第7話 朝のルーティン

 そして翌日。

 登校するにはまだ少し早い朝の時間。この時間は誰にも邪魔されることなく教室でたった一人で本を読める。

 はずだったのだが……


 「アンタ……いくら何でもこの時間は早すぎない?」

 「お前だってなんでこの"早すぎる時間"にここにいるんだよ!?」


 この時間だと30分ぐらいは誰も来ないというのにその”邪魔する人”が来てしまった。

 そう。今目の前にいるだるそうな顔をした内海さんである。

 今までこの時間に人が来たことがなかったから少し警戒していたが、特に何かをするような感じではなかった。


 「いやーなんかさ、朝来るのがめっっちゃ早く来ては本を読んでいる生徒がいるという噂を聞いてさ、もしかしてと思って……」


 内海さんは聞いてもいないのにこの時間から来た理由を説明してきた。

 てかなんだその噂、どうでもよすぎる。朝早くに登校したって変なことをしてるわけじゃああるまいし別にいいだろそんな事。


 「そういうことか。で、これからどうするつもりだよ、お前は?」


 俺はとりあえずこれからの事を聞いてみた。この場所の30分って結構長く感じるからな。


 「お前って言うな!せめて名前で言いなさいよ!」


 何故か内海さんは少し怒っていた。

 いや、お前だって俺のこと名前で呼んだことないだろ。人のこと言える口ではないぞ。

 でも彼女の言っていることは間違っていない。他人をあまりソレとかアレとかで呼んではいけない。


 「すまんな。でも内海さんも少しは気を付けた方がいいんじゃないのか?」


 俺は一応謝罪をし、それと同時に警告もしておいた。


 「そうわね……。気を付けてみるわ……」


 内海さんは少し考えこむようにそう言葉を返した。別にそんなに考え込む必要は無いと思うのだが……

 

 「それにしても本当にア……」

 「外木場です」

 「…………」


 さっそく俺は内海さんの呼び方について指摘してやった。なんかすっげえ不満そうな顔してる。そんなジロリと見なくてもいいだろ。


 「……外木場くんだったとはねえ。しかも本当に本を読んでいるだけとは、なんだか話題性としてあまりに弱いわね……」

 「他人の朝のルーティンを話題性が弱いとか言うな。失礼だぞ。」

 「それルーティンなんだ……」

 

 内海さんは意外そうな目でこちらを見ていた。

 まあ今時はスマホを見てる人のが多いいか。


 「ま、噂が事実だったのを確認できたし、その正体が外木場君がだったわけだし、アタシとしてはもう満足かなあ~」


 内海さんは何処かすっきりしたかのような表情をしていた。そんなに不可解な事象だったのか?

 でもこの発言を聞く限りだと、内海さんは一体何を生きがいにしているのだろうか?クリエイターとはつくづくよく分からない人だな……

 

 「そういやアンタ、さっきまで何の本読んでたの?」


 内海さんはそう言いながら俺の机に伏せられて置かれてあり、内海さんが来るまでに読んでいた本に指を指した。

 

 「ん?ああこれか。”機甲少女レイ”だ」


 偶然にもその本は内海さんもとい、熱海千広先生が手がけた作品だった。


 「ああ~、それか~」


 内海さんはどこか懐かしそうな表情をしていた。

 確かこの作品って熱海千広先生のデビュー作だったはず。そうなれば思い入れの一つや二つはあって当然なのかもしれない。

 すると内海さんは少し遠い目をしながら語り始めた。


 「アタシさ、その作品結構自信あったんだけどさ、担当者にダメ出し食らったんだよね。」


 はえ~裏ではそんなことが起こっていたのか。


 「当時のアタシって今よりも自信過剰だったからさ、なんか自分の考えが一番正しいとか思っていたからね。あの時は結構悔しかったな~」


 今よりもっと自信過剰とかどんだけだよ。

 でもそう言っている内海さんの表情は笑っていた。


 「そう言っている割には楽しそうだな」

 「そう?」

 「ああ……」


 一見すれば自慢話をしているよう見えてしまうが、今の彼女の表情からはとてもそうには見えない。それどころかすっきりしているようにも見える。

 それと同時に一種の自虐も見えた。

 すると俺は考えるよりも先に口が動いてしまった。


 「俺は好きだぞ。この作品……」


 俺はこの発言が正しいとは思わない。ただ、そんな表情は例え他人であってもあまり見たいものではなかった。


 「そう………」


 どこか照れくさそうに内海さんはそう一言だけ告げた。その様子は直接自身の作品に対する感想は言われ慣れてはいなさそうだった。


 「じゃあさ、一緒に見ない?それ」

 「はい?」


 内海さんは突然に謎の発言をかましてきた。

 この人は一体何を言っているのだろうか?

 本を?一緒に見るだと?

 しかも自身の書いた作品を一ファンである俺と一緒に?

