第20話 空白の日々

 それからの日々と言うのはまさに空白と言うのにふさわしかった。

 あの日から内海さんは俺のところへ来ることは一度もなかった。

 何度もメッセージを送ったり電話をかけてみたりしたがうんともすんとも言わなかった。

 本来ならば俺が何が何でも彼女のもとへと向かうべきだったが今の俺の体ではそれすらできなかった。

 四日が経った頃にはもう俺も何もしなくなっていき、ただリハビリの毎日を送っていった。

 そんな退院まで明日と迫った土曜日の朝、俺のもとへ意外な来客が現れた。


 「やあ、元気かい?」

 「粟島先輩……?」


 何故あなたが……?

 いや、そうじゃない。


 「どうしてこの場所を……?」


 俺は驚きを隠せなかった。


 「そんなに驚くことかな?君と親しいらしい千葉歩君に聞いたんだ……」

 「ああ、歩か……」


 それなら納得だ。あいつならこの場所を知っている。

 でも何故、粟島先輩が歩のことを知っているんだ?あと何故このタイミングで来たのだろう?

 すると先輩は俺の足をチラ見した。


 「それで、足の調子はどうだい?」

 「え?まあ、それなりですかね……」

 「良くは……ないのか」

 「そうですね……」


 なにせ過去にやらかした場所だ。しかも前回よりも回復が遅いと俺自身がそう感じている。

 

 「でも日常生活に支障はないって言われたんで大丈夫ですよ」

 「そうか、なら一安心だな……」


 あまり気持ちはこもってなさそうだったが、別に俺はこの人と面識そんなにないからこれぐらいでいいのではと思った。

 だとすれば、この人がここへ来た理由はいったい……?


 「さあ前置きはもう終わりにしようか。ここからが本題だ」

 「ですよね……」


 すると先輩は俺に対して正面になるように向き直し真剣な眼差しでこちらを見てきた。

 今度は一体、どんな厄介ごとが起きるんだ……


 「ここ最近、どうも内海さんの様子がおかしくてな。しかもその時期的には丁度、体育祭の日だ。だから君に何か心当たりがあるかと思い、ここへ来たのだが……どうだ?」


 心当たりねえ……

 正直な話、めちゃくちゃある。

 にしても内海さんの様子がおかしいとはどうゆう事なのだろう?俺はその状態の彼女の様子を知らないから何とも言えん。まずはそこからかな。

 できればその心当たりとやらは隠し通せてばいいのだが……


 「様子がおかしいとは一体……?」

 「その言い方だと、今の君には有るというんだな?」

 

 やはりこれを隠し通すのは無理があるか?

 本来ならばこんなリスキーな選択を取りたくはないが、今の俺と内海さんの関係では直接聞くのは無理だろう。

 とならば、もう道は一つしかない……

 

 「なら、等価交換と行きましょう。先輩がその詳細を喋ってくれるなら、今のその心当たりとやらを教えます」

 「ほう。なら乗らせてもらおう。これは私の、いや私達の仕事にも関係してきているからな……」


 私”達”の仕事と来たか。

 これは相当な事態とみてもいいか……


 「ではお話ししよう……」


 そうして先輩は過去について話し始めた。一体俺の知らないところで何が起こっていたのかを……


 「先ほども言った通り、最初の異変を感じたのが体育祭当日。そして君がちょうど倒れこんだ時だ」


 え?そこからなの?


 「君がどこまであの時の事を覚えて、どこまで見たのかは知らないが、あのときの内海さんは顔はそれはもう現実が受け入れられないような顔をしていたな。まあ無理はないだろう。突然目の前の男が痛みに叫びながらその場で崩れていく様を見てしまってはな……」


 そこは俺も微かに覚えている。


 「でも、そこからがおかしかったんだ。君がもがき苦しんでいる中、彼女は何をしたと思う?」

 「え……」


 そこからは俺の知らない場所だ。


 「いや……そこからの記憶はないです……」

 「まあ無理はないだろう。なにせ、君のあんな悲鳴はそうそう聞くようなレベルではなかったんだぞ?そこからはもう生徒も教師も大慌て。まさに阿鼻叫喚としていた。まさに地獄だった……」


 俺はその言葉を聞いてあの時、周りの状態は、その状況がどうなっていたのかが少し見えてしまった。

 

 「話を戻そう。その時、内海さんはな……」


 内海さんは?


