第16話 体育祭だ!
さて、ついにやってまいりました。
体育祭当日です。
なおこれは公開処刑と読みます……
「帰りたい……」
「ねえ?まだ始まってすらないんですけど……」
体育祭だからと言っても朝早くに来る人は誰もいないので、俺達はいつもの朝の時間を過ごしていた。てかなんでお前いんの?
あとせっかくなので既に体操服に着替えていた。どうせ着替えるんだしいつだっていいでしょ。
「アンタ今日ずっとその調子でいる気?」
「多分……」
「アンタねえ……」
内海さんはあきれた様子で俺を見てくる。
だってしょうがないじゃん。これから処刑されるっていうのに気分上々でいられるかってんだ。
「そういうお前はちゃんと寝たんだろうな?」
「それはもうバッチリ。ぐっすり6時間寝たわよ」
内海さんは自信満々にそう答えた。
長時間睡眠の俺からすると少し足りない気もするがまあ及第点だろう。
「そうか。ならいい」
「なんで上から目線なのかが気になるんですけど……」
それは普段のお前も大概だとは思うがな。
「てかアンタが出る種目なんて最後のクラスリレーしかないじゃない。なにがそんなに嫌なわけ?」
「強いて言うなら最後のリレーかな?」
「どうしようもないわね……」
そうなんだよ。もうこれ以上は削りようがないんだよ。だから嫌なんだよ。誰もがみんな運動が好きなわけではないんだぞ。
「ていうかアンタ、その膝は大丈夫なの?」
「ん……?」
内海さんは唐突に俺の膝を指してきた。
その膝には傷の後があった。
「ああこれか。これは3年前の事故でできたものだ。古傷みたいな感じか?まあ特に生活に問題は無い程度だぞ」
「そっか」
まあこれを最初に見た人は驚くだろうな。でも昔の事だし、あらゆる生活に支障はない。
などと思っていたら本来誰も来るはずのない時間に教室のドアが開いた。
「あれ!?ちーちゃんだ!早いね」
「え!?メイ!?どうしてこんな時間から!?」
恐らく内海さんの友達であろう女子が入ってきた。
いや本当になぜ?別に生徒の準備はやる必要がないはずなのに……
しかもそんな話を聞いてもいない。内海さんのこの様子だと恐らく彼女も何も知らないということだ。
あと友達のことはちゃんと名前で呼んであげるんだね。俺は結局”アンタ”呼びで定着してしまったようだが。
「どうしてって……ただ朝早く起きちゃったし家にいても仕方がないなあって……それよりちーちゃん。その人って……」
「え!?」
多分俺のことだろう。
俺はいたって冷静を保っているかのような口ぶりで話した。
「俺いつもこの時間にはいるし、あと内海さんも早く来すぎただけらしいよ?」
「そ、そうなのよ!たまたま早く来ちゃって暇でさ……」
「へえ~」
少し無理があったか?
いや嘘を言っているわけではない。
俺はいつもこの時間にはいるし、内海さんも”たまたま”早く来ただけだ。何も後ろめたい事なんてない。
「ちーちゃんにしては珍しいね!何か共通の趣味でもあったの?」
「え?まあそんなところ?」
よかった、特に疑われてはいないようだ。
表面上は、だけど……
でも特に言及してこないということはこの人にとってはどうでもいいらしい。何とか首の皮一枚つながったか?
