第5話 真実の扉

 「うーん………」


 折角の土曜日なのに目覚めの悪い朝だな……

 結局一晩寝ても、昨日の言葉が頭から離れようとしない。それどころかさらに強く張り付いているようでとても気持ちが悪い。

 時計を見てみればまだ午前の9時。本来ならばまだぐっすり寝ていたであろう時間だ。

 しかし、今から二度寝をしようにもその気には一切ならないほどに俺の気は弱っていた。どうすればこの気持ちを整理できるのだろうか。

 ………散歩でもするか。

 そうすれば何かが分かるかもしれない。わからなくてもヒントの一つぐらいは見つかるだろう。

 そう判断した俺はさっさと着替えなどを済ませ、財布とスマホをポケットに突っ込みながら外へと向かった。

 普段引きこもりの俺が急に朝から外出したもんだから両親はとても驚いた顔をしていたが、今はそんなことはどうでもいい。

 とはいえ外に出たはいいものの………

 

 「何処へ行けばいいんだ?」


 特に行く当てもない外出は久しぶりかもしれない。とりあえず行きつけの書店にでも向かうとするか。たまには世間一般的な休日というものを体験するのもいいのかもしれないな。


 


 「おや、外木場君じゃないか。今日は十分と早いじゃないか?」

 「おはようございます熱海のじいさん。いやあたまたま早起きしてしまいましてね……」

 「ほう、そうかい。こりゃ珍しいこともあるもんだねえ」

  

 俺は店に立っていたおじいさんと親し気に会話をしていた。

 熱海書店

 ここは俺のじいちゃんの友達である熱海さん、通称”熱海じいさん”が経営している店だ。

 結構年季の入った建物をしているが本のレパートリーに関してはかなり優秀と言える。

 何より、熱海じいさんが結構のオタクであることから最新のラノベや漫画などもかなり置かれているのが特徴だ。


 「今日は何をお探しだい?」


 店を開けたばかりでまだ誰もいない店内なので熱海じいさんは俺に尋ねてきた。


 「いえ、今日は特に目的は無くてですね……」

 「そうかい」


 熱海じいさんは少し珍しそうな表情をしていた。

 ごめんな。じいさんには少し悪いけど、今日は特に何かを買う予定はないんだ。

 と思いながらも棚を見上げていると一冊の本に目が留まった。

 ん?これは……


 「熱海じいさん。”キオクのハテナ”の7巻、もう仕入れたんですか?」


 俺は不思議に思いじいさんに聞いてみた。

 確か発売日は今日のはず。

 今日といってもこのあたりの都心から離れた田舎の地域では普通だと入荷に時間がかかるものだけどこれは一体?

 疑問に思っている俺の反応とは違い、熱海おじさんは少しうれしそうな表情を浮かべながら話し始めた。


 「おお、外木場君もその漫画読んでいるのかい?」

 「はい。俺、この漫画の原作者の話が好きなんですよね」

 「わしもじゃよ」

 

 本当にこの人80代の人なのか?何故かいろいろと現役高校生の俺と好みが合うな。もしくは俺がジジイのどちらか。

 そういやもう一つ気になる点が……


 「確か、同じ苗字ですよね。親戚とかだったりするんですか?」

 「いやあ?そんな話は聞いたことないねえ……」


 さすがに偶然か。まあ所詮はペンネームだ。本名を使っている人の方が珍しいか。

 でもここでコレを見つけたのは運がいい。本来ならば紙の方は来週あたりに帰ればよい方だと思っていたからな。これは要検討だ。


 「そうかい。熱海千広先生を知っとんのか。なら、いいもんを見せてあげよう……」

 「いいもの?」


 そう言うと熱海の爺さんは、レジのカウンターから一つの色紙を取り出した。

 え、この展開ってもしかして……


 「ほれ、見てみ。先生のサイン色紙じゃ!」

 「ほげえええええええええええええ!!!???」


 俺は思わず変な声が出てしまった。

 いやでもこれは変な声の一つも二つも出るでしょ普通。だって自分の好きな作家さんのサイン色紙を生で見たんだぞ。俺のじゃないけど。

 しかも俺はちゃんと見逃さなかったぞ。この色紙、下の方に”熱海書店様へ”って書かれてるじゃねえか!これって直接会ってないともらえないレベルじゃね?

 え?直接?

