第18話 時限爆弾

 これはおよそ3年ほど前の話だ。

 俺、外木場隼人が読書、そして野球が大好きな子供だった。

 そして、ただ大好きなだけではなかった。俺は中学時代、学校の部活動ではなくボーイズリーグに所属していた。その中でその年に、チームは全国制覇を達成し、俺個人としても大きな成果を残した。

 そんなある日……


 「おい勇翔!見てみろよ」

 「どうした?」

 「お前のことが新聞に載っているぞ!」

 「マジ?」


 当時チームメイトだった彼にそう言われて新聞を見てみるとそこには確かに俺について書かれていた。


 「すげーなお前!新聞デビューかよ!」

 「たまたまだろ……ほら、チームも優勝したんだし」

 「それだってお前がいなければできなかったんだぞ?」

 「そんなことないよ。皆のおかげさ……」


 そしてその新聞で名づけられた二つ名こそ”幕張の稲妻”だった。

 それもそうだ。当時の俺は中学生離れしたとんでもない足の速さを武器に全国のを勝ち上がってきたのだ。

  稲妻とは、そのような異次元な足の速さからつけられたのだろう。


 「幕張の稲妻……」

 「すげーかけえじゃんかよお前!いいなあ、俺もそういうの欲しいなあ……」

 「そうか。じゃあ次はお前がもらえるように俺も頑張らないとな!そうだな……例えば”関東の大砲”!」

 「マジかよ。最高だな勇翔!」

 「ああ、当たり前だ!」


 その時の俺はとてもうれしかった。

 一人の野球選手として、何よりもプロを目指す少年だった俺からしてみればそれは夢への大きな一歩だった。

 このまま努力をしていき、また来年も優勝ができればいいなと思っていた。そしてそのままプロに……

 しかし、そんな願いは儚く散ってしまった。

 中学3年目の5月、俺は試合の途中でほかの選手と交錯事故を起こしてしまった。しかも俺はその時トップスピードだったため、俺は転倒するときに右足にもろに負荷がかかってしまった。

 幸いにもその相手の選手はちょっとした捻挫で済んだが……


 「前十字靱帯損傷ですね。しかもかなりの重症……」


 俺は最悪の結果を招いてしまった。

 医者の言う事だと、今まで膝にかなりの負担をかけていたらしく、今回の件でいままで蓄積していた分も大爆発を起こしてしまったみたいだ。


 「全治はいったい……」

 「運動ができるには10ヶ月ほどかと……もし手術をしても君のその足の状態だともう……」


 その瞬間、俺はその場で泣き崩れた。

 それもそのはずだ。最後の夏の大会まであと2ヶ月切っているっていうのに、全治10ヶ月と診断されたんだぞ。その時の悲しさと悔しさは今も忘れない。

 いや、忘れることなんて絶対にできない。

 そんな中、チームメイトの彼が俺を訪ねてきた。

 

 「なあ、高校に入ったらさ、もう一度野球しようぜ!」

 「無理だよ……」

 「え……どうして……」


 俺は彼の現実を受け入れられていない顔をよく覚えている。

 それなのに俺は……


 「俺はもう今までみたいに走れないんだよ!!!」

 

 とても荒い口調で伝えたのを覚えている。

 きっと彼は俺と一緒にただ野球をしたかっただけなのかもしれない。勝ちとか負けとかそんな物なんか一切考慮をしない、ただ楽しいスポーツを望んでいたのかもしれない。

 でも俺はそうじゃなかった。プロという夢のため、何よりも彼との約束のため、ただ勝利だけを望んでいたからだ……


 「え?嘘だよな?嘘だと言ってくれよ……」

 「本当のことだよ……」


 そしてお互い無言の後、俺が次に出した言葉は……


 「もういいだろ。帰ってくれ……」

 「うん……」

 

