第6話 多分ファン一号

 俺はこの通学の時間というものが実は結構気に入っている。

 ゆらりゆらりと電車に揺られ、他人の会話の中に紛れ込む電車特有の音、そして一瞬しか見えない景色を繰り返される。いくら見慣れた人や景色でも毎日が必ずしも同じとは限らない。そう思えばなんだか面白くて少し憂鬱な朝の時間でも俺は好きだ。

 そういつもは思っていたのだが……


 「今日ばかりは仮病でも使って休みたい気分だなあ……」


 でも今日の俺はらしくはない。その理由は知っている

 まさか同じ学校に、しかも同じクラスに自分の知っている”芸能の世界”で生きている人がいるとは思いもしなかった。

 さらになんと、俺はその人に宣戦布告をされてしまっている状況だ。いくら内容が”中間テスト”とはいえそれが一つの戦いであることは変わりない。

 挙句の果てにはその人に俺がファンであること、そして彼女の正体を知ってしまうことになってしまった。

 以上、ここ4日間の出来事だ。

 うーん、冷静に考えなくてもおかしい。誰がどう見たってそう答えてしまうだろう。

 でも残念。これは現実です。

 傍から見れば一ファンである俺が直接その原作者に出会えたわけだから”残念”と言うと少し失礼な気がする。

 でも前提がなあ……。これさえなければとても幸せだったんだろうなあ………

 そうこうしている内に俺は教室の目の前まで来てしまった。こういう時に限って時間というものは足りないと感じる。

 ああ……この扉次第で俺の人生変わっちまいそうだよ……

 ……今更か。

 でもせめて今日ぐらい何も起きない平和な日でありますように!

 そう祈りながら俺は教室へ入りまだ誰も来ていないのを確認しながら自分の席へと向かった。

 そして自分の机の上に一つの紙が置かれていることに気が付いてしまった。

 さらばだ、我の平穏な日々よ……

 って待て、まだ決めつけるには早い。こういうのはせめて中身を確認してから言うべきだ。

 そう考えた俺は書かれている字を恐る恐る読んでみると紙にはこう書かれてあった。


 放課後屋上

 by内海


 いや雑だなおい。

 前回のやけに凝った果たし状とは違っており、まるで殴り書きされたかのような字に要件はたった一言で片づけられていた。でも今回は名前がしっかり書かれている。本当に同一人物が書いたものなのかと疑うほどに手の入れこみが違う。

 どちらにしても今日の放課後は、面倒ごとは避けられないことになった。

 だが、これで俺の平穏な日々君は無事、終身刑が確定した。お労しや……

 せめて放課後になるその瞬間だけでもこいつを愛でてあげよう。来世ではもうちょっと頑張って生きるんだぞ……

 こうして俺は消え去ってゆく日常の一つに別れを告げながら学校を過ごした。





 「遅い!」


 あっという間に放課後を迎えてしまい、いざ屋上に来てみればこの言われようである。

 前のときは俺の方が早かったのに何故立場が逆になるとこんなに強気もなれるのだろうか。いくら何でも自分のことを棚に上げすぎなのでは?

 でもこんなこと言っても、多分こいつには意味がないと俺は勝手に判断した。

 

 「悪かったな。で、要件は何だ?」 

 「単刀直入に言わせてもらうわよ。アタシが”熱海千広”だということを、決して他のだれかに言わないでよね?」


 その声量で言ってたら本人が隠す気があるのかが疑問だ。


 「元からそのつもりだが?」


 あと、言うとしても誰に言うんだよ。歩ぐらいしかいないぞ。しかもこの事を言ったとしても別に知名度が高いわけではないからそれでおしまいな気がする……

 まあ今の時代そんなものはスマホで調べれば簡単に出てしまうだろう。たとえ名前しか出てこなかったとしても、それはそれで今度は顔バレのリスクが生じてしまうだろう。彼女にとって、それが一番避けたいはずだと俺は考えた。

 

 「まあそうよね。アンタの話し相手なんて千葉ぐらいしかいないもんね」


 俺がお前のことを心配してやってんのに内海さんは煽るようなことを喋りだした。それ火に油注いでね?