 俺は恐る恐るじいさんに質問をしてみた。


 「まさか爺さん、それってもしかして……」

 「まさにそうじゃよ。これは熱海先生が実際にここまで、この場所で書いてくださったんじゃよ」


 本当にすげえなこの爺さん。とんだ強運の持ち主だ。


 「しかもうちの昔からの常連客でもあったそうじゃよ。たしか丁度、外木場君と同じぐらいの年の女性の方だった様な……」

 「え!?ココの常連の人なんですか!?」


 まじかよ……。世界って思っていたより狭いんだな。まさかこの辺に住んでいるとは……

 でも、ここで一つ気になるところがある。


 「でもよ爺さん。ここに若い女性の方、しかも常連客なんていましたっけ?俺見たことないんですけど……」


 そうだ。少なくとも俺はそれっぽい人を見たことがないのだ。

 こんなことを言うのは少し失礼だがこの店はお世辞にも常に人で賑わっているような場所ではないし、店内も広いわけではない。俺は何年もその環境にいるにもかかわらず、若い人どころか女性の人なんてまず見たことがないほどだ。

 俺はそれが気がかりだった。

 するとじいさんは首をかしげながら口を開いた。


 「そうだったのかい。まあ確かに若者は外木場君と熱海先生しか見たことがないのう……」

 「その発言だと、熱海千広先生はここの常連だということは間違いないんですよね?」

 「それに関しては間違いはないじゃよ。本名までは知らないが……」


 熱海の爺さんは嘘がつけない性格なので、この事実に間違いはなさそうだ。

 ……ただ、ボケ始めてる可能性はなくはないけど。

 でも仮にそうだとしたらものすごいめぐりあわせだしこれはもはや運命といってもいいだろう。

 ならばこの場所のこの本は買うしか選択肢はないだろう。

 

 「それじゃあ……」


 そう口に出し、本を指さしながら……


 「「これください!」」


 そんなことある?

 俺が本を指すのと同時にもう一人の客であろう若い女性の人とセリフが完全に一致してしまった。てかこの店まだ開店して30分も経ってないんですけど……

 その姿をよく見ると、最近どこかで見たことがあるようなのは気のせいだろうか?

 いや、気のせいではないかもしれない。まるで相手の顔がそう言っているような表情をしていたからだ。

 そして俺にもこの表情には見覚えがあった。


 「お前、まさか……」 

 「なんで、アンタがここに………?」


 そんなことある?(本日二度目)

 そう、その人物は最近学校で出会ったばっかりの………


 「内海、さん?」

 「外木場勇翔……?」

 

 まさかこんなところで知り合いと出会ってしまうなんて……

 しかも寄りにもよって今の俺の悩みの中心にいる人物と。

 俺は恐る恐る口を開いた。


 「……どうしてこんな場所に?」

 「それはこっちのセリフよ!何でアンタがここにいるのよ!」

 「そんなこと言われてもしょうがないだろ。俺はここの常連だぞ」

 「え!?そ、そうなの?」

 

 じゃあお前は一体何でここにいるんだよ。と言いたかったが、ここで熱海の爺さんはとんでもないことを口走った。


 「ほおお。これはこれは、熱海先生じゃないですか……」

 「え?ちょっと?おじいちゃん?」


 

 …

 ……

 …………

 え?

 いま、なんて言った?

 熱海先生って言わなかった?爺さん。

 いや待て、そんなわけないだろ。そう自分に言い聞かせながら俺は深呼吸をしたのち、店内をゆっっくりと見回した。

 その結果、今この場所にいるのは俺と内海さんと熱海の爺さんだけだった。

 ってことはもしや、この人が…………


 「熱海千広、さん………?」


 俺は思わず声が漏れてしまった。

 しかもこの距離、この静かな空間である。この条件ならば先ほどの発言は聞き取るのは簡単だろう。

 

 「え……?なんでアンタがその名前を知っているのよ……?」


 今、”なんで”って言ったよな?否定しなかったよな?

 

 「熱海先生。この子はねえ。先生のファンなんですよ。かくいう私もそうじゃけど」


 熱海の爺さんのこの一言で、俺は確信した。

 いやあ、本当に世界は狭かったな。

 だってさ、まさかこんな身近(?)な人の中にさ……

 プロの作家がいるとは思わないじゃん!

 俺の頭は既に大混乱していた。もう何もかもがめちゃくちゃになってしまっている。

 そしてようやく絞り出した声は……


 「こんな偶然あってたまるかああああああああああああ!!??」


 これは新たな物語の始まりに過ぎないのかもしれない。

 ……ってことになるのか?

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