第153話、大きければいいというものではない


 神を殺すのは難しい。

 そう、難しい。


 不可能ではない。人間の世の中を見渡しても、神殺しの武器なんてものが伝説として残っていたりする。


 しかし、そこで疑問が出てくるわけだ。

 基本、人間世界に関わり合うことが少ない、つまりほぼ接触することがない神が、何故人間世界で死んでいるのか?


 結論から言えば、追放された下級の神だ。

 要するに、私のような追放神によって、天界を追い出された者たちである。天界のルールを破った神が、悪魔になったりする一方、神であると驕り人間と敵対した。

 結果、人間に討ち倒された、ということだ。


 時々、特例や上級神の使命を帯びて地上にやってくる神はいる。が、そういう神は、基本人間と敵対しないから、討伐されるなんてことはないだろう。


 閑話休題。

 私は、かつて自分自身がかかわったかもしれない追放された元神と対峙している。どんな因果か。

 天界のルールを定めたのは私ではないから、上級の神々の後始末をさせられているだけではあるが、追放後の始末をつけさせられる日が来るとは思っていなかったぞ。


「邪神にまで墜ちた、哀れな神よ」


 聖域効果で瘴気が祓われているが、それでも後から後から沸いて出てくるのだから、その怨念、邪の力は凄まじい。

 白いのっぺらぼうの巨人が、魔法陣からいよいよ姿を現した。ドーム型の内装は、頭をぶつけることはなさそうだが、狭そう。


 ヌオオオオオオン……。


 何とも微妙な彷徨をあげて、私に向かって手を伸ばしてくる。

 ……口がないのにどこから声が出ているのか。


 ザン、といつもの感覚で伸びてきた巨大な腕を斬る。

 が、弾かれた。まあ、そういうこともある。


「そんな!」


 フォリアが驚いた声を発した。


「お師匠様の剣が効かない!?」


 封印の神殿は、神の力を制限する。つまり、そういうことだ。邪神だけでなく、私の力もまた、本領発揮とはほど遠い。


 ヌオオオオオオン……!


 勢いよく振り下ろされる腕。まるで虫を潰すのような手を、ジャンプして逃れる。床を割る威力は、人間など簡単に血の染みに変えてしまうだろう。

 私の場合は……どうなるのかな。


 向かってくる巨人型邪神の攻撃を躱し、時に剣で逸らす。そして時々、剣でカウンター。はじめは弾かれていた攻撃が、少しずつ刃が通るようになる。

 とはいえ、まだまだ傷は浅い。かすり傷のようなものだ。邪神にとっては、痛くもかゆくもないと思われる。……いや、少しはかゆみくらいは感じているか。


 邪神の腕の動きが早く、しかし乱雑になっていく。


「苛立っているようだね」


 そもそも、体格差があり過ぎる。邪神にとって、素早い私を狙うのは難しいのだろう。

 地面に手の平を叩き込んでくるが、その威力は、巨人相当。つまり人間には致命傷だが、神殿を一撃で崩壊させてしまうほどではない。

 やはり封印の神殿の効果で、邪神もまたその力が制限されている。デタラメな強さや能力を発揮できずにいるのだ。


「……いいね」


 私はつい、声に出していた。

 何だか楽しくなってきたよ。自身も神としての力を使えないが、だからこそなのか、これまで感じたことのない高揚感のようなものが思考を満たしていく。


「このギリギリ感」


 肌で感じる風圧。致命的な一撃を、スルリと掻い潜る感触。そして――


「鋭くなっていく剣」


 邪神が苦悶に満ちた声を発した。私の剣が徐々に、邪神の体に切り込みをいれていく。こちらの攻撃のたびに、深さも少しずつ増していく。

 イリスの剣筋を思い出している。人間が研ぎ澄まし、伸ばしてきたその力。神の力が制限されているからこそ、私も人の業に活路を見いだしている。


「これが人間の力――!」


 邪神の右腕が飛んだ。私の剣は、とうとう巨大な腕を切り落としたのだ。

 絶叫が木霊する。邪神の体から、ドス黒い瘴気が溢れ出てくるが、聖域がそれを飛ばす。


「次は、左!」


 私は、邪神の左腕を両断した。


「体ばかり大きくても、頭の巡りは悪そうだ」


 腕による攻撃も防御もできなくなる邪神。足はあるが、それを使ってはバランスをとるのが難しいだろう。


「首を落とした程度では死なないだろうが、殺す算段をつける時間は稼げるだろう」


 腕を切り落とせた。次は、その腕より太い首。……大丈夫、腕が落とせたのだ、次でやれる。

 やや位置が高いのが難点だが、私は邪神より思考が先を行っている。脚に魔法を施し、大ジャンプ!


「その首――もらった!」


 勢いを乗せた一撃を叩き込む――と、邪神がそののっぺらぼうじみた頭を振った。頭突きの要領だ。

 頭を使いやがった! その額に衝突し、私は跳ね返された。壁に激突し、激しい……いやまあまあな痛みが全身を走った。力が制限されていても、私も神だからね。


「お師匠様!?」

「や、大丈夫だ」


 ひょっこり身を起こす。この痛みは久方ぶりだった。あの頭突きは、神の力とは無縁だから、人間だったら、まあ大怪我程度で済んだだろう。

 つまり――


「ようやく気づいたか」


 神の力を使わねば、それなりに魔法だったり、力を使えるということに。

 邪神の姿が変わった。巨人だったそれが、人と同じサイズに縮小していた。

 その姿は、白き人。


「どうやら頭も働き出したようだね。おはよう、邪神君」


 私は剣を構えた。迸る高揚感を胸に。


「さあ、続きだ」

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