でも内海さんの発言次第でとんでもない事にはなるな。変なこと喋らなければいいけど……
そして体育祭が始まった。
と言っても俺の出番は一番最後だけだ。つまり俺はこの後することが何もない。他の奴らは応援などをしているが、俺にはそのような事をする人物はいない。
それだけならいいのだが、なんと体育祭は一日中外にいなければならないらしい。これでは本を読むことができない。体育祭は午前中だけだがこれは困ったな……
もういっそのこと空でも見上げているか。
俺は空を見てはトイレに行くをひたすら繰り返していた。傍から見ればとても寂しい事この上ないだろうな……
そんなことをしている内にも時間はどんどん進んでいっていった。
そしてその中で俺は一つの情報を手に入れてしまった。
「え!?内海ちゃん怪我したのか?」
「らしいぞ……」
「大丈夫なのかな……」
え?怪我したの?大丈夫なのかそれ?一応昨日言っといたはずなんだがな……
なんか心配だな……
そう思った俺はトイレに行くふりをして保健室のある方角へと向かった。まあ最悪トイレがいっぱいだったからと、理由を付ければいいしな。
と思いながら歩いていると……
「「あ……」」
俺はその途中で内海さんと鉢合わせた。このタイミングで会うとは運がいいのやら悪いのやら……
「ど、どうしたのよ、こんなところにきて……」
内海さんは当たり前っちゃ当たり前のことを聞いてきた。だが突然のすれ違いで俺の脳は少し混乱して先程の言い訳が口に出せなかった。
そして俺は……
「それはこっちのセリフだ。どうしたんだよお前」
質問返しをしていた。
理由は知っているくせに聞くとは性格が悪いものだ……
「どうしたって、軽く足をひねっただけですけど……?」
「……」
そうか。軽くひねっただけか……
でもその割には随分と足を庇う、いや引きずっているような歩き方をしていた様な……
「少し見せてみろ」
そう思った俺は気づいたらそう言ってた。
だが俺は幸いにもこういった足のケアについての知識が少しある。何よりこんなところで重症化しちゃまずいしな……
「え?なに急に?大丈夫だけど……」
「いいから見せろ。そして座れ」
「そう言うなら……」
最初は困惑した様子で少し抵抗をしていたが、俺はいつもよりも強めの口調をしていたらしく、内海さんはすんなりと近くにある椅子に座った。
そして俺は特に何も意識せずに内海さんの足、というか足首を見た。そして俺は絶句した。
「……お前、これ本当に軽くなのか?」
彼女の足はかなりひどく腫れていた。これは相当な負荷がかかっている証拠だ。こんなものは軽くとは言わない。
「軽くよ。アタシから見ればこんなの……」
「足を庇うようにして歩いているのが大丈夫と言うのか……?」
「……」
俺は先程の、俺が見た内海さんの様子をありのままに語ってみた。
内海さんは少しの間、沈黙し……
「……行けるわ……」
そう答えた。
そして俺はすぐさまにその答えを返した。
「いや無理だね」
そう言った俺は彼女のその腫れた足首を軽く動かしてみた。
「痛!?アンタ何してっ!」
そうすると内海さんは悶絶しながらも怒りの矛先を俺に向けてきた。俺、全然動かしてないんですけど……
「普通はそんなに痛がらないぞ?」
「あ……」
至極まっとうな返答をした俺に対して、内海さんはまるでやっちまったと言わんばかりの顔であった。
それはもう答えなんじゃないのか?
「そんな状態で走るなんて無理だぞ。リレーは誰かに代役でも頼め」
「でも……」
それでも内海さんは俺の提案を断った。何故そこまでするのかが俺には分からない。
そして俺は彼女に聞いてみた。
「……何でそこまでして走るんだ?」
普通に考えれば満足に走る事なんて無理だろう。むしろ歩くことだって難しいはずだ。
それなのに何故と思い聞いてみたが……
「アンタには関係ないわよ……」
なんだよ、関係ないって……
「そうか。じゃあお前はここで死ぬ覚悟ができてるのか?」
「なんでそんなことになるのよ?」
なんでって言われてもそうに決まってんだろうが。
歩くのすらまともに出来ないような足でリレーに出る?笑わせんな。そんなの誰がどう見たってそうとしか思えないだろ。
「さあな。客観的に見ればそうなるだろ?」
俺はイラつく気持ちを押さえつけながらそう言った。
すると内海さんは呆れと怒りが混ざった様な表情をして……
「アンタってホントムカつく……」
まるで俺を邪魔な存在だというかのような発言だった。
「分かったわよ。言えばいいんでしょ、言えば!」
「最初からそうしろよ……」
先に折れたのは彼女の方だった。いやどう見ても俺は折れちゃいけない立場だったからこれで良いんだ。
「アタシはね、どうしてもこの体育祭は勝ちたいのよ」
「それは何故?」
何だそれは?これではあまりにも説明不足だ。
「そういう約束なのよ……」
それじゃあ説明になってなくね?説明の”せ”の字の一画目ぐらいしか見せられていないんだが?