 この人の頭の中は一体どういった思考回路をしているのだろうか?本当に謎だ。


 「ど、どど、どうして急にそんな……」


 動揺を隠しきれない俺はキョドリながらそう返すのに精一杯だった。

 すると内海さんは何故か顔を輝かして……

 

 「だってさ、そうすればアタシはアンタの生の感想を聞きながらもう一回過去の反省ができるってことよ!これはまた違った第三者の意見が聞ける絶好のチャンスわよ!!!」


 彼女の発想は俺には到底理解ができなさそうだった。

 向上心の塊というか行動力の化身というかそんなものを超越したオーラをまとった内海さんはそのまま俺の元へとさらに近づいていく。

 ただでさえそこまで離れていないのに近づかれても…………


 「さあ!アンタのその脳の中身を見せなさいよお!」


 興奮しきった彼女の様子はまさに獣のように感じた。

 え!?ちょっと待って!?そんなに近づいたら…………

 俺は座っている椅子ごと下がろうとしたら思わず自分の机を蹴ってしまった。


 「ひゃああ!?!?」


 その衝撃は運悪く偶然にも内海さんにぶつかってしまった。

 そしてそのまま内海さんはこちらに倒れこむように……

 あれ?これヤバくね?

 その瞬間に謎の柔らかさを俺は感じ取った。ナニコレと思っていたつかの間……


 「いっっつ!?」

 

 背中にものすごい衝撃が走った。

 それもそのはず、俺と内海さんはそのまま転倒してしまったのだ。

 幸いにも俺の席は一番後ろの席だったので、障害物などがなかった。

 だが、ただでさえ普段からあまり体を鍛えてないせいかものすごく体が痛い。いやこれは鍛えたとしても痛いやつだ。これはしばらくこの痛みは消えないだろうな……

 

 「あ、あの……」


 すると突然、俺の上から声が聞こえてきた。

 え?上?

 困惑しながらも目を開けてみるとそこには内海さんが俺に覆い被さっている状況であった。

 ナニコレ?

 脳の処理が全く追いついている気がしない。本当にどうゆうこと?

 それでも俺は彼女に一声かけた。

 

 「う、内海さん?大丈夫……?」

 「え……?あ、大丈夫だけど……。てかアンタの方こそ大丈夫!?頭打ってない!?」

 「だ、大丈夫大丈夫……」


 なんか少し頭が痛いのはきっと違う原因だろうと思いそう返事をした。


 「大丈夫そうには見えないけど……」


 内海さんは凄く心配そうな表情をしていた。

 まずい、このままじゃ俺が大けがしたみたいになってしまう。

 とにかく誤魔化さないと……


 「だ、大丈夫だから……」

 「ホント?重くはない……?」

 「……?重くはない……」


 何故それを今聞いた?

 むしろ人の体重だと思えば軽いと感じてしまう程だ。本当に人間の重さなのだろうかと疑うほどに……

 そして人間かと疑うほどの柔らかさ……

 ってなに考えてんだああああああ!?

 こんなこと考えている場合じゃない。邪念だ邪念。悪よ立ち去れ。 

 

 「重くはないんだ………」


 邪念の一厘を立ち去った俺はそうとだけ伝えた。全然去っていないとかは言わないのがお約束。


 「そ、そう………」


 なんだかすごく気まずい雰囲気が流れている………

 いや、気まずいというか、気恥ずかしいと言うのか?よく分からん。

 しかしここで今の俺は物理的にも視野が狭い状況であったため、一つの物陰に気づくことができなかった。

 

 「よう、勇翔。こんな時間から誰と話しているんだ?」


 教室に入ってくる人影に一切気が付かなかったのである。

 しかも寄りにもよってこのタイミングで、しかも俺の唯一の友人に!


 「お前ら、そういう関係じゃないってこの前言ってたよな……?」


 彼の表情は見えないがなんか物凄い蔑んだ表情をされている気がする。まあこの状況をみれば無理もない。


 「待ってくれ歩!これは……」


 とっさに声をかけたが俺はこの場の説明をすることができず、二の句が継げなかった。

 これはマズイ……


 「では、ごゆっくり~~」

 「おい、おま━━」


 俺が言い終わる前に歩はどこかへと行ってしまった。

 やばい……これってもしかして終わった………?

 今度あいつにどう説明すればいいんだよ………

 今すぐにでも歩を追いかけたかったが、そうもいかなかった。

 今の俺には上に人を乗せた状態だったためだ。

 

 「あ!ええっとごめん!!」


 すると内海さんはそのことに気が付いたのかそう慌てながら俺の上から離れていった。

 

 「あ、ありがと………」

 「い、いえ………」


 とてもぎこちない会話をしながら俺たちはその場から立ち上がった。

 

 「あー、内海さんは怪我とかしてないよね……?」


 あれ?さっきもこんなこと言ったような気が……

 でもいいか。


 「え!?あ、大丈夫だけど……」

 「それならよかった……」


 先ほどとはまた違った意味で、気まずい雰囲気になってしまった。


 「え、えーっとアタシ、ちょっと飲み物買ってくる……」

 「え?」


 そう言い残し教室から去っていった彼女の姿をただ後ろから眺めることしかできなかった。

 ただ、今彼女にかける言葉は俺にはない。

 結局彼女は朝のホームルームの時間ギリギリに教室へと戻ってきて、そのまま会話のないまま一日が過ぎていった。

 一応、rinelで謝罪のメッセージをいれたが既読すらつくことは無かった。

 その時間が今の俺にとって、とても恐怖すら感じた。

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