第1話 果たし状

 ”物語”とはいいものだ。

 物語に触れているとこのクソみたいな三次元の世界のことなんてを忘れることができるし、何よりも俺は他人によって創られた世界を見るというのがとても好きだ。つまり俺は所謂オタクという生き物だ。 

 それにしても、この”キオクのハテナ”という漫画はいいな。

 何よりもこのシナリオはとても自分好みのものだ。それにイラスト担当の”冷凍みかん”さんの絵がとてもマッチしている。

 たしか原作担当の人は”熱海千広”さんといったな………。二人ともここ最近に頭角を現してきたクリエイターだ。

 しかも俺と同年代だという噂がある。正直この世界で年齢がどうのこうも言うつもりは無いがもしそうだとしたらすごいことだよな。

 だって俺達はこんな自堕落な生活をしているのに既にあの人たちは社会に出ているってことだよな。

 これは俺らの代の誇りになるな!

 などと自分の考えに浸っていた俺の耳から音が聞こえてきた。


「……ぃ。ぉーい!」


 なんだよ、うるさいなあ。

 今、俺は本を読んでいるんだよ。邪魔しないでくれ……

 しかしそんな俺の気持ちは届くはずもないし、逆にその声は近づいてくる。


 「おい勇翔。昼だぞ。飯はどうした?」

 

 数少ない聞き覚えのある声の正体に気づいた俺は本を読むのを中断し、声が聞こえた方角へ顔を向けた。

 そこには若干茶髪っぽい髪形に妙にガタイの良い恰好をした男が立っていた。彼の名は千葉歩。この学校で唯一の俺とのかかわりを持つ人間だ。

 

 「今日はいいかな……」


 今は飯など食っている場合じゃない。俺は今この漫画を読みたいんだ。食欲なんていらない。


 「おまえさ……。せめて何か腹に入れた方がいいぞ。これやるから」


 歩は呆れながらそう言いつつ、手に持っていた焼きそばパンを、俺に投げつけるように渡した。

 別に本当に要らないんだけど、もらったものだからありがたくいただくか。

 ……でもタダでもらうのもなんか気が引けるな。

 俺は自分のバックから財布を取り出しながら歩に尋ねた。


 「それで、いくらしたんだこれ?」

 「はあ?そんなもんいらねえよ。今後の貸しにしとけ」

 「……そう言うなら」


 貸しって言っても、その貸し今のところ全部”ノート移させてくれ!”に消えているから実質無いようなものだけどな。

 そんなことを考えているうちに、歩は自分のパンを頬張りながら話しかけてきた。


 「それより今日来た理由なんだが……」

 「ん?」

 

 まあ、そんなものかと思っていたよ。

 元々俺らって、小学生のころから学校が同じだったけど今は特別に仲がいいってわけじゃないからな。話をするときだって毎回歩の方から声をかけてくる。腐れ縁ってやつの中でも下の分類になる。

 

 「このステージの攻略方法を教えてくれ!」


 そう頭を下げながら歩は手に持っているスマホ画面を俺に見せてきた。

 その画面には、ゲーム”武装少女 シンデレラ戦記”で今開かれているイベントクエストが表示されていた。

 

 「……何で俺に聞きに来たんだよ。他の奴に聞くとかとか、攻略記事見ればいいじゃん」

 「そんなこと言うなよ……」


 そんな悲しそうな顔されてもねえ……

 実際、今回のイベントクエストは攻略記事見ればそんなに難しくはないはずなんだが……

 ただこのゲーム元々は超が付く課金ゲーなのが原因かもしれない。

 

 「あと、今の俺の周りにこのゲームやっているやついないんだよ。しかも俺、攻略必須キャラ持ってないんだよ。お前こういうの得意だろ?」

 「さてはお前、俺のこと縛りプレイしかしない変人だと思っているよな?」

 「うん」

 「お前さあ……」


 否定できない自分が嫌になる。

 でもさ、ゲーマーの行きつく先って普通これじゃね?そう思っているのは俺だけなのか?

 まあどうでもいっか……

 そして俺は自分の右手を差し出して歩に言った。


 「貸してみ」


 さて、今のこいつのキャラ育成はどうなっているのだろうか。

 歩からスマホを受け取り、キャラのステータスや所持しているアイテムの確認をしようとしたそのとき、聞きなれない声が聞こえた。


 「外木場君、だよね?」


 そう話しかけたのは、恐らく同級生であろう女子であった。

 俺にお客とは珍しい事もあるもんだな……


 「そうだけど……。何か用?」


 唐突に話しかけられたのもあるが、普段から他人と話す機会がなく話慣れないので、出来るだけ冷静を装うように返事をした。

 しかし、何故俺?

 もしかして俺が知らないうちに何かとんでもないことをしでかしてしまったのか?