俺もその理由の深い所を知りたいのだが、内海さんがこの様子だと満足に聞くことはできないだろうと判断した。
「その約束に何の意味がある?」
俺はその理由の意味について聞いてみた。
これなら細かい過程をすっ飛ばしても問題ない。
内海さんは少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開き……
「……証明とケジメよ……」
こう言った。
それが一体何に対しての行動なのかは知らないが、それは本当にこうまでする必要はあるのだろうか?
でもそうか……ケジメね……
「そうか。でもその足の状態じゃ、みんなの足を引っ張るだけだぞ?」
俺は今ある事実だけを彼女に伝えてみた。
だがこれは逆効果だったらしく……
「じゃあ何!?アンタが代わりに走ってくれるの!?この運動オンチ!」
俺は怒りと罵声をを真正面から食らった。
でも、これは好都合かもしれない。
「いいぞ」
「ほら言わんこっちゃ……え?」
俺は予想外の答えを返したのか内海さんは困惑の表情を浮かべた。まあそれもそうか……
「いいと言ったんだ。わかるか?」
「え?でもアンタ……」
「まあ確かにここ数年はまともに運動してなかったからな。運動不足というのはあながち間違っちゃいないな……」
「アンタ、何言って……」
まあ運動していないわけではないけどな。こうやって学校に来ている以上、体育の授業があるわけだしな。
「ん?なんか変なこと言ったか?」
「いやアンタ、足クソ遅いんじゃ……」
「失礼なやつだな……」
でも残念ながら事実である。下から数えた方が早いぐらいには遅い自信がある。
「安心しろ。少なくとも今のお前よりかは速いぞ?」
「それじゃあ理由になんないわよ」
それでも内海さんは納得しない様子だった。
うーん……あまりこの手は使いたくない、てかもう二度と使いたくなかったんだが……
そう悩みながらも俺はスマホを取り出してとある人物の名前を検索してみた。
……そうか。まだ存在していたのか。
「じゃあこれで満足か?」
「……?」
俺はそう言いながらおおよそ3年前の記事を見せた。
一見すればなんのこっちゃか分からんが、勘のいい奴なら気が付く。
そしてどうやら内海さんは感が良い奴だったらしくとある場所で目が留まっていた。
「はあ?」
そう言葉を漏らすと内海さんは一度両眼をこすっていた。そしてもう一度その個所を見つめた次の瞬間……
「はあああああああああああああ?????」
「うるさいぞ」
内海さんは奇声を上げた。でもそれは当然だろう。
なぜならその記事には俺、外木場勇翔が乗っていたからである。そしてその記事は週刊少年ベースボールというやつの注目選手図鑑に載っていたからだった。
「え!?待って!?これ本当にアンタなの!?同姓同名じゃ……」
そう言いながら次のページに映っていた少年の顔を俺を見比べた内海さんは……
「ない……みたいわね……」
どうやらこれが事実だということに気が付いたらしい。
「え?でも何で……?」
彼女はこれらの理由について聞いてきたが、俺は答えるつもりなんて最初から無い。
「何でと言われても……なんとなく?」
俺はそう答えを濁らせた。過去を掘り返したのは紛れもなく自分だが、それでも俺は答えるつもりは無い。
「どう考えてもなんとなくで終わらせていいものじゃないでしょこれ!?」
まあ確かに”プロ注目”という謳い文句もつけられているわけだしな。でもそれは過去の話だ。
「まあ細かいことは良いじゃないか。それよりもう時間がないぞ?」
俺は話題をそらす意味を込めてそう言った。でも実際に時間はない。
「ああもう分かったわよ。じゃあ全て片付いたら全部言いなさいよ?」
「ああ」
そして俺達はそのまま校庭へと戻っていった。
その後しっかりと正当な手続きを済ませ、俺は内海さんの代役となった。周りからはいろいろと疑問の声が上がったが、記録にある足の速さにそこまで差がなかったのでなんだかんだ承認された。
そんなやり取りの中でも俺の頭の中はとある人物の存在が頭から離れなかった。まるで監視でもしていたかのように。
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