第154話、その先へ
邪神は、小さくなった分、動きが早くなった。
しかし相変わらず素手で殴りかかってくる。私の剣がそれを阻むが、金属を殴りつけても痛みを感じて怯んだりはしなかった。
切りつけたら声を上げていたから、痛覚がないわけではないようだが。よくわからないね。
私は、魔境の家の庭で見たイリスや騎士たちの剣を思い出しつつ、邪神に対して攻勢に出る。
斬る、斬る、斬る!
邪神は剣を躱し、時に剣の腹の部分を殴って斬撃を逸らした。いい動きだ。やはり刃が当たると体が切れることがわかっていて、それを嫌がっているのだろう。
「おっと……!」
こちらの攻撃を弾いたと思ったら、カウンターで一撃を入れてきた。とっさに一歩身を引く。
拳では、素早い動きができる一方、届かないよ。
……などと思ったら、邪神の繰り出した拳が槍のように伸びた。
さらにおおっと。
「これは不意打ち」
人型ではあるが、人ではないのだ。回避したが、重心が後ろに傾き、背中から倒れ込む。すると邪神は追撃とばかりに向かってきたので、蹴り上げて逆に吹き飛ばす。
距離ができた瞬間に起き上がるが、すぐに邪神は飛び込んできた。だがこちらも迎撃。剣状に変化した邪神の腕と、私の剣がぶつかった。
神、そして邪神としての本気は出せない。しかし出しうる限りの力でもって、戦う。この特殊な戦場に、私は体の芯から、沸騰するような熱を感じた。
ああ、何ということだ。私は今、この戦いを楽しんでいるのだ。
超難度ダンジョンで感じていた手探り感。先がわからない感覚が、邪神との戦いでさらに感じている。
命を賭けている。そうとも、相手も神だ。私を殺す力を持っている。私もまた追放神として、神と戦う力を持ってはいる。
しかし、神としての力はこの場では、ほぼ制限されて、人間でも使える程度の力しか使えない。
にも関わらず、私は邪神と対峙し、より深いところへ自分というものが研ぎ澄まされていくのを感じるのだ。
これが私の中の生の感覚、生の感情。
力が出せない中での持ちうる限りの力を出し切る感覚。互いに隔絶的な差はない。そうとも、人間でも殺せる程度にまで力が落ちているのだ。
この空間ならば、周りを破壊することもない。ただのひと薙ぎで、森の木々を大地ごとひっぺがしたり、余波で山を砕いたり、嵐が起こることもない。
神々の戦いは、それだけで大地を破壊するものだ。だがここではそれがない。全力を出せない、しかし全力を出すという矛盾の戦いに身を委ねることができるのだ。
「いいぞ、もっと力を出してみろ」
互角に見える戦いの中、私は邪神にそう言葉をぶつけていた。
相手はさらに力を出すかもしれない。それは私以上の力かもしれない。構わない。もっと力の差を見せるのだ。
そうすれば、私の奥底にある力――私でさえ把握していない自身の力を引っ張り出せる予感がする。
「ほら、どうした?」
私の剣はさらに速さを増した。一進一退、攻防めまぐるしく入れ替わる中、私の剣が少しずつ邪神に伸び、その体に傷をつける。
かすり傷。
しかしまぐれ当たりではない。邪神もそれを感じたのか、その動きが僅かだが、回避へと傾く。
少々の傷で引くなど、神らしくない――とはいうまい。私の剣が邪神の体に触れるたびに、浄化の力を流し込んでいる。かすり傷でも、瘴気の体には激痛となって邪神を襲っているのだ。
なお、この浄化の力も魔法の一種。人間にも困難ではあるが習得ができるので、神の力とは異なる。
「回避に比重が移った分、攻撃がおそろかになっているぞ?」
攻撃の手も私のほうが早く、そして多くなっていた。邪神の攻撃が雑になってきている。意識が、このスピードに追いついていないのだ。
――見えた。
私は、邪神を仕留める。三秒で、相手の心の臓を貫ける!
未来が見えた。そして邪神の突き出した刃をかいくぐった時、私の剣は、邪神の胸を貫いた。
抉り、そして切り裂く! 邪神の心臓が露わになり、しかし私の剣に貫かれたそれは、浄化の炎で激しく燃え上がった。
瘴気はすべて光に溶けて、邪神だったものは塵となった。
・ ・ ・
邪神は葬られた。
先ほどまでの高揚感が、ふっと掻き消える。案外、あっさりしたものだと自嘲した。
「お師匠様!」
距離をとっていたフォリアが駆けてきた。怪我した様子もなく、まずは一安心。
この神殿の中でなければ、戦いの余波で無傷では済まなかっただろう。君はついているなぁ、フォリア。
「終わったよ」
「お怪我は……なさそうですね」
彼女は私の体、服などにそれらしい痕がないか見た後、控えめに言った。
「邪神、倒しちゃいましたね」
「手に負える程度でよかった」
神としての全力は出せない場所だったが、条件は同じだ。そこで差があるとすれば、純然たる能力の差であっただろうが、何とかなる範囲の差でよかった。
「えっと……正直、どう表現したらいいかわからないんですが……」
フォリアは、感情がゴチャゴチャなのか、表情が迷子のようだった。邪神が倒されて歓喜すべきなのか、無事であることに安堵すべきなのか――
「凄かったです」
「ありがとう」
「……怖かったです」
うん。何だか、今になって震えがきたという顔をしているフォリアである。
「あの、抱きしめてもらってもいいですか?」
「おいで」
次の瞬間、少女は大泣きしながら私の胸に飛び込んできた。私は平気だったけど、腐っても邪神。フォリアにはかなり恐ろしい存在だったようだ。これも慣れというか、経験の差というやつなんだろうか。
私にとって、神は別に特別な存在ではないからね。
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