 

 「えっと、あの、こ、これを渡すように頼まれてて……」


 そう言われながら俺は一つの封筒を渡された。

 え?ナニコレ?

 てか誰に頼まれたんだ?先生?誰宛からなのかが書いてないんですが……


 「えっと、じゃあよろしくねっ!」


 困惑していた俺の様子を期にもせず、彼女は俺から背を向けてしまった。


 「え?あっ、ちょっと待って……」


 去っていくのを呼び止めようとしたが、彼女は俺の声を無視して教室を出て行ってしまった。

 これじゃあ誰が俺に宛てたのかがわからない。

 なんて悩んでいるの俺の様子を何故かにやついた顔をした歩が話しかけてきた。


 「なんだ?お前いつの間にか何かしでかしたのか?」

 「いや……。何もしていない……少なくともそういった記憶は存在しない……」

  

 そう。俺は何もしていないのである。いい意味でも、悪い意味でも。

 誇れることじゃないが、俺は行動力の無さが尋常じゃないんだ!

  

 「じゃあ、これは一体何なんだよ」


 歩夢は何故か少し強めの口調で話しかけてきた。

 そんなこと……


 「それは俺が聞きたい話だよ」


 しばらくの間、二人して不思議におもいながらも俺は封筒の中から紙を取り出した。

 そして一番右側に書かれている文字を見てみると……


 「「果たし状?」」


 俺と歩は二人して素っ頓狂な声を上げた。ここが昼休憩中の教室だということを忘れて。

 いや待て。なんで?

 え?なんで果たし状?

 いや、本当に何もしてないって!

 

 「勇翔。本当に何もしてないんだよな?」

 「ないないないない!!!」


 俺は全力で否定した。

 そらそうよ。心当たりが全くない。いや本当になんで?


 「と、とりあえず、内容を見ようぜ」

 「そ、そうだな……俺は」


 歩に言われ、動揺しながらも果たし状の内容を見てみる。

 その中身はこう書かれていた……

 

 果たし状

 貴殿、外木場勇翔との決闘を申し込む

 本日、5月7日 放課後屋上にて我は待つ


 いやだからお前は誰だよ!まず先に自分の名前を名乗れよ!常識だろ!?後何で一人称が我なんだよ。そんな奴現実でみたことないわ!

 もう何なんだよ……意味わかんねえよ……

 そういえば今日は朝の占いでいってたなあ。”因縁をつけられる”って。

 馬鹿にできないね。占いも。

 すると歩は机を指でたたきながら俺に聞いてきた。


 「……これ、勇翔はどうするつもりだ?」


 いやどうするって言われても……


 「どうしよう……」

 「いや、どうしようじゃないだろ……」

 「じゃあどうしろと?」

 「それはもう……」


 ”もう……”?

 

 「行くしかないだろ……」

 「行くわけないだろ!!!」


俺は歩の提案を速攻で否定した。

いやだ!俺は絶対に行かない!絶対に面倒くさいことしか起きないに決まっている。そんなトラブルはごめんだ!


 「いや、行け!絶対に面白いことが起きるぞ……。皆で見届けてやるよ!」

 「俺が面白くないから絶対に嫌だね!」


 お前、そんな理由で行けというのか?まるで俺が痛い目に見るのを望んでいるかのような言い分だな!?あと外野を勝手に増やすな。


 「つべこべ言わずに行け!」

 「お前は時計をよく見ろ!約束の時間は放課後だぞ!昼休みの今に行っても居るわけないだろ!」

 「そうじゃん。放課後じゃん」


 さてはこいつ、下手したら俺よりも動揺してるんじゃね?お前が動揺する要素がどこにあるんだよ。

 

 「ってそうこうしているうちにもう昼休み終わっちまうじゃねえか!」

 「ん?ああ、そうだな」


 時計を見てみれば、もう5限目まで5分を切っていた。

 なんか時の流れが早く感じる……

 そして残っていたパンを無理やり口にぶち込みながらも歩は席を立つなり俺に話しかけた。


 「俺のクラス、次体育だからまたあとでな!」

 「ああ。またな」


 え?それ時間的に間に合わなくね?大丈夫なのか?

 まあ今は他人の心配をしている場合じゃないよな……

 

 (これ、どうしよう……)


 そう思いながら机の上に置かれている果たし状を見つめてみる。

 行くのは面倒だけど行かなかったらさらに面倒くさいことが起きそうな予感もある。

 そもそもこれの送り主が分からない以上、俺の行動の何が、誰にどう気に障ったのかすらわからない。

 答えを出そうにも何が問題なのかが分からない以上、答えどころか可能性すら見えてこないのは当然かもしれない。

 結局、昼休みの内に答えを出すことができずに5限目、そして6限目を迎えてしまった。

 授業の内容はもちろん頭に入る事は無く、ただ放課後どうしようかと悩んでいただけで俺のおよそ2時間という貴重な時間が無残にも消えていった。

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