に渡した。


 「待ってるぞ……」


 そう彼女に伝えて俺は屋上から出て行った。

 いろいろ言い過ぎてしまったか?

 俺の言葉が彼女にどうとらえたかは知らないが、最後のは余計だったかもしれない。

 ただ、どちらにせよ今の彼女の状態では話は進まないだろうと思いこの判断に至ったわけだが、これであっているのだろうか?

 迷っているのは内海さんだけではなく俺もかもしれない。

 俺はそのまま自宅へと直帰した。

 このやるせない気持ちを抱えたままで……

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