 「……泣いていたんだ。しかもあの場でずっと、”アタシのせいで”ってずっと呟いていたんだ……そう……とんでもない事をしてしまったかのように、まるで人を殺してしまったかのように見える程に……」


 俺はそれを聞いた瞬間、自分自身に絶望した。


 「信じられないかもしれないが本当にそうだったんだ。ただその場で泣き崩れ、自分を痛みつけるようにそう呟きながら……思い出しただけで胸が痛む……」


 何故か俺はその姿を想像できてしまった。

 いや、実際はもっと悲惨だったんだろう。先輩の顔がまるでそれを物語っている。


 「そして君が緊急搬送された後もずっと泣いていた。私はそんな様子が心配で放課後になりすぐに君達の教室へと向かったが、そこには既に彼女の姿は無くなっていてね。その後何処へ行ったかも誰も分からずじまい。電話をしてもその日はでてくれなかった。」


 そうだったのか。


 「そして翌日。その日は担当者と交えてミーティングの予定が昼頃からあったんだが……」


 だが……?


 「その日、彼女は現れなかった」


 そうか……いや納得をしてはいけない。

 あれ?翌日って確か土曜日だよね……?


 「私も担当者も、彼女が仕事を投げ出して行方を晦ますとは思ってもいなくてね。ただ、連絡しても”ごめんなさい”としか返ってこなくてね……細かい原因が当時は分からないままもやもやとした休日を過ごしたな……」


 俺も思っていなかった。内海さんのは結構責任感は強い方だと思っていたのに……

 てか先輩も結構内海さんのことを心配してるんだな。

 まあこの場合だと二人が一緒じゃないと仕事が成立しないからか……?


 「そして月曜日。私はもしかしてと思い、朝早くから登校して君達の教室をのぞいてみたんだ。そしたら内海さんは居たんだ……ただ……」


 ただ、なんだ?


 「彼女は席に座りながらどこか遠くを見ながら泣いていた……それもその日だけじゃない。その明日も明後日もそして先週はずっと……」

 「え……なんで……」

 「それも私は分からない。ただあんな内海さんを見たのも初めて……いや、一週間もそんな状態が続いてしまっていたんだ……」


 それって結構ヤバくないか?いや本当にシャレにならない。


 「それだけには止まらない。本来ならば既に出来上がっているはずの原稿どころかそんな話すら出てこない。もうすぐ締め切り僅かだというのに……いくら何でもおかしすぎる……」

 

 そうか。

 俺が全部悪いのか。

 俺が全ての歯車を狂わせてしまったのか……

 俺が善意だと思い、自分自身を犠牲にして出てきた答えがこの始末か……

 俺はまた取り返しのつかないことをしてしまったのか……


 「私が分かるのはここまでだ。すまないな、ロクに結論がついてなくて」

 「いえ。大丈夫です……では約束通り、俺の知っていることをすべて話します」

 「ああ。頼む……」


 そして俺はあの日のこと、そしてそれに繋がる俺の過去と今の状態について話した。

 正直話している時、生きている心地がしなかった。


 「そうか……君達の間にそんなことが……」

 「俺からはこれぐらいです」


 先輩は半分驚き、半分納得といった顔だった。


 「でも、確かにこれらのインパクトは強いが証拠としてはまだ弱いか……?」


 本当にそうか?

 俺の中ではもう十分と言っていいほどに強烈な出来事だぞ?むしろトドメまでさしていると思うのだが。

 と思っていた次の時、ノックの音が聞こえてきた。

 なんだ?このタイミングで?


