第19話 罪の意識

 「お邪魔します……」


 翌日、朝一番で現れたのは内海さんだった。

 でも、その顔はとても思いつめた顔をしており、彼女は俺の右足を見ると不意に顔をそらした。


 「よう……」


 正直俺は彼女にどんな言葉をかければいいかが分からない。

 でもお前のせいだとは思ってないという事だけは伝えたかった。この結果は自業自得だということを……


 「こんな朝早くから来るなんて早いな」

 「そんなことはもう慣れっこよ……」


 どこか気まずい雰囲気が病室内を駆け巡る。3年前と同じように……


 「それより、体育祭はどうなった?昨日歩から聞きそびれてな……」


 俺はこの重い空気を何とかしたいと思い体育祭についての質問をした。だがそれが間違いだと気づいてしまった。


 「どうもこうもないわよ。アンタがぶっ倒れて学校全体がお通夜ムードよ」

 「そうだったのか……」


 ダメだな。

 今のところ悉く全てが悪い方角へと向かっている気がする。

 

 「それよりアンタ……足は……」


 内海さんは恐る恐ると俺の足について聞いてきた。


 「ん?ああ。一週間は入院することになったが、日常生活に弊害は無いぞ」

 「そう……」


 俺は彼女を安心させるような言葉を言ったはずだが、それでもその顔は暗いままだった。

 何故なんだ?俺は何の支障もない日常生活を送れるんだぞ?

 しかもまだ、俺は自分の過去の全てと現状を全て彼女に話したわけではないというのに………


 「どうした?なんか元気ないな?まだ眠いのか?」

 

 俺はその場を和ませようと言葉を振り絞ってみた。

 しかしその言葉はあまりにも無意味なものだった。


 「そんなんじゃないわよ………」


 内海さんはどこか怒りを見せるような返事をした。

 何故なんだ……一体どうしたらいいんだ……


 「じゃあなんなんだ?俺はいたって平気で……」

 「平気な人だったらこんなところにいないわよ!!!」


 内海さんはついに怒りを露わにした。

 だが彼女の言い分はごもっともである。

 俺は今、体に欠損があるから入院をしているわけだ。しかも当時、その光景を一番近くで見ていた彼女だからこそ言えたようなものもあるが……

 

 「でも、本当に大丈夫なんだ。退院すればまたいつも通りの日常に……」

 「全力で走れない日々が”日常”って言うの?」

 「………」


 俺はその言葉に何も返せなかった。

 だってあまりにもその通り過ぎる………

 

 「ごめん………」


 俺は条件反射で謝ってしまった。

 だがこの選択は一番してはいけないことに今更気づいた。


 「何でアンタが謝るの!?まるでアタシが悪いみたいじゃない!」


 内海さんは更にその感情を爆発させた。


 「いや、そんなつもりじゃ……」

 「いいやそうでしょ!?アンタは優しいからアタシの言うことを素直に聞いたんでしょ?違うの?」

 

 俺が……優しい……?

 こいつは何を言っているんだ?

 

 「お前は何か勘違いしているぞ」

 「え……?」


 予想外の返事だったのか内海さんは少し困惑していた。


 「俺はお前に優しくしたつもりは無い。あと、そうだとしても俺は最悪こうなることを見越していた。それを伝えてないのは俺が悪い事だ」


 そうだ。これは予測できたことなんだ。ただそれを知っていたのは俺自身と歩だけだったんだ。

 ただそれだけなんだ……


 「何よソレ………」


 それを聞いた内海さんは再びあの表情を見せ始めた。


 「じゃあ何?アタシの小さな望みのせいでアンタの夢が完全に消え去ったってわけ!?」

 「お前……何を………」


 俺の夢?なんでそれをお前が知って……

 まさかコイツ………!


 「お前!まさか昨日の夜………!」

 「そうわよ!そのまさかよ!」


 なんてこった。まさか昨日の会話を聞かれていたなんて………

 しかも寄りのも寄って内海さんに………

 これは相当マズイ。これじゃあ俺が今まで言っていたことが半分嘘だとばれてしまっている。

 

 「アタシ、昨日まで何も知らなかった……アンタが凄いヤツだったなんて……凄く苦労してきた奴だったなんて………」


 知らなくて当然である。これはもう誰にも言わないと約束した話題だったから。

 ……一生秘密にするはずだったから……


 「昨日のことを聞いていたならわかってるだろ。あの時の俺の足はもうボロボロだったんだぞ。そんな状態で今更プロのスポーツ選手だなんて……」

 「でもアンタが走っているときの顔、すごく楽しそうだったわよ………」


 そう言われた俺は何も言い返すことができなかった。それは確かな事実であったからこそ、俺はあの時の感情に嘘をつくことができなかった。


 「そうか、そう見えか……」

 「うん……」

 「でも、本当にもうそれは諦めていたんだ……」

 「……昨日あんなに泣いていたくせに?」


 そこまで聞かれていたのか。男としてのプライドが……

 でもあれは違う。あれは悔しさとかそういったものではない。そう言い切れる。


 「それとこれは別だ。あれは俺と歩の最後のケジメみたいなやつだ……」

 「……そう」


 彼女は何かを理解したかのように返事をし、椅子から立ち上がった。しかし、彼女の目はまるで冷え切っているような気がした。


 「つまりアンタは、アタシをそのケジメをつける”踏み台”にしたってわけね」

 「………は?」


 何を……言っているんだ?

 踏み台?何をバカげたことを………

 そんな呆気に取られている俺をよそに彼女は言葉を続ける。


 「何?違うの?なら証明してみなさいよ。今ここで」


 すると彼女は俺をまるでゴミを見るかのような目つきで睨んできた。

 こいつ、本当に……

 だがそう考えてもおかしくはなかった。経緯だけを見ればよく分かる。

 ただ、それは本当に偶然なんだ。運命レベルで俺の過去と今がつながってしまっただけなんだ。

 でもこんなことを言っても彼女は理解してくれないだろう。俺が逆の立場なら、何言ってんだこいつで終わってしまう。

 俺はどうすればいいんだ……


 「何も言わないってことはそういう事でいいのよね?」

 「!?」

 

 その瞬間、彼女は椅子から立ち上がった。まるでここから出ていくかのような素振りを見せて……

 とっさに俺は立ち上がろうとしたが……


 「イッ……!?」


 まだ膝の痛みは治っていないようで俺の足に激痛が走った。これではまだまともに歩けないどころか立つことすら危うい。

 でもそんな俺の様子など気にもせずに彼女は出入り口の扉へと向かっていく。

 

 「じゃあね……」

 「ま、待ってく……」


 そう言うと彼女は少し哀れむような表情で病室から出て行った。


 ……

 ………

 …………


 「クソが!」

 

 俺はしばらく呆然と扉を眺めた後、怒りのあまり壁を殴りつけた。あまりの自分の弱さにうんざりしてしまったからだ。

 俺は……また……間違ってしまったのか……。もう二度とあんな目に会わないようにと思っていたのに……そう自分に誓ったはずなのに……

 俺は何を間違ってしまったんだ?

 これじゃあ3年前と同じだ……

 

 「外木場さん!?大丈夫ですか!?落ち着いてください!!」


 その後、俺は音に駆け付けた先生に取り押さえられた。

 だが、そのときの俺はもう動く気力すらなかった。

 今の俺は過去に対するケジメ、夢、そして今を生きる希望すら無くなってしまいまるで抜け殻のようだと自分を卑下した。

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