第12話 決着の時

 (やっちまったな……)


 テスト期間が終了してから1週間。少しづつだがテストの結果が生徒たちに行き渡っていき、そのたびに教室が動物園みたいな状態になっている。

 そして今日を持って全てのテストが返却され、今こうして帰りのホームルームが行われている。

 そこで俺の点数はと言うと……

 数学40点。英語39点。科学43点。社会46点。

 ここまではいつもと似たような成績だが問題は……


 (国語が97点か……)


 よりにもよって俺は”今、一番大事な教科”がこの有様になってしまうとは……

 これでは前に和泉が言ってた通りの展開になってしまうじゃないか。俺としてもいつも通りに平常心を保ったつもりだが、前日に内海さんとの会話を引っ張りすぎてしまったか?

 今更言い訳したって仕方がないな。少しでも内海さんが上振れを引いく可能性がある。いつもみたいに隣かそれ以下という状況ではなくなっている。

 ……何故俺はテストにこんなに必死になっているのだろう?今までの自分から見るととても考えられない。

 なんか不思議な気持ちだ。他人と競い合うとはこういうことなのか?

 どちらにしても分からない。最近こういうの多いな……

 

 「どうしたんだ、勇翔?帰らないのか?」

  

 そんな中、声をかけてきたのは歩だった。

 

 「あれ?今帰りのホームルームなんじゃ?」

 「もうとっくに終わっているらしいぞ。ほら周り見てみろ」


 そう言われた俺は教室を見回してみた。

 本当だ。皆席を立ち、誰かと談話をしていたり既に何人かの席はがら空きだった。


 「どうしたんだ勇翔?まさかついに赤点でも取ったのか?」

 「ちゃうわ」

 「じゃあどうしてそんなに難しそうな顔をしてるんだよ……」


 今の俺、そんな顔をしてたんだ。

 これは思っていた以上に俺の中に”深刻なナニか”があるらしい。

 

 「うーん、多分……」

 

 そこで俺がしゃべっている途中に俺のスマホが鳴り出した。

 誰がかけてきて何の用があり、どこへ行けばいいのかは今の俺は知っていた。


 「わりい、この話はまた後で。用事がある」

 「え!?ちょ、待てよ」


 歩は何かを言いかけたようだが俺はそんなことには目もくれず、カバンを手に取り屋上へと向かった。

 俺はこんなことをする人間なのに何故歩は俺に構い続けているのだろうかと気になったが、そんなことは俺が知る意味はないと瞬時に思った。

 結局は歩のエゴみたいなものだろ……




 急いで屋上に来てみればその人は既にいた。


 「待たせたな」

 「毎回待たせてるくせに……」


 内海さんは何故か仁王立ちで屋上のど真ん中に陣取っていた。

 ここ最近ならもうちょっと彼女の中に”緩さ”があったが、今回はそれらが一切ない。それだけ真剣だというのはさすがの俺でも肌で感じ取れた。


 「要件は……まあ、分かっているでしょ?」

 「ああ、もちろん」


 俺はカバンの中から三つ折りにした用紙を一枚だけ取り出して彼女に見せた。

 それを見た内海さんも同じであろう用紙を俺に見せたのち、それを差し出した。


 「分かっているようで何よりだわ。さあ、アンタのもアタシに寄こしなさい」

 「わかってるよ……」


 そう言いながら俺は彼女に近づき右手に持っている用紙を差し出し、彼女は俺に押し付けるようにその用紙を渡した。

 しかしながら、あまりにも空気がピリつきすぎている。これじゃあまるで修羅場だ。戦場だ。

 でも、内海さんからしてみればその通りなのかもしれない。これは”遊びではない”ということに。

 

 「じゃあ、見るわよ……」

 「ああ……」


 そうして俺と内海さんは同時に、三つ折りの紙を開いた。

 さあ、彼女の点数は……


 「「97……!?」」

 

 俺たちの声は、奇麗にハモった。それはもう芸術と言って差し支えないぐらいに。


 「え!?ってことは、まさか……」

 「ああ、そのまさか……」


 「「引き分けえええええええええ!!??」」


 なんてことだ!?こんなことが起きてしまっていいのか!?

