第155話、それからの魔境の人々


 魔境に平穏が戻ってきた。

 ……いや、別に何か変化があったかと言われると、私の家や王家の別荘、学校に何かあったわけではない。

 邪神との戦いは、知る人ぞ知るで済ませた。喧伝するようなものでもないし。


 隣国との戦争は終結した。

 アーガスト王が、諸外国に手を回していたこともあって、ジルヴィントは複数方向から攻められ、そして国は滅びた。

 ジルヴィントだった国は、周辺国に分割され、ぞれぞれの国に組み込まれたのだ。

 ソルツァール王国にとっての危機は去った。


 さて、私の周りはというと――


「ダンジョン、行くわよ!」


 イリスは、中断していた魔境ダンジョンの挑戦に戻った。


「100階層をクリアしたら、もう100階層を追加してね、ジョン・ゴッド」


 明るくそういう彼女は、実に溌剌としていた。最初に会った時、こんな活発な娘ではなかったのだが……変われば変わるだな。


 そういう話をウイエにしたら――


「イリスは、退屈していたんだと思う」


 かねてから友人でもあったらしい魔術師は言うのだ。


「王国トップの聖騎士として、頼られることはあっても、頼ることはなかった。自分より強い人がいなかったことで、競争心も起こらないし、周りの目もあって日々の生活がつまらなかったんだと思う」


 それが私と出会い、魔境で過ごすうちに、素というか、彼女の奥底に眠っていたものが表に出てくるようになった、と。

 退屈は人を殺す、か。


 ウイエは、私の魔境で魔法を学び、研究したことで、その力を高めた。魔術師であれば誰もが志す高みへの道が見えて、それに向かって邁進している。

 その実力は、先の隣国との国境での衝突でも、ソルツァール王国軍に勝利をもたらす一助となった。


 ドワーフの機械職人であるリラは、私の工房で見聞きし、勉強したことで、王国一の機械騎兵技師となった。

 私の作ったナイトに負けないレベル……には届かないものの、その性能はすでに近隣国の発掘品を凌駕している。ゴーレム研究と改造を、彼女の日課にしている。


 エルフの魔道具職人のエルバは、ここ最近は様々な注文を受けて、とても忙しそうにしていた。

 魔境ダンジョンで求められる魔道具に加え、彼が作り出した日常生活を豊かにする魔道具の数々が王国でヒットし、そちらの面倒も見なくてはいけなくなったのだ。

 私の家ではありふれた照明だったり道具だったりするんだけど、世間のそれとはだいぶん未来に生きていたからね……。


 学者のクロキュスは、古代文明に関する研究を進め、その論文を発表した。私の家の図書室にあった書物の助けで、かなり解析が進んだらしい。

 最近は、娘のペッシェと仲良くやっているらしい。親子の時間が増えて何よりである。



  ・  ・  ・



「偉大なるジョン・ゴッド様」


 フレーズ姫は、私に会うたびに仰々しくなっていくのは何なのか。

 ともあれ、かのお姫様は公務にも活動的で。救済を含むボランティア活動にも積極的に参加しているそうだ。

 ソルツァール王国の聖女などと呼ばれ、民から敬われている。加護が大いに役立っているようで嬉しい限りだが、それを正しく世のため人のために使っているのは、天におわす神々もニッコリではあるまいか。


 グロワール第一王子は、今も図書室で政治や経済、歴史や外交について熱心に勉強している。フレーズ姫と協力して貧富の問題のほか、最近は教育にも熱心なご様子。


 第二王子のクラージュは、王国の守護者として、王国の騎士や、機械騎兵の練度向上に取り組んでいた。魔境ダンジョンによる新兵教育、特に徴兵を最小限に押さえつつ、常備兵力の底上げを課題に頑張っているようだった。

 隣国の危機が去ったことで、当面、軍方面の予算が減少方向にいくだろうから、効率のよい軍備を揃えるというわけだ。人間との戦争はなくとも、モンスターによるスタンピードや、強力な魔獣が現れれば、軍が対処することにもなるから、備えは必要なのだ。


 そんな息子や娘たちの取り組みには、アーガスト王、そしてグリシーヌ王妃も、将来の王国が楽しみだと話されていた。仲良きことは、よいことだ。



  ・  ・  ・



 魔境ダンジョンは盛況であり、冒険者たちが活発にダンジョンに挑んでいる。入り口への転移陣が近くにあるポルド城塞都市も、人で賑わっている。

 冒険者ギルドのアーミラ・コルドウェルも、ギルドも冒険者も潤ってご機嫌だった。彼女からは、商業ギルドからもいくつか商売について打診がきているとかで、私の方に相談が来た。……うん、まあ、いいんじゃないかな。


 彼女の父親にして冒険者のコング氏は、自らダンジョンに突入するほど元気だった。気のせいかな、顔を見かけるたびに、1歳ずつ若返っていないかとさえ思えるほどに。溌剌とした人間は、若く見えるというから、そうなのかもしれない。


 魔境学校の生徒たちも、かつての災難を感じさせないほど明るくなったと思う。勉強をして、休み時間や家では遊んだりしていたが、それぞれ、将来について考えて行動する者も増えてきた。

 旅に出たいという者もいれば、冒険者になりたいという者、商売をしたいという者……そうそう、魔境ダンジョン前でも屋台とかできないかと相談してきた子もいたかな。まあ、まだ遊んでばかりの子もいるけど、全体的に見ればこの先の未来に明るいものが見え始めているようで、住むところや学校を用意したのは報われたと思う。


 学校といえば、ミリアン・ミドールも魔法の教師として、よく働いていた。その傍ら、相変わらず魔法研究にも力を入れていて、その成果をよく私のもとに披露しにきた。魔境ダンジョンで、腕ならしをすることもあれば、学校の魔法授業として、魔法に優れた生徒たちの監督として同行、教育などをしていた。


「当然です。この私が教えたのですから!」


 実際、教え子には、王国側からスカウトがきたとか話していた。その先生がミリアン・ミドールだと知ったら、果たして王国魔術師たちは、どんな顔をするんだろうね。


 我が魔境に住む者といえば、元女神にして悪魔のシスター・カナヴィがいる。彼女は、ホムンクルスのペタル……だけでなく、複数のホムンクルスに囲まれて、自堕落な生活を送っていた。

 ……私も用がなければ近づかないようにしているが、あそこにいくと何故か肌色成分が強い。あそこだけは法の適応外とばかりに、悪魔が自由気ままに過ごすとどういうことになるのかという、一種のカオスがあった。


「悪魔はね、自由なのよぉ」


 例の甘ったるい媚びた声で、カナヴィは言うのだ。


「あなたが定めた線の内側は、ワタシがルールなんだからぁ、裸で過ごそうが、エッチぃことをしようが、自由なのよぅ」


 脳内、色欲塗れ。これが元女神というのだから、堕ちるとどこまでも堕ちていくものだと実感させられる。……周りに迷惑をかけなければ、私は気にしないようにしている。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――次話が最終話となります。

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