 彼は鼻をすすりながら俺の病室を後にした。

 その後、俺は溜まっていた感情が爆発した。

 何故あんな酷い言い方をしたのだろう。何故俺はあいつを拒絶してしまったのだろう。そんなことをただ泣きながら後悔をした。

 それからというものの俺は誰に対しても素っ気なく、何に対してもやる気が出てこない人間となってしまった。

 だというのに、俺は昔のことを払拭できないまま出会ってしまったんだ。

 彼女と……





 「は!?」


 そしてふと、俺の意識は覚醒した。

 知らない……いや、懐かしい天井だな。まるで3年前の病院と同じだ。

 

 「やっと目が覚めたか馬鹿野郎……」

 

 ばかやろうとはなんだ?

 声がする方向へと顔を向けるとそこにはチャラくなった”チームメイトの彼”がいた。


 「歩……?」

 「どうした?今更になって後悔でもし始めたか?」

 「…………」


 後悔……?

 ああ。それならとっくにしている。

 

 「そうだな。しているな……」

 「まったく……お前は本当に馬鹿だな……」

 「歩。あの時はごめんな……」

 「なんだ急に?いつのことだ?」


 彼は不思議そうな顔で俺を見てくる。

 確かに、これじゃあ説明不足だ。


 「いや、この天井を見て思い出してな。あの時お前に酷いことを言っていたのがずっと心残りでな……」

 「なんだそんな事か」


 そんな事とは失礼だな。

 こちとら3年間も悩み続けていた種だぞ?それどころか一生背負っていたかもしれないんだぞ?


 「そんなことはいいんだよ。過ぎたことじゃねえか。もう3年も前なんだぞ………」

 「…………」


 そうか。

 歩はもう前に進んでいたんだな。過去に取り残されていたのは俺だけだったのか……

 

 「それでももう一度謝る。あの時はごめん」

 「いや、謝るのは俺の方だ。あの時お前の気持ちを理解できなかった俺が悪かった。ごめん」


 そして、俺らは頭を上げると目が合い思わず……


 「「あはははははは!!」」


 笑ってしまった。

 何も笑えるところなんてないのに、何故だが俺らは笑ってしまった。

 

 「変なやつだよな、勇翔って」

 「お前も大概だよ」


 この雰囲気も懐かしいな。

 ああ、とても心がスッキリした。


 「それで、俺の膝は何て言ってた?」

 「言っていいのか……?」

 「ああ……」


 その覚悟ならとっくにできている。そのつもりで俺は今日全力で走ったんだ。


 「日常生活ならそこまでではないが、プロのスポーツ選手としてはもうダメだってさ」

 「そうか……」


 やはりそうか。俺はもう”戦士”としてはいられなくなったのか……


 「ありがとう……お前から聞けて良かったよ……」

 「…………」

 「歩……?」


 歩は下を向いたままこちらを向こうとしなかった。

 その後わずかに鼻をすする音が聞こえたのち、歩は泣きじゃくりながら……

  

 「お前って、強いな……」


 そう言った。


 「なんでお前が泣いてんだよ……」

 「だって勇翔、お前……」

 「いいんだよ」


 何かを言いそうな歩を無理やり上からかぶせるように俺は言った。


 「俺はもう”夢”から覚めちまったんだよ……」

 

 そう言うと俺の瞳から一滴の涙が出てきた。

 あれ?なんで?

 どうしてなんだ……?涙が、止まらない……

 別に泣きたいわけじゃないのに……そうして……

 そしてその様子を見た歩は俺に一言だけ伝えた。


 「勇翔。いままでお疲れさん……」


 その言葉を聞いた次の瞬間、俺の”ナニか”が崩壊した。


 「うわああああああああああああああ」

 

 ああ……、俺はまたこの病室で涙を流したのか……

 なんて情けない男なんだろう俺は……

 こうして、”俺の夢”という一つの”物語”は静かに、そして二人っきりの病室で幕を閉じたのだった。

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