第156話、旅のはじまり
「ここは、超難度ダンジョンの最深部なんだけどね」
私が告げると、フォリアは緊張の面持ちで頷いた。
「いよいよ、ですね」
そう、私は、以前攻略を中断した超難度ダンジョンの最深階層にきている。
やりかけ、というのもあったが、今の私は以前と違って、攻略したい欲求で動いている。
ただ楽しそうだなぁ、と人間の真似事をやっていたのとは少し違う。これは私がやりたいと思ったことだ。
……うん? その言い方だと何も変わっていないような……? 言語化とは難しいものだ。
前々からは私はやりたいことを好きなようにやっていたのではないか。うーん、それは間違いないのだが、何というか、違うんだよ。
この微妙なニュアンスの違いがもどかしくもある。主神様であれば、誤解なきようわからせることもできるのだろうが、私はそういう域には達していない。
何はともあれ、私はダンジョンの最深部にいる。
いかにもダンジョン、迷宮といった作りの通路を進む。あまりにオーソドックス過ぎてビックリした。これまでのフロアごと別世界じみた仕掛けもなく、基本過ぎてなんともね。
「出てくるモンスターも、何だか見慣れているといいますか」
フォリアは苦笑したが、それも一瞬。すぐに表情を引き締めた。
「ただ、恐ろしく強いんですが」
「特別な個体、亜種でもない」
スライムは、スライム。ゴブリンはゴブリン。本当にそこらの初級ダンジョンにいそうなモンスターばかりだが、これが手強い。レベルが違う。
この熟練者なら誰でも倒せそうなモンスターも、鍛えればどこまでも強くなれる。そう言わんばかりである。
「しかし、強さで言ったら、君も相当だろう、フォリア」
「はい!」
フォリアは果敢にモンスターに挑む。初めて会った頃とはレベルが違うのは、彼女も同じ。本当によくここまで成長したものだ。伊達に、魔境ダンジョン75階層以上突破パーティーのメンバーではない。
1対1ならば、負けることはないだろう。あとは不意打ちにどこまで
などと思っていたら広いフロアに出て、団体さんの待ち伏せ。これは面倒そうだ。
「ゴーちゃん」
アダマンタイトゴーレムが、突破口を開くように突撃した。前衛のモンスターがそれに向かって逆突進をしつつ、ゴブリン・アーチャーが糸を通すような射撃で、隙を狙ってくる。
しかし超金属アダマンタイトの装甲で守られたゴーちゃんには、傷ひとつつかない。ゴーレムパンチは、大型モンスターも肉の塊に変える。まあ、そうなりますよっと。
「さて、私たちも行くか」
「はい!」
私とフォリアも前線に出る。ゴーちゃんが乱した敵を手早く狩っていく。私たちを止めることはできないよ。
・ ・ ・
かくて、私たちはダンジョン最深部のゴール地点に到着した。これ見よがしに光る宝箱。
「私はね、これが終わったら少し旅をしようと思うんだ」
「旅、ですか……?」
「そうだ」
魔境にこもっている生活も楽しいんだけどね。
「邪神との戦いで、私は『生』というものを強く感じたのだ」
これはスリルと置き換えてもいいかもしれない。ギリギリの感覚でしか味わえない感覚。物事には限度というものがあるが、それでもね、今はその新鮮な感覚をまた味わってみたいと思うわけだよ。
「これが生きているということなのだろう。それを実感した時、魔境にこもっていては、それを味わうことはできないと思ったのだ」
だから、私は魔境の外へ出てみようと考えた。
「世界を見る、というのは大げさではあるが、気のむくまま、外の世界を見て回るのもいいのでは、と感じたわけだ」
新たな刺激、新たな発見。この世界は広い。その中には、私の胸を躍らせる何かがあるに違いない。
「お師匠様が旅に……」
フォリアは神妙な表情を浮かべる。手放して喜んでくれている、という雰囲気ではない。むしろ、いささか不安が見てとれる。
……あぁ、私に弟子入りしている手前、その関係がどうなるのか気にしているのだろう。魔境を離れるということは、弟子であるなら、まあついてくるもの。しかし、彼女の逡巡は、私についていっていいのか、という悩みだと思う。
何せ、この娘は周囲と比べた上で、自己評価が低い。イリスに匹敵するか、と言われると、あれも人の中では化け物レベルだから、正直まだまだなのだが、それ以外ならば、経験さえ積めば、通用するだろう。
決めるのは自分だ。私は今までそうしてきたし、他人にもそうであってほしいと思っている。
自分の人生を、人の言葉に影響されるのは構わないが、左右されてはいけない。要するに、人のせいにするなよ、ということだ。
これまでの私だったら、ここで何も言わなかった。フォリアが私のもとで学びたいと言った時も、好きにするといいと決めさせた。いや、彼女に丸投げしたんだな。
だから、今度は丸投げはしない。
「君も、来るかね?」
私は尋ねた。
「一人旅もいいんだが、話し相手がいないのも退屈だ。私は魔境暮らしで世間の知識には欠けるところがあるからね。助けてくれると嬉しい」
「! いいんですか? わたしが行っても」
フォリアは即食いついた。やっぱり内心、同行したかったんだな。諦めていたわけではなく、同行を申し出て私に断られたら、と思い、迷っていたのだろう。
「もちろん」
私は、彼女が来ることを喜んで迎えよう。
さて、そろそろ宝箱を開けようか。
「私たちの人生という名の旅は、まだまだ続くのだからね――」
――終わり
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――最終話です。ここまでお読みいただき、ありがとうございます! 完結まで書くことができてひとまず安堵しております(色々ありましたからね……)。評価がまだという方は、ぜひ評価していただけますと、私も報われます。
新作については未定ですが、次回作もどうぞよろしくお願いいたします。
神様、天界から追放される。野に下って適当生活していたら、いつの間にか預言者になっていた件 柊遊馬 @umaufo
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