 「ごめんなさい先輩、一旦いいですか?どうぞー」


 そして、俺の病室へやって来たのは3人の女子だった。


 「「「失礼します……」」」


 誰?と思ったが、俺はすぐにこの人たちが誰なのかが理解できた。


 「まさか、内海さんの友達の……」

 「え?は、はいそうです……ってなんでこんなところに粟島先輩が?」


 俺は想定のしていない来客に少し焦っていた。

 何故ここへ?というのもあるが……


 「えーっと、その私達……」

 「最近千尋ちゃんの様子がおかしくて……」

 「それで、あ、あの、ごめんなさい。私、体育祭の朝のこと、二人に話して、それであの……」

 

 なんて友達思いのいい人たちなんだ……あいつは人脈に恵まれているな。俺を除いて……

 ……え?あのこと喋っちゃったの?

 だがそんなことはどうでもいい。

 今ここには……


 「そうか。なら丁度いい。彼には”気がかり”がちゃんとあるみたいだぞ?」

 「先輩!?何言ってるんですか!?」

 

 俺が言葉を発しようとしたら、先に先輩の方が口を開いた。

 何余計なことを言ってんだよおおお!


 「え?本当ですか?それなら早く説明して!」


 友達の一人がこちらに詰め寄ってくる。

 だが、これは絶好のチャンスかもしれない。


 「分かった。話そう。その代わり、教室での内海さんの様子も教えてくれないか?」

 「それならいいけど……」


 そして俺は三人に先輩と同じ内容を説明した。

 三人の反応はそれぞれだった。

 一人は無、一人は怒り、もう一人は悲しみだった。


 「え?ってことは外木場君ってもう満足に走れないの?」

 「ああ。体育祭みたいのはもう一生無理だ」

 「そんな……」


 そんな哀れな目で見ないでくれ。その目は俺が3年前にとても嫌いなってしまった感情だ。

 今はもう昔ほどではないけど……

 それより今は……


 「で、教室の内海さんの様子は?」

 

 俺は焦りながらも彼女たちにそう聞くと帰ってきた答えは……


 「様子もないもないよ。もうここずっと死にそうな顔してたよ」

 「まるで本当に死にたがっている様でとても心配になるくらいに……」

 「ちーちゃん、ずっとなにかブツブツ呟いていたよ……?怖いよ……」

 「そうか……」


 やはりそうか。

 今の内海さんはもう、友達の前でさえ見せかけの顔すら出来なくなってきているのか……

 そこで友達の一人が口を開いた。


 「じゃあうちらから最後の質問」

 「なんだ?」


 いったい何だろう?


 「千尋のrinelに入っている”ハヤト”ってのはお前か?」

 「ああそうだが……」

 「やっぱりそうか……」


 彼女達は何かを確信したかのように俺を見た。


 「え?それが何か関係が……?」

 「いーや。ただお前からメッセが来るたびにスマホに向けて謝り続けていてな……」


 そんなことが起きていたのか。

 ならばこれはもう……


 「全ての発端はやはり俺か……」

 「そゆこと」

 

 やはりそうか。

 それなら……


 「先輩。これなら立派な”証拠”になりますよね?」

 「残念ながらそうなるな」


 よし。これなら……


 「分かった。皆、ありがとうございます。ケジメは全部、俺の手でつけさせてもらいます」

 「おー。結構男らしいな……」

 「ケジメってなんかヤクザみたい……」

 「お前が始めた物語だろ!」


 なんかあまり好評ではなかったようだ。

 だがこれでいい。

 これは俺が今まで向き合ってきた過去との戦いではない。

 俺が、いや違うな。

 これはかつての内海さん取り戻すための戦いだ。

 確かに今の俺はもう全力で走れない。それでも俺は……

 

 「もう、同じ過ちは犯さない……同じ未来を見させたりしない……」


 そう心に決めた。

 だが、そうは言ったものの今の俺にできることなんて何もなかった。

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