 あと今更そんなこと言われてもも別にどうということは無いし……

 何はともかく、俺にはそのつもりがないということだけは伝えておかなけらばならない。


 「まあ、そういうことだ。それに関しての心配は無用だ」


 俺はその旨を伝えてみた。


 「そう……それなら別に良いんだけど……」


 なんかあっさりと伝わったようだった。でも、それと同時に何かを言いたそうな感じだった。

 どうしたのだろうか?今までだともっと突っ込んだ言い方をするのに………。

 でも言い出さないってことは大したことじゃないだろう。さあ、帰ろう。


 「じゃあ、俺は帰るからな。またあs」

 「ま、待ちなさいよっ!」


 踵を返して扉の方に向いた俺を内海さんは大声で呼び止めた。

 その声を聴き俺は振り向いてみると彼女は少し怒っているような恥じらいがあるようなよく分からない表情をしていた。

 そして俺は不意にもこいつ結構カワイイよりの顔してんだなと思ってしまった。容姿が良い現役高校生の作家とか、空想の人物だと思っていたわ。


 「アンタこの前、ア、アタシの、作品を好きだって言ってたけどさ……」

 「………おん」


 内海さんはもじもじした様子で話し始めた。

 まあ確かに言ったな。言ったというよりも言わざるを得なかったが正しい気もするがこの際どうでもいい。


 「”キオクのハテナ”以外も知っているのよね……?」

 

 すると今度はこのように尋ねてきた。

 なんだ。そんなことか。

 これはあれか?自分の他の作品の感想でも聞きたいのだろうか?

 まあ全作品知っているので問題は無い。


 「知ってるぞ。”世界の果てから”と”機甲レイ”だろ?てか知らないとファンを名乗る資格はない。」

 「本当に知っているんだ………」


 内海さんは少し驚いたような表情をしていた。

 でもまあ、まだ活動期間が少なくてまだ合計3作品しか書籍版がないから全部追えただけなんですけどね。


 「わかったわ。じゃあアンタを信用してみる」

 「そうしてくれるとこちらもありがたい」


 何故だか知らないが無事、信用を得ることに成功した。

 彼女の作品を知ることが信頼につながるのはよく分からないけど解決したから細かいことはいいか。

 さて、今度こそ帰ろうかな………


 「あ、待って」


 と思っていた俺をまたもや呼び止められた。

 まだ何かあるのか?


 「ア、アタシさ、直接ファンの人と会うのって初めてでさ……、何というか、その……」

 「………?」


 話の展開が読めない。

 別に俺は彼女のファン一号というわけでもないのに、何故か特別視をされているような気がする。直接会えたといものがとても大切なのかな?


 「えーと、作品の感想とかをさ、生で聞きたいからその……さ!」

 「………おう」

 「rinelをさ、交換しない……?」

 「……はい?」


 俺はあまりに突然かつ予想外の質問がやってきたもんで、思わず変な返事を返してしまった。

 そんな俺を見ない、というか見る余裕すら感じない彼女はそのまましゃべり始めた。


 「いや、さ、あの、今後の活動の参考にしたくてさ、そういうのを伝えてもらったり、意見をくれるといいなあって、思って……」

 「別に構わないが……」

 

 やはり、読者の意見とは直接聞きたいものだろうか?俺は作家とかその類ではないから分からないけど……

 まあ、自分の好きな作家が今よりもっと成長して有名になれたら、俺としてもうれしい事だから協力するしか選択肢はないんだけどね。

 こうして俺達は本来、決闘の相手であるにも関わらず連絡先を交換した。こんな関係が過去の人類史にあったのだろうか?おそらく俺は人類で史上初の出来事を体験しているのかもしれない。


 「……うん、おけおけ」

 

 そして俺のrinelの”友達”の一覧に、5人目の名前が入った。今見ても俺の”友達”は少ないな……

 すると内海さんは俺のスマホを勝手にのぞき込んできた。

 

 「何?アンタって本当に友達いないの……?」

 「何勝手に人のスマホのぞいてんだよ……」


 それあまり好まれない行動だと思うのだが……

 別にいいけどさ。他人に見られて嫌なものはこのスマホには入れていないし大丈夫だ。


 「いや~、まさか本当にいないとは思っていなくてね~」


 妙にムカつくような喋り方をするな。

 腹立つやつだなコイツ。自分が優勢と判断したら絶対にマウントを取ってきやがる。

 こいつ、俺の発言次第でお前のこと潰すことだってできるんだぞ。ってことをわからせた方がいいのか?


 「そうだな。これでお前とも”友達”だな……」

 「もうちょっと嬉しそうにしなさいよ……。これでもアタシ有名人なんですけど?」

 「それは、とある狭い界隈の中での話だろ?現実世界ではそうでもないぞ、お前」

 「なによアンタ!?アタシにケンカでも売ってんの!?」

 「一番先に売り始めたのはお前だろうが!」

 

 こうした口論はしばらく続いていった。だがそれと同時に違和感を覚えた。

 最後の方は何故かとても過ごしやすくありのままの自分がいたような気がした。

 しかし、その正体が分からないまま自然とその場で解散となり、彼女は屋上を去ってしまった。

 もう少し話していたいと思えてしまうのはなぜだろう?とても不思議な気分だ。

 ……考えてもしょうがないか。

 でも今日だけでも内海さんのことが少し分かってきたような気がする。

 これはきっと、平穏な日々くんの置き土産だろう。

 最後までありがとな、お前のことは忘れてやらないよ。

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