 

 「え!?これ本当なの!?アンタ!ちょっとアタシをつねってみなさいよ!?」

 「ああわかったよ?」


 俺の脳はいまだに混乱をしているせいか、内海さんの意味の分からない要求に思わず承諾してしまい、そのまま実行してしまった。


 「痛ぁ!?アンタ!!何つねってるのよ!?」

 「お前がやれって言ったんだろ!?」

 「そんなの関係ないわよ!アタシにもやらせなさいよ!」

 「ふざけるな!おいま……」


 そして内海さんは思いっきり俺の足を蹴飛ばした。

 

 「痛ってえええ!?」


 いや結構痛い。なにもそんなに全力で蹴らなくてもいいじゃないか!てかなんで蹴った!?


 「ふう~。スッキリした」

 「人のこと勝手に蹴っておいて何言ってんだお前……」

 「まあいいじゃない。これでこのことが現実だと分かったんだし」

 

 言われてみれば確かにそうだ。

 でもそれが他人に暴力を振るっていい理由にはならないぞ?

 しかし彼女の様子はさっきまでのピリついた状態ではなくなっていた。


 「そっか。引き分けかあ。正直、アタシ負けを覚悟してたんだけどねえ……」

 「それはこっちのセリフだ。俺だって結構ヒヤヒヤしてたんだぞ」

 

 高校生活初めての満点逃しは我ながら結構ダメージ入ったな……


 「にしてもアンタが満点じゃなかったとは少し損をした気分だわ……」

 「それはとても残念だったな」

 「それ煽って言ってるの……?」

 

 おっとこれ以上はいけない。

 だがどうやら最悪の展開は免れたようだ。むしろ最高ちゃうん?

 しかし、気になる点がある。それは……


 「でだ、内海さん」

 「うん?」

 「引き分けだった場合ってどうするんだ?」

 「え?ああ~」


 今回のような結果というものは基本イレギュラーな存在だ。

 そして、俺たちはそれを引いてしまったわけだが……


 「んじゃさ、決着は期末試験ってことで」

 「だいぶ適当な言い方だな……」


 それでいいのか?

 最初に言ってきたときはもっと堂々と宣戦布告をしてきたのに今回はかなり緩い言い方だな。


 「まあ今回のことで、アンタが不正をしていないってのが分かっただけで十分よ」

 

 俺そんなことを疑われていたのか。

 だとしたら俺ってとんでもない風評被害を受けていたってこと?

 なんか引っかかるけど、まあいっか。


 「わかったよ。じゃあそれで」

 「んじゃ決まりね」


 正直な話、内海さんは今回のテストの件で俺に対する勝ち筋が見えたのだろうか?        

 今のところだと、これじゃあいくら自分が頑張っても相手が下振れを引かない限り”勝利”が見えてこないと思うのだが。


 「何?どうしたのそんな難しい顔をして……」

 「ん?いや……」


 これでよかったのか?

 って言っても多分今の彼女には通じないだろう。なぜなら自分でもよく分かっていない。

 ただふと、この言葉が俺の頭によぎっただけだからだ。

 でもそんな無責任なことを投げつけてもいいのだろうか?

 いや、ダメだな……


 「内海さんってよく分からない人だなって思っただけだ……」

 「何よソレ……」


 内海さんは困惑の表情を浮かべながらそう尋ねた。


 「言葉の意味そのままだよ」

 「余計意味わかんない……」


 自分でも、よく分かっていない。

 ただ何というか、既視感があるような気がして……

 そんな様子の俺とは別に、内海さんはどこかすっきりした様子だった。


 「アンタどうしたの?ホント……。気晴らしにでも行く?」

 「……そうするか」


 こうして俺たちの関係性は一つの終わりを迎えた。

 結局次のテストも競い合う事にはなっているけれども、俺はそんな気がした。

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